35 男の娘と看板娘・後編
神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公・リュウセイは、異世界で冒険者ギルドに所属する。
ところがギルドの業績が悪いからと、テコ入れのために「看板娘」に変身して働けと、受付嬢・ナールに命令される。
男の娘のままメイド服で働き始めたリュウセイ。そこに知り合いの獣人娘・フェレスが現れた――
スイングドアをくぐってきたフェレスは、高い身長から見おろしていたときと違い、同じくらいの背丈で、なんだか違う印象がした。
フェレスという娘は、猫耳が生えているのと、鼻の皮が厚く黒いことを除けば、外見に人間との大きな違いはない。以前アエスタからも、爪が鋭いとか、舌がザラザラするといった細かい違いはあるが、基本的に人間と変わるところはないと教わった。
しかし、こうして近くから見ると……銀色の髪に黒い縞が入っていて、地球でいうメインクーンやペルシャといった猫たちを連想させる。
うん、黙っていれば、かわいいじゃないか。俺は最上級の笑顔で、声をかけた。
「いらっしゃいませー♪ 冒険者ギルドはこちらですよ」
その途端、フェレスの猫耳がピコン!と反応した。なんだろうと思う間もなく、こちらに近寄ってクンクンと匂いをかぎ始める。どうしたものかと悩んだが、俺はあくまで看板娘としての振る舞いを通すことにした。
「あ、あの、お客様……? 距離が近いのですが?」
「……ケダモノ、お前なにやってやがるんです?」
「へ?」
その憎たらしい物言いに、俺は全身の毛が逆立つのを感じた。会っていきなり正体がバレた!? いくら猫っぽい顔をしてるからって、そんなことできるのだろうか。
俺は徹底的に、知らぬ存ぜぬを通すことにした。
「お客様、なんのことでしょう? ご用件なら受付が承りますが?」
「とぼけてんじゃねーですよ! 獣人の嗅覚なめるんじゃねーです!」
「んなっ……!」
「おっ、どうしたのリリュちゃん。この子と知り合い?」
オッサン冒険者どもが近寄ってきた。マズい、フェレスは俺が天草龍生だと確信している。いま身バレされるのは、非常に――後日、成人男子としてギルドに来たときを考えたら――危険である。変態の烙印を押され、晒し者にされかねない。
――待てよ、猫? こいつが猫の特性を受け継いでいるとしたら!
とっさに俺はフェレスの首根っこに手を回し、ぐにょっとつかんだ。猫は、こうされると大人しくなるんだよなぁ!?
「うにゃっ!?」
フェレスは変な声を上げたっきり、大人しくなった。――ああ、良かった。
オッサンどもが心配そうに、のぞきこんでくる。
「あれ? この子ぐったりしちゃったけど、大丈夫? 肩、貸そうか」
「いえ、なんでもないです。ちょっと、お手洗い使いますね」
「あっ、ちょっと!」
俺はオッサンどもの制止を振り切ると、ズルズルと猫耳娘をトイレへ引っ張って行った。
バタンとドアを閉める。よし、これで2人きりになれた。
「ふーっ、危なかった。フェレス、悪いけどルーン魔法でバイト中なんだ。俺がリュウセイだってことは秘密なんで、よろしく頼むよ」
「……ぅにゅ」
おかしい、返事が弱々しい。見ると、丸っこい指で首根っこをさしている。
「ああ、悪い悪い。いま放すから……」
「フギーッ! 大事なところを触るなーっ!」
「いでぇーっ!」
離した途端に、鋭い爪が飛んできて、俺は悲鳴を上げた。
――ややあって。
「リリュちゃん、お嬢ちゃん。いま悲鳴が聞こえたけど、どうしたんだい?」
「いっ、いえ……なんでもありません」
「そうそう、私たちトモダチ。ねっ?」
トイレから出た俺は、ぎこちない笑顔を浮かべた。きっと隣のフェレスも、そんな顔をしていたんだろう。オッサンどもが、いぶかしげに顔を見合わせる。
俺は先手を打って話の流れを変えた。
「それよりフェレス、なにか用があったんじゃないの?」
「ああ。お姉さまが、ここでお前――じゃない、ケダモノを待っていろって」
「そうなのか。えっと、俺……リュウセイだったら夜まで帰らないと思うけど」
するとフェレスは「じゃあ待ってるです」と、窓際のテーブルに腰かけた。
なんだろう。ずいぶん大人しい。てっきり俺の正体を暴露しにかかると思ったんだが。
「――ふう。まあ、ひと安心かな……」
「注文お願いしまーす!」
いきなり、フェレスが右手を上げて俺を呼んだ。なんだろう、と思いながら近づいていく。
「はい、なんにしましょう?」
「ここで出してる料理、全部一品ずつ持ってきて。お代はリュウセイさんのツケで」
「はあ!? なに言ってるの、お前!?」
のけぞる俺の、右手の袖をつかんで、猫耳娘はささやいた。
「あれあれ? キミがリュウセイくんだってこと、バラしていいのかなぁ~?」
そうして瞳孔を縦に細め、ニヤニヤと笑っている。
――ハメられた! さっきから物分かりがいいと思ってたら、これを狙ってのことか!
「ちょっと待てよ! そんなに食べきれないだろ! 絶対残すに決まってるじゃないか!」
「大丈夫です、冒険者のみなさんが一緒に食べてくれるです。さあ、今日の飲み食いは、全部リュウセイさんがツケにしてくれるです!」
「ふざけんな! ナール、こんなデタラメな注文、通らないよな!?」
しかしカウンターの中のナールは、さわやかな笑顔で親指を立てていた。
他の客席から、どよめきが上がる。本当にいいのか、と戸惑う声が聞こえたのは最初だけ――それから、悪夢のような宴会が始まった。
※ ※ ※
「おーい、タニア産マグロのあぶり、ひとつ!」
「こっちは酒のおかわりだ!」
一時間後。ギルド内では、どんちゃん騒ぎが起こっていた。みんな好き勝手に注文している。
俺はもう心が折れそうだった。次々と出てくる料理を、自分のツケになるのだと思いながら、客席まで持っていくのは……はっきり言って辛い。死刑台に自分で登るようなものだ。
「ちょいとお邪魔するよ」
「いらっしゃいませー」
スイングドアを開けて、新しい客が入ってきたようだが、俺はそっちに気を遣う余裕がない。
「獣人の嬢ちゃん、あのムカつくリュウセイにおごらせるなんて、スゲエな!」
「本当だよ。恋人ってわけでもなさそうだし、なにか弱みでも握っているのかい?」
「まあまあ、いろいろあるんですよ」
――元の姿に戻ったら、こいつら全員しばき倒して、金を自腹で払わせよう。
そんなことを考えていたせいか、料理の皿を置こうとした途端、わずかに油断をした。
「おおっと、失礼!」
「うわぁっ!?」
フェレスが水の入ったコップを倒した。メイド服の、左腕の部分がぬれて、ヒンヤリした感触が伝わってくる。
すうっと力が抜けていく感覚がする。見れば、左手のひらに書いてあった「怪力」の文字が水で流れていた。
と、フェレスがハンカチ片手に近づいてくる。
「あらあら大変です、これは服を脱いで拭かないといけませんね」
そう言って、俺の服をはだけさせようとする。
いいですよ、気を使わないでください、とか言いながら、俺は全力で反抗した。
(お前、男には興味ないんだろ!? 俺の服なんか脱がしてどうするんだよ!)
(変身用のルーン文字を消してやるんです。大恥かくといいんです!)
(なにィ!?)
ちょうどそのとき、前髪から炎に水をかけたような音がした。
見れば、金色だった髪がひとふさ、元の黒髪に戻っている。どうやら「看板娘」の文字も、水でにじみ出したらしい。フェリスが、ニヤリとチェシャ猫の笑みを浮かべた。
(お姉さまに近づく悪い虫……いま、ここで社会的に抹殺してやるです!)
「ちょっと、リリュちゃん! もう仕事はいいから、大至急キッチンまできて!」
「ええっ!?」
カウンターの奥では、受付嬢のナールが俺を呼んでいる。いよいよ切羽詰まってきた。
また「ボシュン!」という音がした。体のどこかが戻ったらしいが、気にしている余裕はない。
どうする? 怪力のルーン魔法は消え去った。同じ程度の筋力で、どうやって女好きの猫耳娘を振りほどく!?
「どうせ……大恥をかくなら……」
「ん?」
「どうせなら自分から恥をかいてやらあ!」
そう叫ぶと、俺はフェレスを無視して、自分のスカートをまくり上げた。
誰もが口を開けたまま、沈黙した。そうだ、見ろ。もっと見ろ。これが俺の、おいなりさんロイヤル・プリンセス・バージョンだ!
「そ、そ、そこはそのままァ!? いやぁぁぁぁ!!」
パニックを起こして、うずくまったフェレスをほったらかして、俺はキッチンへと駆け込んだ。後ろからはオッサンどもの「えーっ」という声が聞こえてくる。
「えっ、リリュちゃん、男の娘だったのか!?」
「うそだろ……」
「でも、あれはあれで、アリなんじゃないか?」
「むしろ、イイ!」
――あーあー、聞こえない、聞こえなーい!
キッチンに駆け込むと、真っ青な表情のナールが待ち構えていた。手には男モノの服がある。
「リュウセイさん、急いでこれを着て! 元に戻ってください!」
「ありがとう!」
体のあちこちから白煙が上がる。いよいよ「看板娘」の変身が解けかけているようだ。
キッチンの奥にある物置部屋に駆け込む。体が大きくなり始めたせいで脱ぎづらいメイド服のボタンを、なんとか外す。
――ドシュウ!
ズボンを履くのと、変身が解けるのが、ほぼ同時だった。体全体から白煙が上がり、俺は元の姿に戻った。
「ふう。助かったよ、ナールちゃん。しかし、俺に急用って、なにがあったんだ?」
「それはねリュウセイくん、俺がキミを呼んだからさ」
「……え?」
シャツに頭を通したところで、戸口に誰かが立っていることに気づく。ナールではない。見知らぬ、男だ!
「へえ、変身のルーン魔法か。土属性に筋力増加魔法があるが、あれの応用でいけるのか? 今度、部下にやらせてみよう」
「誰だアンタ!?」
「新鮮だなぁ、その反応。宰相になってからこっち、みんな俺の顔を知ってるもんだから、名前を聞かれたことなんてなかったぜ」
そう言うと、男は慇懃にお辞儀をして告げた。
「宰相、バハロフ・デル・ブローディアだ。いつも、うちの娘がお世話になっているそうだね」
「ブローディア!? エリスとアエスタのお父さん!?」
男は笑顔を崩さないまま、淡々と告げる。
「アマクサ・リュウセイ、君は先ほど、エリス暗殺の首謀者として指名手配された。厄介なことになる前に、俺と監獄塔まで付き合ってもらおう」
「なんだよそれ!? もし断ったら?」
自分がつばを飲む音が、やけに大きく響く。バハロフはニヤリと笑うと、こう言った。
「断るなんて、できやしないさ」
差し伸べられた手に、言いようのない迫力を感じて、俺は黙りこんだ。




