4 冒険者ギルドへの道のり
勢いに任せて走り回った俺だったが、すぐ息が上がって立ち止まった。……そうだ、こんなことをしている場合ではない。今夜の泊まる場所を確保しないと。
転生前は、ろくな人生を送ってこなかった俺だが、流石に屋根のない場所で寝泊まりしたことは無かった。
「なんとか暗くなる前に宿が取れるか……?」
空を見上げると、太陽は西に傾きつつあった。時刻は16時くらいだろうか、青空と夕暮れが入り混じって、美しいコントラストを描いている。
それを見ていたら、だんだん色々なことが、どうでも良くなってきた。
「最初は『暗くなる前に、街に入れるか』って悩んでたんだ。それに比べたら、よっぽどマシな状況じゃないか」
そうだ。俺の人生なんて、どうせロクでもないじゃないか。幸せなんて、とっくに諦めたはずじゃないか。泊まるところが無いくらい、どうってことない。
俺が自嘲して歩き出した、そのときだった。
ドスン!
「きゃっ!」
「うわっ!?」
何か小さいものがぶつかってきて、俺はたたらを踏んだ。逆に相手は、俺の体に弾き飛ばされて尻もちをつく。
声のしたほうを見ると、ボサボサの黒髪の上で、大きな猫耳が揺れていた。さらに視線を下げていくと、みすぼらしい服装をした少女の姿があった。
……猫耳の、少女である。
猫がよくやるように、ピコン!と耳を震わせると、彼女は俺に話しかけてきた。
「いったぁ……ごめんなさい、大丈夫でしたか?」
「俺は大丈夫だけど、そっちこそ大丈夫? 立てる?」
「だ、大丈夫です!」
俺が手を差し伸べるより早く、彼女はパッと身を起こす。それはまるで、野良猫が人間を警戒しているかのような素早さだった。
――人に甘えるな。借りを作るな。
ちくり、と心のどこかでトゲが刺さった。こうすることで、逆に人を遠ざけようとする行動パターンを、俺は知っている。
「それじゃ、私はもう行きますので」
「あのさ!」
行こうとする少女を引き留めようと、俺は自分でも意味の分からない言葉を発していた。
少女が、いぶかしげに振り返る。
「なんでしょうか」
「えっと、その」
この子に気を遣わせろ! たぶんこの子は俺の同類だ。理由も無しに善意を向けられるのに慣れていない。だから……心配させるようなことを……
「どこか、泊まれる場所を知らないかな?」
とっさに出た言葉は、これっぽっちだった。少女を救える言葉なんて――自分が救われてもいないのに――出てきやしなかった。
「それならシスターに頼んで……」
「シスター?」
「あっ」
少女は何か言いかけてから、しまったという顔になった。
「ううん、何でもないです。あの、冒険者ギルドに行くのはどうですか? そこの通りまで行って、人が集まっていく方向に流れていけば、自然に到着できると思います」
「冒険者ギルド?」
ギルド。社会の教科書に書いてあった単語だっけ?
けれど、そんなことより俺は少女との会話を引き延ばせないかと考えていた。今、引き留めないと、この子は遠くへ行ってしまうような気がした。
――だというのに。
「それじゃ私、もう行きますね」
「あ……」
少女は猫耳を揺らしながら、俺が歩いてきた方へ歩いて行ってしまった。
俺はその様子を黙って見守るしかなかった。
「……何を考えている、俺。他人と関わってもロクなことなかっただろうが!」
パン!と自分の頬を叩いて、迷いを振り払う。
とりあえず冒険者ギルドというのに行ってみることにしよう。互助会というくらいだ、運が良ければ寝るところぐらい確保してくれるかも知れない。
俺は最後に、もう一度だけ振り返って少女の後ろ姿を探した。それは夕暮れの人波に埋もれて、もう見つけることは出来なかった。