35 男の娘と看板娘・中編
神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公・リュウセイは、冒険者ギルドから呼び出しを受ける。
ところが訪ねた先のギルドでは受付嬢・ナールしかおらず、接客を手伝ってほしいと言われる。
自分の腕に「看板娘」の文字を無理やり書かされたリュウセイは、魔法の光と共に変身した――
「リュウセイさん? 着替えて終わりました?」
「ううっ、本当に女モノの服なんて着るのかよ……」
冒険者ギルドのカウンター奥にある部屋で、俺はひとり悩んでいた。10畳ちょっとはあろうかという広い部屋だが、三方の壁に戸棚が打ち付けてあり、これでもかと野菜や酒が置いてある。普段は物置に使う部屋だそうが、更衣室に使えそうな部屋がここ以外にないということで、半ば強制的に押しこめられたのだ。
細く、丸っこくなってしまった自分の手と、カゴに入れられたフリフリのメイド服を交互に見やる。
書いた文字が具現化するルーンマスターの能力。それが、他人に書かされた場合でも発動するとは知らなかった。それは俺に文字を書かせたナールも同じだったようで、変わり果てた俺を見たときには、こんな言葉を叩きつけてきた。
「うそ……本当に『看板娘』になっちゃった」
それはむしろ、この能力を授けた神様も想定外だったんじゃないだろうか。今度からウカツにペンを持たないよう、気をつけなければならない。
そんなことを考えていると、ノックもなしにドアが開け放たれた。ナールだ。手には大きめの手鏡を持っている。
「リュウセイさん、全然着替えてないじゃないですか。いい加減、諦めて着替えてください。お客さんやギルドのみんなが来ちゃいます」
「ふざけるな! 男がこんなフリフリの服を着られるか!」
「でもぉ、これが今のリュウセイさんの姿なんですよぉ」
そう言って、ニヤニヤしながら手鏡を突きつけて来る。そこには抜けるような白い肌に、つややかな長い金髪を持つ美少女――変わり果てた俺の姿が映っていた。肌や髪の色だけではない。身長は頭ひとつ縮み、ウエストも二回りは細くなっている。どこから見ても文句のつけようのない、看板娘がそこにいた。
ナールが、ずいっと距離を縮めてくる。
「さあリュウセイちゃん、観念してお着換えしましょうね~」
「うわあっ!?」
抵抗するが、こんな細い体では力が入らない。
しかも日々のウェイトレス仕事の賜物か、祖父であるギルドマスターに訓練されているのか、ナールの力は男の俺にも負けないほど強く、あっという間に上半身を裸にされてしまった。
「さあ、次はズボンも脱ぎますよ~」
「やめろって! 下は本当にマズいんだ!」
「問答無用!」
バッ!とズボンが剥ぎ取られる。次の瞬間、ナールの顔はゆでダコみたいに真っ赤になった。
……見られた。下半身は男のままなのを。
「だからズボンを返せって……」
「いやぁぁぁぁ!!」
「おぶぇっ!?」
グーパンが顔面を直撃する。視界の隅で、ズボンを持ったまま逃げ出していくナールの後ろ姿が見えた――
※ ※ ※
「着替えたよ……」
「そうですか……」
結局、フリフリのメイド服を着た俺は、冒険者ギルドのカウンター内へ戻ってきた。スカートがすぅすぅして落ち着かない。
ナールはコホン、と咳払いすると、顔を赤らめつつ俺の服装をチェックした。母親が子供にするように、ぐるりと回れ右させて服の乱れを整えると、カウンターの下から取り出した櫛で髪をとかす。
そして、なにを納得したのか「うんうん」とうなずくと、
「まあ中身はアレですけど、見た目で誤魔化せるでしょう。いいですか、絶対に男だってバレちゃいけませんよ?」
などと言い放った。
「キミねぇ、他人事みたいに言うけど、誰のせいでこんな事になったと……」
「おーい、誰か酒とメシ持ってきてくれ!」
俺の抗議の声をかき消すように、入り口から注文が聞こえて来る。見れば、先輩冒険者どもがスイングドアを押して入ってくるところだった。
「ほら、注文を取りに行ってください」
「えっ? 俺が行くの!?」
「そうですよ。私がキッチンやりますから、フロア担当してください。いま、お盆を持ってきます」
冗談じゃない、このまま行ってたまるか! 俺はナールがあっちを向いている間に、カウンターに置かれたペンをつかんで、左手のひらに文字を書いた。
かくして俺は、お盆ひとつを持たされて、先輩冒険者どもの前に立たされた。
男たちの、舐め回すような視線を感じる。うわあ……女性は胸を見られると分かるって言うけど、本当だったんだな……
俺の気持ちなど関係なく、男どもは当然の疑問をぶつけてくる。
「あれ、こんな娘いたっけ? キミ、新人?」
「は、はい……」
こわくなって、反射的に、お盆で顔を隠してしまう。ところが、それが男たちには“照れ屋さんが見せた、かわいらしい仕草”に見えたらしい。ヒュー、と1人が口笛を吹いた。
「うーっす、顔出しにきたぞー!」
スイングドアを押して、続々と冒険者たちが入ってくる。いまは午後3時くらいだろうか、みんな、これからが顔を出しにくる時間帯のようだ。
そして当然、俺という存在は注目の的になる。
「仕事がひとつ取れそうだ。そっちはどうだ?」
「おう、外回りお疲れ! こっちは新しい看板娘を歓迎してたところよ」
「なんだって? どんな子よ?」
「ちょっ、おまっ、やめろ!」
あっという間に、俺はむさ苦しい男どもに囲まれてしまった。
「かわいいね、キミ名前なんて言うの?」
「いや俺は、リ、リ、リュ……」
「リリュちゃん?へえ、名前もかわいいじゃん」
「こっち来て、お酌してよ。このギルドのこと、いろいろ教えてあげるからさ」
「あっ、テメェ! 俺が先に声かけたんだぞ!」
なんだろう。あのね。リュウセイ思うの。オッサンどもにチヤホヤされてもね、うれしくない。うれしくないぞー!
「リリュちゃんのお尻、小さいねー」
「ひうっ!?」
誰かの手が、ベロンと俺の尻を撫で上げた。悪寒が背筋を駆け上がる。
「いやぁーっ!」
「ぐぼぁっ!?」
俺は――こんな形で使うとは思わなかったが――『怪力』と書かれた左手で痴漢野郎をぶっ飛ばした。
刹那、キャッキャウフフと騒いでいたオッサンどもは、しんと静まり返った。綺麗に決まったアッパーに、男は意識が飛んだらしく、床にゴロンと転がった。
みんなが俺を見つめている。いいだろう。俺は営業スマイルで問いかけた。
「みなさん、注文は一番高いお酒でいいですか?」
「あっ、ハイ……」
「ナールちゃん、みなさんにグラス1杯ずつ!」
「かしこまりましたー!」
カウンターの中のナールと目が合う。彼女は「良くやった!」と言わんばかりに、親指を立ててみせた。
ぶっ飛ばされた男が隅に寝転がされると、ギルド内に賑わいが戻ってきた。俺は注文取りと皿運びに夢中になって、そのまま1時間ほど経ったときだった。
小柄な人影が、スイングドアを押して入ってきた。
「あのぅ、白虎の冒険者ギルドって、ここで合ってますか?」
「はい、そうです……よっ!?」
現れたのは、誰であろう、猫耳の獣人娘・フェレスだった。




