38 俺がこの世で一番キライなこと
神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公・リュウセイは、偶然助けた宰相の娘・エリスと行動を共にしていた。
しかし逆にエリスを狙う犯人として指名手配され、監獄塔でエリスの父、宰相バハロフから事情を聞かれる。
ところが、そこにエリスの婚約者と名乗る男が現れ、話を聞かせろと迫ってきた――
ナグム=サハムと名乗った優男は、じろじろと俺を値踏みするように見つめてきた。
「ふぅん、これがエリス嬢の想い人ねぇ……なんというか、あまり社交場では見かけないタイプの方だ」
「紳士らしくないって言いたいのか?」
「いやいや、エリス嬢には珍しかったんだろうと思っただけさ。だが残念なことに、僕は正当な婚約者なんだ。キミから聞く話によっては、このネズミと同じ運命をたどってもらう」
「ネズミ……?」
そう言って彼が指を鳴らすと、屈強な男たちが、ぐるぐる巻きにされた人間を運んできた。
「こらーっ、誰がネズミですか!? 何度も言いますが、私、ネコですから!」
「フェレス……? どうしてここに?」
そう。スマキにされて運んでこられたのは、獣人の娘・フェレスだった。こんな状態になっても軽口は叩けるらしい。
だが、そこまでだった。部屋の入り口に転がされた彼女を、サハムが土足で踏みつける。
「ぐえっ!?」
「おい、やめろ! なにをするんだ!?」
「獣人ごときが生意気な。南の大陸じゃあ勢力を伸ばしているそうだが、この街では別だ。エリス嬢にふさわしい所持品かどうかは、婚約者たる僕が決める。そして!」
サハムは、背をそらして、見下すように問いかけてくる。
「エリス嬢を襲った犯人を尋問したところ、アマクサ・リュウセイという男に頼まれたと自白した」
「なんだって!? エリス、どういうことだ!?」
「……ずっと、父上から報せは受けておった」
俺の質問に、エリスはサハムの隣に並んで、少しずつ話し出した。
「リュウセイがケガをして、ルーン魔法を使う刺客に襲われたと言ったとき。あのとき捕らえた刺客が、最初の目標は妾だったと言い出したのじゃ」
「はあ? それが、なんで俺を襲ったんだ?」
「最初の襲撃に失敗した後、報酬の支払いもなしに次の襲撃を要求され――つまり金の支払いで揉めたので、殺そうと思ったと」
そこまで言うと、エリスは黙り込んでしまった。代わりに、再び前に出てきたのが優男だ。
「僕は宰相殿を通して、エリス嬢に戻ってくるよう、再三お願いをした。しかしエリス嬢は『リュウセイは信用できる男だから』の一点張りで、戻ってくる気配がない。そうこうするうちに、二度目の襲撃が起きた」
「まさか、そいつも同じことを自白したとか言うんじゃないだろうなあ?」
するとサハムは無表情のまま、すぅっと俺に近寄ってきた。
そしてエリスとその父から見えない角度を作ると、もはや濁っているとしか言えない目をしながら、ニヤリと笑った。
「往生際が悪いぞ、逆賊。自分がやったと認めたらどうだ」
「……テメッ」
「リュウセイ!」
エリスが、いまにも泣き出しそうな表情で俺を見つめてくる。
その瞬間、俺は理解した。コイツこそ、本当の黒幕だと。エリスも、コイツから逃げたがっていると。
だが悲しいかな、俺はどうすればいいか分からなかった。
――いま、ここでコイツを殺す?
やろうと思えばできるだろう。しかし、それをやったら犯罪者だ。
――逃げ出す?
それだけはイヤだと考えたとき、沈黙を守っていた人物が動いた。エリスの父、宰相バハロフである。
「サハムくん、もういいだろう。キミはエリスをエスコートして、外で待っていてくれないかな。あまり犯罪者と同じ部屋に置いておきたくない」
「宰相殿の仰せとあれば」
優男は、大げさに一礼すると、エリスの腕を取って会議室から退室した。
バハロフは、それを見送ると、ぐしゃぐしゃ自分の頭をかきむしった。
「青年、なんなんだキミは!? 素直なのは美徳だが、行き過ぎると愚策でしかないぞ!?」
「なんですか、お父さん。俺を呼んだのは死刑にするためじゃないんすか?」
「だったら逃げるとか、なんとかしろよ! エリスから聞いた話が本当なら、簡単に出来るんだろう?」
そう言うや否や、彼は近くの机からインク瓶を取り出して、俺に投げて寄こした。
でもそれは、俺が一番聞きたくない言葉だった。
「逃げるって、なんすか」
「あ?」
「逃げろって簡単に言うけどさ、すげえ腹が立つんだよ! うちのクソ親どもみたいに、人に責任押し付けて、逃げ出せっていうのか!? 残された人間に苦労を背負わせろって言うのか!? それだけは、まっぴらごめんだ!」
「青年……」
俺が息を切らして、まくしたてるのを、バハロフは目を丸くして見つめていた。




