39 それよりも、もっと腹が立つこと
神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公・リュウセイは、異世界で宰相の娘・エリスを助けた。
しかし何者かの陰謀により、エリスを狙う首謀者といて指名手配されてしまう。
大人しく出頭したリュウセイに、なぜ逃げないのかと宰相・バハロフは問いかける――
「お、おい、貴様。この御方は宰相殿だぞ。頭を冷やせ!」
護衛のオッサンが、俺とバハロフの間に割って入った。
――邪魔するな!
俺は、ありったけの殺意をこめてオッサンを睨みつけた。気圧されて、オッサンが後退する。
「俺の親はなぁ、まだ子供だった俺に借金を押し付けて逃げた。それ以来だ、散々苦労するハメになったのは! だから嫌なんだよ、逃げたとか卑怯者とか言われるのは!」
「青年、キミは……まさか、本当に、うちの娘が好きじゃあないってのか?」
バハロフの声が震えている。俺は首を横に振ると、できるだけ声を抑えて続けた。ぐつぐつと腹の底が煮えたぎっているのを感じる。
「エリスもアエスタも俺に優しくしてくれた。今まで俺が信用できたのは、先生だけだったけれど、もう一度、誰かを信じてもいいかなと考えたんだ」
「だったら!」
すがるように手を伸ばすバハロフを、強く払いのける。彼は悲しそうな顔をすると、蚊の鳴くような声で言い訳してきた。
「よく考えてくれ青年、俺はキミを悪いようにする気はないんだ」
「じゃあ、どんな気だ? 恩返しにエリスたちを守ろうとしたら、その親から指名手配にさせられたときた。俺には、やっぱり人並みの幸せなんてないんだ!」
「青年……。本当にそれが理由で、うちの娘を振ろうってのか?」
バハロフが、なにか呟いたが、俺には聞き取れなかった。
「え? なにか言ったか?」
「ああ、言ったさ。この臆病者ってなあ!」
不意打ちだった。バハロフは俺の襟首をつかむと、小柄な外見からは信じられない力で締め上げてきた。身長で勝っているはずの、俺の体が持ち上がりそうになる。
「失望したぞ、青年! 俺の娘に手を出そうってから、どんな度胸の持ち主かと思えば、とんでもないチキン野郎じゃないか!」
「なにィ!?」
「なんだか言い訳していたが、つまりキミは大人に逆らうのが怖いわけだ。周囲の顔色を見て育ったんだな、気の毒だが同情はしないぞ」
「なにを言ってるんだ!? アンタに俺のなにが……」
俺は否定したが、嫌な汗が背中を伝った。一瞬、心の底を見られたような気がした。
「分かるさ、だから人当たりの良さそうな俺には反抗する。偉そうな悪人には反抗しない。逃げるのが嫌いとは、上手い口実を作ったもんだ。そうしてキミは本当に欲しいものを、取りこぼして生きていくんだ!」
「ちがう! 俺は本当に……」
「だったら!」
バハロフは、改めてインク瓶と紙束を手に取ると、俺に押し付けた。
「キミの力を見せてみろ。うちの娘に『奇跡の力』とまで言わせた力を。言葉を選ぶ必要はない、浮かんだ言葉を叩きつけろ!」
「宰相殿、いかがされました!?」
「リュウセイ!? 父上!?」
廊下から優男とエリスが入ってくる。それに構わず、俺はバハロフのことだけを、まっすぐに見つめ続けた。
「そこまで言われて引き下がれるかよ……どうなっても知らねえからな!?」
「リュウセイ、なにをする気……うひゃああああ!?」
俺はエリスの腕をつかんで、優男から引き離した。さらに、蓋を開けるのももどかしく、インクを指ですくって書きつける。
それを見て、優男と護衛のオッサンたちが俺めがけて突っ込んできた。
「貴様、エリス嬢になにをする!?」
「るせぇ、日本人なめんじゃねえ!」
俺は叫ぶと『満員電車』と書き殴った紙片を、優男の顔に押し付けた。
不思議な力が働く。彼らは満員電車の入り口で、駅員に押し込まれる乗客よろしく、ぐちゃぐちゃな姿勢で廊下に押し出された。
――これで時間が稼げる。俺は建物の外に面した壁に“豆腐”と書きつけた。
エリスが顔を真っ赤にして、右往左往している。
「リ、リュウセイ、一体なにを……父上もなにか仰ってくだされ!」
「いいかエリス、彼の手を放すなよ」
「おっ、今ので閃いた」
「父上!? リュウセイ!?」
彼女の右手と、俺の左手に“翼”と書きつけて、柔らかくなった壁を蹴り崩す。そして手と手をつなぐと、俺たちはまばゆい青空へと飛翔した。




