49 はじめての、告白。
神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公リュウセイは、転生した異世界で宰相の娘エリスを助けた。
さらにエリスを逆恨みする婚約者ナグム=サハムの計略を破り、悪事の証拠をつかむことに成功する。
しかしサハムに味方する魔法連盟が、切り札として暗殺者を送り込む。その戦闘力に、リュウセイはルーン魔法を使うこともできず窮地に陥るが――
――以前、ギルドマスターのジイさんに言われたことがある。ルーンマスターの腕が問われるのは、魔法が効かない相手と戦うときにあると。
実際、ジイさんは魔法だけでなく、剣術の鍛錬もしていた。そう、ルーン魔法の弱点は文字を書く前に攻撃されることなのだ。
「避けて、リュウセイ!」
背後からエリスの声がする。マズい、と思ったときには後の祭りだった。
三白眼の男は、剣と杖を手放すと左腕で俺の右腕を絞り上げた。手のひらを上に、関節が可動域の限界までひねられ、ぐいっと引き込まれる。
よろり、と前方につんのめった次の瞬間、下から突き上げるように右の掌打が顎を狙って襲ってきた。驚いたり痛がったり、まして避けたりする時間は無い。
できたのは、とっさに目をつぶって衝撃に備えることだけ。
けれど、痛みはやってこなかった。疾風のごとき速さで割り込んできた人物がいたからだ。
「はっ!」
「うぐっ!?」
片手で俺への掌打を防ぎながらの、肘打ちによる反撃。男はこれを首の動きだけでかわし、戦況を仕切り直す。
「アエスタ!」
「リュウセイさん、今のうちにルーン魔法を!」
「ちぃっ、格闘の心得があるヤツがいたか……」
俺は足をもつれさせ、転ぶようにその場を離れると、地面に落ちた紙束を拾い上げた。その中に「インク瓶」と書かれた折り紙のコップが混じっているのを確認する。
一方、男は焦った様子もなく、アエスタと数合の打ち合いを交わしてから距離を取った。アエスタは朗々とした声で語りかける。
「魔法連盟の、さぞ名のある戦士とお見受けしました。されど大義は貴方に無く、数の上でも私達が有利です。無益な戦いは避け、投降してください」
「――はっ。ルーン魔法を封じるのは体術だけではない。貴様らごとき、魔法連盟の秘術を以って蹴散らしてくれよう」
そう言って男が両手を掲げると、ビデオの逆回しのように剣と杖が宙を舞い、彼の手の中に収まった。
即座に杖が床に文字を描き始める。すると男の周囲から、闇がたちこめ始めた。
「な、なんだこれは!?」
「魔法の属性は木火土金水の5つだけではない。これが6つめ、闇の力よ」
たちまち辺りは鼻をつままれても分からないほどの暗闇に包まれた。これでは新たに文字を書くことはできない。しかし負けじとエリスが動いた。
「待っておれリュウセイ、懐に発火のルーン文字が入っておる。すぐに明るくなるからな」
だが彼女の言葉に反して、依然周囲は暗いままだ。
男の勝ち誇った声が聞こえる。
「残念だが、闇とは5つの属性が行きつく果て、万物の死を象徴するもの。ちっぽけな火など飲み込んでくれるわ」
「なんじゃと――」
「俺は長年の修行で風を読み、貴様らの動きを知ることができる。貴様らは一方的に切り刻まれて死んでゆくのだ!」
「リュウセイさん、エリス、私から離れないで!」
アエスタの声が聞こえる。きっと、こうしている間にも俺と男の間に立ちはだかっているのだろう。
とっさに熱い想いが喉からほとばしった。
「どいて、先生! もう先生が死ぬところは見たくない! 俺は、先生を守るん、だ……」
言葉の最後は尻切れトンボになった。ふたつの柔らかい感触が、俺の背中に押し付けられたからだ。
「これ、リュウセイ。前から聞こうと思っておったのだが、先生とは誰のことじゃ? お主は姉上のことを、どのように思っておるのだ?」
「エ、エリスさん……これは、その……」
吐息がかかるほどの距離でささやかれて、俺は頭の中が真っ白になった。エリスは俺の背中に、豊満な胸をぐいぐいと押し付けてくる。
「いいのよ、エリス。私への呼び方ひとつでリュウセイさんの心が安らぐなら、ステキなことだと思わない?」
かたや姉のアエスタは、むかし大好きだった先生そっくりの口調でこう言うのだ。
「大丈夫よ、リュウセイくん。私は先生という人にはなれないけれど、あなたの味方になることはできる。リュウセイくんは私のことが好き?」
「そ、それは、アエスタは好きだけど恋愛感情じゃなくて……尊敬してるっていうか、助けたいと思っている」
「そうなのか? では、リュウセイは誰のことが好きなのじゃ?」
背後からエリスの切羽詰まった声が聞こえる。
「……す、す、――バカ! こんなときに何を言わせるんだよ?」
「こんなときだから言って欲しいこともあるじゃろう?」
「お、俺は、エリスのことが好き……だ……」
言葉は最後まで紡げなかった。エリスの唇が、俺の唇を奪ったからだ。
周囲の時間が止まったように感じる。周りが真っ暗なのが残念だ――これが昼間なら、エリスの赤みを増した褐色の肌や、キラキラ光る蒼い瞳が見られたはずだから。
――死にたくない。転生する前、現代日本では思いもつかなかった言葉が、俺の胸に渦巻いていた。




