33 学校の怪談・後編
神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公・リュウセイは、異世界で学校を作るべく活動している姉妹・アエスタとエリスに協力することにした。
しかし下見に訪れた候補地では、怪奇現象が起き、現代日本で死んだはずの恩師の幽霊が現れたのだった――
「うわあああああ!?」
俺はとっさにアエスタを――いや、アエスタの姿をした化け物を突き飛ばすと、部屋から走り出た。
廊下に出た瞬間、目まいがして足がもつれそうになる。振り返る間もなく、廊下の奥から、ギシィッと床板の鳴る音と共に、懐かしい声が聞こえてきた。
「いけない子ねぇ、リュウセイくん。レディを突き飛ばすだなんて」
「そ、その声は……先生!?」
廊下の奥から、ずりっ、ずりっとなにかが這いずる音が聞こえてくる。
「待ってよぉ、リュウセイくん。私が死んでお墓に入って、時間が経ったでしょう? 体がグチャグチャだったから、ちゃんと歩けないのよぉ」
嘘だ。ありえない。先生は死んだ。先生は過去の人だ。先生は俺の人生の全てと共に、日本に置いてきたんだ!
「誰だァ、テメェーッ!? 日本人か!? 先生の声真似なんかしやがって、どこで調べてきた!?」
「声真似ぇ? 真似なんてヒドイわ、リュウセイくん。ほぅら、よく見て? 私よ、わ・た・し」
「う、うううう……」
背後から血と生肉の臭いが漂ってくる。俺は少しずつ、少しずつ振り返った。そこにいたのは――自動車にひかれて――下半身を失い、血を流した先生の姿だった!
彼女は内臓を引きずったまま、両腕の力だけで、ずるずると這いよってくる!
「うわああああ!!」
「痛いなぁ、もう……リュウセイさん、待ってくださいよぉ」
ギシリ、とドアの開く音。見るまでもない、アエスタだったなにかが部屋から出てきた音だ!
――そうだ、エリス! 玄関まで行けばエリスたちがいる!
「エリスーッ! 助けてくれェーッ!」
俺は恥も外聞もなく、年端もゆかぬ少女の名を叫びながら廊下を走る。
――いや、正確には走ろうと試みた。だが、まるで悪夢でも見ているかのように、足がもつれて進まない。
とうとう俺は、さっき脱穀器具を見たドアの前で転倒してしまった。
仰向けになって天井を見る。外からは、いつの間にか降り出した雨粒が叩きつける音がした。
――急に、見えないなにかが俺の足をつかんだ!
「えっ!? なんだ……!?」
次の瞬間、俺の体は勢いよくドアの中へと引きずりこまれた! さらにはバタンと音を立ててドアが閉まる。俺は孤立無援となった。
「ちくしょう、なんなんだ、この屋敷!? 本物の幽霊屋敷だってのかよ!」
俺は、ふらつく足でなんとか立ち上がると、ポケットから「一打必倒」と書いた石を取り出して……うっかり取り落とした。コロコロとドア側に向けて転がっていく石を、大慌てで拾い直す。
――幽霊なんて、いるわけがない。文字書きの能力でブチのめしてやる!
精神を研ぎ澄ませ、敵の気配を感じ取ろうとする。直後、ギッ、と床のきしむ音がした。
「そこかっ!?」
俺は「一打必倒」の石を投げつける。しかし手ごたえはなく、石はコロコロとドア側に転がっていく。
「待てよ? なんでドア側に転がるんだ?」
――ヒヒヒヒヒッ。
――イヒヒヒヒッ、ヒヒヒヒヒッ!
見えない敵のあざ笑う声が耳を打つ。
「うるせえぞ! いま考えがまとまりかけてるんだ!」
「そうかい、だがもう遅いね」
次の瞬間、見えない何かが俺の首に巻き付く。そして、ギリギリと背後に向かって締め上げ始めた……!
「あ、ぐっ……!」
「この街の農家で、まっすぐに建ててあるものは少ない。この家は特に傾きがおかしくて、歩いているとフラフラしてくる。そういう場所を選んで、俺たちは標的を誘い込むのさ」
石はコロコロ転がっていく。
最初から「変だ」と気づくべきだったのだ。あの御者の話、とても不自然だった。
馬がハチに刺された? 俺が起こした炎の嵐や竜巻を見たはずなのに、それには触れずにハチの話を?
「おたくに雇われる御者は大変だねえ。1人目は野盗に殺され、2人目は暴れ馬をなだめている最中に、俺たちに殺された。もう募集しても人が来ないんじゃないかなあ」
「そ、それでここへ来るとき、馬車に催眠効果のある香木や照明を仕掛けてあったのか……?」
「いけねえ、口をきく余裕があるとは、つい手が緩んじまった」
ぎり、と首に食いこむロープが力を増す。
「ぐ、あがっ……!」
「無駄だよ、暴れるな。まあ、その分、早く息が詰まってくれるから俺としては楽だがね」
よし、気づかれていない! 俺は敵の注意を引き付けるため、あらん限りの力で暴れ続ける。
そして、待ちに待った瞬間が訪れた。石がドアを、コツンと打ったのだ!
――バァン!
「なんだ!?」
大きな音を立ててドアが倒れる。一打必倒の文字が発動し、ドアが吹き飛ぶように倒れたのだ。
その隙に俺は首を絞めていた男を振り払うと、近くにあった農具で力任せに殴り飛ばした。
男は「ぐぇっ」とカエルが潰れたような声を出すと、倒れて動かなくなった。
こんなヤツを相手にしてる場合じゃない! 俺は廊下に飛び出すと叫んだ。
「アエスタ! エリス! 無事か!?」
「私なら無事ですよ。リュウセイさんこそ大丈夫ですか?」
「えっ……?」
そこで俺が見たものは……暴漢の腕に関節技を極め、背中の上に膝をついているアエスタだった。
「アエスタ、どうして……」
「私、ルーン魔法の素質がない代わりに、武術の心得があるんです」
「いやいや、それにしたって幽霊の幻を見せられただろう!? 驚かなかったの?」
すると彼女は、あらあらと子供に説明する先生の口調で、こう言った。
「いいですか、リュウセイさん。人は死んだら天国に行くんです。幽霊なんて神の教えに反するもの、存在するはずがないでしょう?」
「う……」
そう答えた彼女の顔は、とても清らかで、俺は表現しづらい威圧感をおぼえた。
ちょうどそのときだった、玄関のほうから男の野太い悲鳴が聞こえてきたのは。
「そうだ、エリス! 大丈夫か!?」
俺は玄関へと駆けつける。そこで見たものは……
「た、助けてくれぇ!」
「フーッ! お姉さまに手ぇ出すんじゃねーですよ!」
猫耳娘に顔をバリバリに引っかかれた、乱杭歯の御者だった。
※ ※ ※
幽霊におびえたエリスは――得意のルーン魔法で戦うことも忘れて――びーびー泣いていた。それでもアエスタがあやしてやると、我に返ったらしく、真っ赤な顔で「済まなかった」と謝った。
結局、俺たちの通報で、偽の御者どもは街の警備隊に引き渡された。連行される彼らを見ながら、アエスタがつぶやく。
「敵も本気を出してきましたね」
「そうだな」
「そろそろ打って出る時期やも知れぬな」
「あいつら調べて、なにか分かるといいな」
「うむ、そうじゃのう……」
思い返せば、このとき妙にエリスの歯切れが悪かった。だが、そのときの俺は何も考えず、腹が減ったとかなんとか、しょうもないことを考えていたのだった。




