45 問題です。誰が俺でしょう?
神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公リュウセイは、異世界で宰相の娘エリスを助けた。
しかし何者かの罠により、逆にエリス襲撃犯として指名手配されてしまう。
エリスの姉・アエスタと共に人質を救出したリュウセイの前に、もっとも疑わしい男ナグム=サハムが現れる。しかし、その隣には「白虎」の異名を持つ、冒険者ギルドのマスターがいて――
「おや、アエスタ嬢。これは意外なところでお会いしましたね」
「はい。実は、獣人の娘を保護して欲しいと匿名のお願いが届きまして。指定された場所に来てみたら、ほら」
ここでアエスタは倒れた衛兵を指さした。
「不思議なことに、衛兵のみなさんが倒れていたんです。私が来なければ、獣人の娘も危なかったかも知れません。ね、エリス?」
「は、はい、姉上」
エリスは、たじたじになりながら、右手でぷにぷにの肉球を握りしめた。
この頃になると、衛兵たちの中にも意識を取り戻した者がいたようだが、令嬢に戦闘で負けたとは言えなかったのだろう。気まずそうに寝たふりを続行していた。
サハムは、そんな男たちを見下ろすと『チッ』と舌打ちをした。隣にいたギルドマスターのジイさんが、慌ててフォローに入る。
「しかし可愛らしいご一行ですのう。お嬢様方にふさわしい。こちらの娘さんは、どなたの侍女ですかな?」
「妾の侍女じゃ。冒険者ギルドにも顔を出したと聞いたが、おじ上とは行き違いであったか」
「ふ、ふさわしい……えへへ」
フード付きマントを羽織った金髪の美少女は、紅潮した頬をポリポリとかく。しかしサハムと目が合うと、そそくさとエリスの影に隠れてしまった。
美少女がサハムの様子を伺う。だが彼は気にした様子もなく、芝居がかった様子で髪をかきあげた。
「先ほどは席を外して、失礼をしました。逆賊とそれに協力する愚か者たちが僕の屋敷を襲ったようだ。全く、逆恨みほど恐ろしいものはない。しかし!」
サハムは大げさな手振りで、自らの背後を示した。
「この街の政府軍が出動したことに加え、宰相バハロフ様が陣頭指揮を執っておられる! 間もなく逆賊は殺害され、エリス嬢に仇なす者はいなくなるだろう!」
……なにがエリス嬢に仇なす、だ。お前に仇なすの間違いだろう。
俺がそんなことを考えていると、ルーン魔法で分裂した俺2号からテレパシーが入ってきた。
『聞こえるか? 政府軍を振り切って、街の外に来たぞ』
「政府軍は追って来たか?」
『いいや。予想通り、この街は関所が厳しい分、街の外の治安には無関心なようだ』
よしよし、と俺はうなずいた。
俺は何者かにハメられて、エリス襲撃犯として指名手配された。しかし、それは俺が邪魔になったから打たれた手だ。
そう。俺が邪魔になる前――それどころか、この世界に存在する前にエリスを襲った者を捕らえれば、有益な情報が引き出せるのではないか。
だから俺は、俺2号から15号までを街の東――エリスと出会った場所に向かわせたのである。
『視力を強化して、最高速度で飛び回ってる。あいつらを見つけ次第、捕まえて合流する』
「わかった、よろしくな」
「ん? 誰か、何か言ったか?」
小さく声に出してしまったらしい。俺は慌てて口をつぐんだ。
ギルドマスターが、おどおどした様子でサハムをとりなす。
「どうしたサハム、まだ気になることがあるのか? なんならワシが行って、リュウセイに自首するように言って聞かせよう」
「いえいえ、おじ上。それには及びません。おじ上には、これから僕とエリス嬢との仲人をつとめて頂きたいのです」
「なっ!?」
その場にいた全員が息を飲んだ。特にエリスはおびえた様子で、サハムから距離を取ろうとした。
ギルドマスターが割って入る。
「待て待て。サハムよ、宰相殿と約束した婚礼の日は、まだ先だぞ? その約束を我々が破るわけにはいかない」
「ですが、おじ上。宰相殿とて人の子、いつ何が起きるか――」
「大変です!」
まるで、その発言を待っていたかのように、伝令が廊下を走ってきた。
「宰相バハロフ様、逆賊との戦闘を指揮している最中に負傷! 意識不明の重体とのことです!」
「なんだって!?」
「クスッ……」
その瞬間、サハムがニヤリと口角を吊り上げたのを、俺は見逃さなかった。
同時に、こちらの作戦も無事に完了した。まさか本当に成功するとは、思ってもみなかったが。




