34 男の娘と看板娘・前編
神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公・リュウセイは、異世界で宰相の娘・エリスを救った縁で、政敵から命を狙われるはめになった。
エリスの姉・アエスタの願いで学校を作るため、物件の下見に行くが、そこでも命を狙われてしまう。
一行は刺客たちを取り押さえ、街の警備隊に引き渡し、首謀者の名前を聞き出せないかと期待していたのだった――
敵の刺客を撃退した翌日、ログハウスに帰宅した俺たちを待っていたのは想定外の来客だった。
「エリスお嬢様、迎えにきましたぞ」
「白虎のおじ上!?」
そう。現れたのは、俺が所属する冒険者ギルドのマスターだった。ご丁寧に背後には――ギルドで俺をいびっていた先輩連中とは違う――いかついオッサンを3人も従えている。
「宰相殿に頼まれてな。今すぐお嬢様に帰ってきて欲しいとのことだ」
「……そうか、父上のお言葉なら仕方あるまい」
「エリス?」
少女は逆らう様子など見せず、ギルドマスターたちの引いてきた馬に乗った。
「私は帰りませんよ」
硬い表情で答えたのは、姉のアエスタだった。ギルドマスターは、やれやれと首をふる。
「アエスタお嬢様、そうおっしゃると思いました。ですがリュウセイから離れ、教会の仕事をしていてください。それが宰相殿の強い希望です」
「希望……父さんの……」
それだけ告げると、ギルドマスターは「お待たせしました、参りましょう」と馬上のエリスを促した。エリスは、さびしそうに笑って手を振る。
「リュウセイ、今まで楽しかったぞ。どうか息災でな」
「待てよ、息災でなって、なんだよ? 二度と会えないような口調じゃないか」
「バカ者! いいか若いの。宰相殿のご息女と、素性も分からぬお主が一緒にいられた今までが特別だったのだ」
「でも……!」
食ってかかろうとした俺の腕を、力強い手が引き留めた。アエスタだ。
「ティグレン殿。父さん、いえ、父上のご希望は確かに承りました。妹をよろしくお願いします」
「承知いたしました」
「あの、私は!? 私はどうなるんですか!?」
俺が衝撃を受けている横で、もう1人、必死なヤツがいた。獣人の娘・フェレスだ。
ギルドマスターが、いぶかしげな視線を送る。
「なんじゃ、お前は?」
「お姉さまの奴隷です!」
「エリスお嬢様、本当ですか?」
「ああ、うむ。妾が自腹で購入したものじゃ」
ギルドマスターは、さらにエリスに声をかけようとしたものの、思いとどまって猫耳娘の頭をなでた。
「奴隷か。所持品まで規制せよ、とは聞いておらんな。ついてこい」
「やったぁ!」
フェレスは俺に向かってアッカンベーをすると、エリスの乗る馬にピタリと寄り添った。
一同が俺に背を向ける。ところが去り際に、ギルドマスターはこう告げた。
「リュウセイ、荷物をまとめたら冒険者ギルドに顔を出せよ。必ずだぞ」
一行が立ち去ると、アエスタは彼らの姿が見えなくなるのも待たず、俺をログハウスの中へ引きずりこんだ。大きな音を立ててドアが閉まる。
「リュウセイさん、今から話すことを良く聞いてください。これは父さんの作戦がまとまった合図です」
「え? え?」
アエスタが――大好きだった先生そっくりな顔で――正面きって話しかけてくる。そんな場面じゃないっていうのに、俺の心臓は大きく跳ねた。
「父さんは私が教会で静かにしていることを『希望する』と言いました。私が反抗的なのを知っているから、本当にやって欲しいことがあると命令じゃなく、お願いしてくるんです」
「それって、たとえば俺たちを襲った連中から、なにか情報を引き出せたとか?」
アエスタは大きくうなずいた。
「リュウセイさん。ギルドマスターの言葉通りにしましょう。今すぐ荷物をまとめて、冒険者ギルドに行ってください」
「分かった。アエスタも気をつけて――」
俺の言葉はさえぎられた――アエスタに抱きしめられて。柔らかい感触が、優しい体温が、俺を包み込む。
「私はリュウセイさんの先生に似ているそうですね」
「う、うん」
「でも、中身は全然違うと思います。私は未熟者で、人に迷惑をかけてばかり――リュウセイさんを説得するのも自分の力ではできない……」
だけど、とアエスタは体を離して告げる。
「このぬくもりは先生のぬくもりだと思ってください。大丈夫、きっとまた会えます。誰もあなたを見捨てたりしません」
「うん……うん!」
その言葉は本物の先生がしゃべっているようで、心の底にあったなにかが、あふれ出すのを感じた。俺はアエスタにしがみつくと、子供のように泣きじゃくった。
※ ※ ※
数時間後。わずかな手荷物をまとめた俺は、この街の中央に戻り、冒険者ギルドの扉を叩いた。
薄暗い店内に人気はない。みんな仕事で出払っているのだろう。看板娘のナールが、1人で料理の仕込みをしていた。作業に夢中になっている彼女に声をかける。
「こんちは。マスターに呼ばれてきたんだけど……」
「リュウセイさん! ちょうどいいところに来た!」
ナールは包丁とニンジンを放り出すと、ダッシュで俺のほうに駆け寄ってきた。
「リュウセイさん、ルーンマスターだから、なんでもできますよね?」
「え? う、うん、まあ……」
「じゃあ看板娘になってください!」
「はあ!?」
彼女は俺に羽根ペンを持たせると、右手をかぶせるようにつかんで、左腕に無理やり文字を書かせようとする。俺は当然、抵抗する。
「なんで、そう、なるの!?」
「リュウセイさんが壊したコロシアムを直してる間に、仕事全部よそのギルドに取られちゃったんですよ! 新人を募集するには、人気取りのためのテコ入れが必要なんです!」
「待って! ねえ、待ってよナールちゃん! 待って……アッー!」
左腕に書かれた文字が光を放ち――そして俺は“変身”した。




