42 最悪の敵、誕生
神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公リュウセイは、転生した異世界で宰相の娘エリスを助けた。
だが何者かの陰謀でエリス襲撃犯として指名手配されてしまう。
しかし妨害など何のその。16体の分身を作り出したリュウセイは、そのうち15人で黒幕とおぼしき優男ナグム=サハムの屋敷へ殴り込みをかけたのだった――
「そこ、壁の中に隠し金庫がある!」
「把握!」
顔に「透視」と書いた俺10号が指示を飛ばし、腕に「溶解」と書いた俺4号が壁を溶かして穴を開ける。
中身を素早くチェックする、魔法連盟に奴隷を売り渡し、見返りにマジックアイテムをもらう契約書。
なぜ魔法連盟は奴隷を必要としているのだろう? まさか刺客として育てるために……
と、俺は後頭部に強い衝撃を受けて、床に叩き伏せられた。
「ウオオーッ!」
両腕に「怪力」と書いた大男が、丸太を振り回して襲ってきたのだ。
壁がえぐれ、天井に穴が開き、床が凹むが気にするものはいない。
「オレ、キサマ、ミナゴロシ!」
「誰が死んだって?」
ぼやいて俺――正確には俺6号――は立ち上がる。俺の胸には「金剛不壊」の文字が輝いていた。
「ウオオーッ! モウイチド コロス!」
「それは俺たちのセリフだ」
「ナニ!?」
俺と、別の俺が左右から男に組み付き、自由を奪う。
次の瞬間、「バズーカ」と書かれた紙筒から「弾」と書かれた石が発射され、爆風で全員が吹き飛ばされた。
大男は気を失って倒れている。おおかたルーン文字で防御力を上げてあるのだろう、死にはすまい。しかし文字の加護がより強い俺たちは無傷で済んでいる。
他の俺たちも、中にいた護衛を倒し終えたらしく、わらわらと集まってきた。
「どうだ、なにか出たか?」
「ダメだ、エリスを狙った証拠は出ねぇ。書類なら山のように積んであるが、商売のことみたいで、よく分からん」
「ふーん。ちなみに、どんな書類なんだい?」
横から割り込んできた人影に、俺は金庫から出てきた契約書を見せた。俺たちの誰かだと思ったのだ。
「ほら、魔法連盟との契約書だ。ルーン文字を売り買いして――うわっ!?」
「よお、青年。ちょっと見ない間にずいぶん数が増えたな。ちょっち怖いぞ」
片目をつむり、人差し指と中指をそろえてウザい挨拶をしてきたのは、エリスの父・宰相バハロフだった。
「お父さん、監獄塔に居たんじゃなかったんですか!?」
「なんだい、俺がどこに居たっていいだろう。それより、この書類は良くないなァ。隷属、自白、媚薬といった精神操作のルーン文字が大量に取引されている」
バハロフは、素早く書類をめくり、内容を確認していく。
「一般に流通している精神操作は、受ける側の同意がないと効果を発揮しない。ところが、この書類に載っているのは、同意なしで人を操れる強力なヤツだ。我々の許可なしで売買していたとすれば、これは問題だぞ」
「やった! じゃあ、エリスとサハムの婚約は解消ですか?」
俺は思わずガッツポーズを取った。優男め、ザマぁ見ろ!
しかしバハロフは苦い顔で首をひねった。
「悪事には悪事だが、サハムは奴隷商の仕事もしている。それに使うためと言われれば、重い罪には問えない」
不意に、バハロフは真顔になると、正面から俺を見つめた。
「青年、もっと決定的な悪事の証拠が欲しい。あのバカが、うちの娘に二度と近づけないような、強烈な悪事の証拠だ」
「分かりました。次の心当たりを調べてみます」
そう答えたときだった。屋敷の外から、メガホンを通したような、大きな声が聞こえてきた。
『凶悪犯に告ぐ! 貴様はこの街の政府軍に包囲されている! 速やかに武器を捨てて外に出てこい!』
「ちっ、いいところで邪魔が入ったな」
バハロフが舌打ちする。だが俺は内心、喜んでいた。
罪なき政府軍が介入してくるのは予想していた事態であり、対処法も考えていた。だが目の前には、この国の宰相がいらっしゃる!
俺はかつてない、百万人の味方を持ったような安心感に包まれていた。
――だから、自分の身に差しかかった、ふたつの危険に気づけなかった。
「お父さん、あいつらより偉いんですよね? 帰れって命令してくださいよ」
「さじ加減が難しいな……優秀すぎる部下を持っても苦労する……」
「えっ、何か言いました?」
するとバハロフは、無表情のまま窓から身を乗り出し、大声で叫んだ。
「到着が遅いぞ! 犯人は複数いる! 全員捕らえろ、俺に続け!」
「んなっ!? お父さん、話が違うじゃないですか!?」
「お父さんって言うな! 俺としてもな、部下の手前、こう言うしかないんだよ」
背後で、もそりと誰かが動いた……ような気がする。けれど俺は、それどころではなかった。
「つまり自力で逃げ出せと?」
「そうだ。青年、次に会えるのは――」
なにかを言いかけたバハロフは、大きく目を見開いて、動きを止めた。
「青年、危ない!」
「えっ?」
「……グォォ……オマエ、オマエェェ!!」
振り返ると爆発で気絶したはずの大男が、俺――正確には俺6号――を左腕で持ち上げ、右手でルーン文字が書かれた紙を口の中に突っ込んできた。
書かれている文字は隷属。俺の精神を支配するつもりだ!
他の俺たちが、バハロフが、割って入ろうとする。しかし全ては遅かった。
「ぐっ、ううっ!?」
「青年!」
否応なしに喉の奥へと紙が送り込まれる。ごくりと音がして、ゴソゴソした感触が胃の中へと落ちていくのが、自分でも分かった。




