37 婚約者なんて聞いてない
神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公・リュウセイは、偶然にも宰相の娘エリスを助ける。
しかし何者かの陰謀により、エリス襲撃の主犯として指名手配されてしまったリュウセイ。
そんな彼を迎えに来たのは、エリスの父にして時の宰相、バハロフ・デル・ブローディアだった――
「青年、いい加減に白状しろ。キミがうちの娘の耳に息を吹きかけたり、さらには抱き着いたり、あまつさえ、く、唇を奪ったことは分かっているんだ!」
「お父さん、それエリスが俺にしてきたことですよ?」
「うるさーいッ! うちの娘がウソをつくはずがないッ! そうだな、お前らッ!?」
「はい! 宰相殿が正しいであります!」
かれこれ1時間にはなるだろうか。俺とエリスの父――宰相バハロフは押し問答を続けていた。途中で入る部下たちの合いの手が、これ以上なくウザったい。
監獄塔という建物は――正面から見たときは分からなかったが――ふたつの塔が並んで建っている。手前は取調室や警備兵の詰め所、奥は名前の通り監獄となっている。
内部は石と鉄格子で出来ていて、ひんやりと冷気がただよい、背筋を凍らせる。階段を上る途中、ちらりと奥の監獄が見えた。
「全員、整列! 右向け右! 進めッ!」
「イチ、ニ、イチ、ニ、イチ、ニ……!」
まるで軍人を鍛えているかのような掛け声が聞こえてくる。……間違っても、あんなところに入りたくねえ!
そう思っていると、バハロフは「本題の前に、軽く雑談しないか」と、親指で会議室っぽい部屋を指したのだった。俺ものんきなもので、牢屋じゃないから大丈夫かと了承した。
――そこから、長い長い茶番劇が始まったのである。横長の机をはさんで、バハロフによる俺への追及が始まったのだ。
「大体なにが『お義父さん』だ、もう結婚したつもりか!? 図々しいぞ青年!」
「落ち着いてくださいよ、それ全部エリスが話したことでしょう!? アエスタは、なにか言わなかったんですか?」
「アエスタ……アエスタは……」
「あっ」
その名前を口にした途端、バハロフはお預けを食らった犬のように、しおらしくなった。
代わりに部下のオッサンどもが、冷や汗を浮かべながら解説を入れてくる。
「貴様、なんてことを言うんだ! いますぐ宰相殿を盛り上げろ! アゲアゲで行け!」
「なんだよ、急に?」
「見ろ、宰相殿のお姿を!」
「アエスタは……口きいてくれない……」
オッサンどもの向こうで、バハロフが壁に向かって「の」の字を書き始めた。さっきまでの勢いは、どこにもない。
「お父さんより神様のほうが大事だって……小さい頃は『お父様、お父様』って可愛かったのに……いいじゃん、ちょっと賄賂もらったくらい」
「もしかして大人の事情を優先してたら、娘が反抗期特有の潔癖症を発症して、口をきいてくれないってことか?」
「ひっ!? やめてやめて! それ以上言わないで!」
「貴様ァ! 宰相殿の『ガラスのハート』に、なんということを!?」
部下たちが俺に食ってかかる。どうやらバハロフの前で長女の名前を出すことは禁忌らしい。
このままでは埒が開かない。俺は仕方なく――ホント、なんでこんなことやってんだろうな?――オッサンのフォローに入ることにした。
「でも先生、じゃなかった、アエスタが言ってましたよ。お父さんがどうしても言うことを聞いて欲しいってお願いしてくるときは、その通りにするんだって。彼女、心の底では、お父さんのことを信頼しているんですよ」
「え? ホントに……?」
バハロフはパアッと顔を輝かせると、ずずいっと俺のほうに近寄ってきた。……顔が近い。
「青年、それをアエスタから聞いたのか?」
「ええ」
「本人から? 直接?」
「そうだけど……」
途端にバハロフの表情が険しくなる。彼は俺の襟首をつかむと、ガックンガックン揺らし始めた。
「テメェーッ、なにアエスタと仲良くなっとるんじゃーっ!? 姉と妹で二股とか、ゆ、許されると思ってるのか!?」
「なんでそうなるの!?」
「ねえ、こいつ死刑にしよう!? 俺よりも娘と仲がいいとか、絶対に許せない! はい決定、俺が許す!」
「はっ、宰相殿のご命令とあらば!」
オッサンどもが俺を抱え上げようとする。必死に抵抗するが、その筋力の違いたるや子供と大人ほどの差があり、全くかなわない。
さすがに俺は抗議した。
「なんだよオッサンたち! あんたらがフォローしろって言うから、したんじゃねえか!」
「しかし宰相殿のご命令には逆らえぬ。運がなかったな小僧」
「なんじゃあ、そりゃあ!?」
そして、まさに俺が部屋から連れ出される直前、ソイツは顔を真っ赤にして現れた。
バタンと叩きつけるようにしてドアが開く。
「父上! リュウセイは、その、大切な友達で……とにかく死刑はダメじゃ!」
「エリス!」
「リュウセイ!」
いつもの調子で、じゃれついてこようとしたエリスは、しかし次の瞬間にはしおしおと後ろに引っ込んだ。
なんだろう、と思う間もなく、エリスに代わって見たこともない優男が現れた。
ソイツは赤茶色の髪を七三分けにした、背の高い美青年だった。瞳は日本人に似て黒く、なんとなく茶髪のチャラ男という印象を受ける。
「あっはっは。時の人たる宰相殿も、娘さんの話は泣き所らしいですね」
「おお、サハムくん!」
「ナグム=サハム、ただいま参上いたしました。微力ながら宰相殿のお力になりますよ」
バハロフが喜々として手を握りにいく。どうやら、ふたりは旧知の仲のようだ。ところがエリスは、心なしか暗い顔をして、もじもじしている。
しかし、本当に俺を驚かせたのは、優男のこの発言だった。
「しかし僕としても、婚約者に想い人がいると聞いては、穏やかでいられない。詳しく話を聞きたいですね」
「婚約者!?」
俺は文字通り、開いた口がふさがらなかった。




