43 んなこたーなかった
神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公リュウセイは、異世界で宰相の娘エリスを助ける。
しかし何者かの陰謀により、逆にエリスを襲った犯人として指名手配されてしまった。
己の無実を証明するため、リュウセイは「分裂」の文字で自分を増やし、集団で黒幕とおぼしき優男ナグム=サハムの屋敷を襲撃したのだった。
だが、分裂したうちの一人が「隷属」のルーン文字を飲まされてしまい、一転ピンチに陥ってしまった――
体が動かない。考えてもいないのに、思考が勝手な方向へ流されてゆく。
――殺セ
――暴レロ
――見タモノ、全テ破壊シロ!
『あっ、ぐあっ……ぐうっ!?』
逆らおうとするが、なぜか命令に従うことが幸せなような気がしてしまう。
たとえるなら腹を壊して寝込んでしまい、断食している最中に、焼き立てのパンを差し出されるようなもの。拒否し続ければ、心が壊れてしまいかねない。
俺は俺6号が、まやかしの幸福を信じて、破滅への道を歩み出そうとしているのを感じていた。
……とは言え、16分割した意識のうち、ひとつを乗っ取られてもなぁ。
『おお。隷属のルーンって、こんな効き方するのか』
『これ苦しいな。確かに簡単に売っちゃいけないモノだわ』
『お前ら! 興味深そうに観察してないで、早く助けろよ!』
「しょうがないなあ」
「リュウセイ? なにをブツブツ言っておるのだ?」
隣ではエリスが不思議そうな顔で、こちらを見ている。俺たちは、俺6号を助けるために、隷属の効果を全員で分割してやることにした。
ひとかたまりの濁流なら大きくても、16分割してしまえば「なんとなくイライラする」程度の、心のさざ波に過ぎない。俺6号は、不完全ながら正気を取り戻した。
『ふう、助かったぁ……。ちょっと向こうの部屋でルーン文字を書いた紙、吐き出してくるわ』
「ナニ!? ナンダ、コレハ!?」
心の中に流れ込むエネルギーは、無数の支流に分岐して散っていった。同時に、俺6号も正常な動きを取り戻す。
対照的に苦しみ始めたのは、隷属のルーンを使った大男のほうだった。
「目ガ、タクサンノ目ガ、チガウ空ヲ見テイル!?」
『おっと、それ以上は極秘情報よ。流出しないように破壊させてもらうわ』
「グアァーッ!? ヤメロ、俺ガ、俺ガ無クナル!」
「え?」
突如、大男は血が出るほど頭をかきむしったかと思うと、受け身も取らずにその場で倒れた。そして――それきり事切れた。
俺たちは、大男のあっけない最期に呆然としていた。なんだろう、俺たちは何か恐ろしいことをしたのだろうか?
「……リュウセイ。これ、リュウセイ!」
「えっ!? あ、はい!」
エリスに脇をツンツンされて、俺は俺1号の視界に集中した。
ここは監獄塔の中、サハムと名乗った優男と出会った近くの通路である。お察しの通り、15人の俺にサハムの家を荒らさせたのは陽動作戦だ。
本命の俺1号は「透過」の文字で壁から壁をすり抜け、塔に残されたはずの獣人の娘、フェレスを助けに来たのである。
もちろん優男が慌てた様子で飛び出して行ったのは、壁の中から確認済みだ。
「それにしても妙ではないか?」
神妙な顔でエリスが告げる。なにが、と聞き返すまでもない、俺もうなずいた。壁をすり抜けるというチート能力を使っているとは言え、塔の警備が妙に偏っている。
「まるで俺たちが通る道だけ、護衛の人間が掃除されてるみたいだ」
「妾も同感じゃのう。リュウセイ、フェレスは、まだこの塔にいると思うか?」
いると思う、と俺は答えた。サハムは俺たちの行動を、フェレスの助命を材料に、コントロールしようとしていたのではないか。そう考えると、俺たちの前で縛られた彼女を踏みつけるというパフォーマンスに出た理由に納得がいく。
だとすれば、サハムにとって自宅に殴りこまれたのは想定外だったはずだ。フェレスは安全な場所――監獄塔に残して、戦闘の指揮をとりに出かけたと考えるのが筋ではないか。
そう説明すると、エリスは胸をなでおろした。
「たしかに。きっと無事じゃな、そうであろう?」
「うん、この近くの部屋に放り込まれてると思うんだ」
そう言って、俺が手近なドアを開いたときだった。
なんの前触れもなく、冷たく美しい雪女のような手が、俺の肩関節を極めた。
「動かないで。折りますよ」
「いででででっ!? ギブ、ギブアップ! 助けて!」
「お姉さま!」
「フェレス!?」
痛みと涙でにじむ目をこらせば、部屋の隅に気絶した護衛たちが転がされている。
その隣を駆け抜けて、泣き顔の獣人の娘が、エリスに飛びついていった。
……あれ? これって誰かがフェレスを助けに来てくれたってこと?
「あら。やっと来たのね、エリス」
「姉上! フェレスを助けにきてくださったのか!?」
「そうよ。じゃあ最後の仕上げに……」
くすっ、とイタズラっぽい笑い声。
「最後の目撃者を〆て、一丁あがりね!」
「姉上―っ! それは変身したリュウセイじゃーっ!」
「折れるぅーっ!」
監獄塔の一室に、俺たちの叫び声がこだました。
なるべく分かりやすい話を心がけてきましたが、主人公が16人に分裂したせいで、読みづらい文章になってしまいました。
申し訳ありませんが、お時間のある方は何話かさかのぼって読んでくださると、わかりやすいかと存じます。




