表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/56

33 学校の怪談・後編

神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公・リュウセイは、異世界で学校を作るべく活動している姉妹・アエスタとエリスに協力することにした。

しかし下見に訪れた候補地では、怪奇現象が起き、現代日本で死んだはずの恩師の幽霊が現れたのだった――

「うわあああああ!?」


 俺はとっさにアエスタを――いや、アエスタの姿をした化け物を突き飛ばすと、部屋から走り出た。

 廊下に出た瞬間、目まいがして足がもつれそうになる。振り返る間もなく、廊下の奥から、ギシィッと床板の鳴る音と共に、懐かしい声が聞こえてきた。


「いけない子ねぇ、リュウセイくん。レディを突き飛ばすだなんて」

「そ、その声は……先生!?」


 廊下の奥から、ずりっ、ずりっとなにかが()いずる音が聞こえてくる。


「待ってよぉ、リュウセイくん。私が死んでお墓に入って、時間が経ったでしょう? 体がグチャグチャだったから、ちゃんと歩けないのよぉ」


 嘘だ。ありえない。先生は死んだ。先生は過去の人だ。先生は俺の人生の全てと共に、日本に置いてきたんだ!


「誰だァ、テメェーッ!? 日本人か!? 先生の声真似なんかしやがって、どこで調べてきた!?」

「声真似ぇ? 真似なんてヒドイわ、リュウセイくん。ほぅら、よく見て? 私よ、わ・た・し」

「う、うううう……」


 背後から血と生肉の臭いが(ただよ)ってくる。俺は少しずつ、少しずつ振り返った。そこにいたのは――自動車にひかれて――下半身を失い、血を流した先生の姿だった!

 彼女は内臓を引きずったまま、両腕の力だけで、ずるずると()いよってくる!


「うわああああ!!」

「痛いなぁ、もう……リュウセイさん、待ってくださいよぉ」


 ギシリ、とドアの開く音。見るまでもない、アエスタだったなにか(、、、)が部屋から出てきた音だ!

 ――そうだ、エリス! 玄関まで行けばエリスたちがいる!


「エリスーッ! 助けてくれェーッ!」


 俺は恥も外聞もなく、年端(としは)もゆかぬ少女の名を叫びながら廊下を走る。

 ――いや、正確には走ろうと試みた。だが、まるで悪夢でも見ているかのように、足がもつれて進まない。

 とうとう俺は、さっき脱穀(だっこく)器具を見たドアの前で転倒してしまった。

 仰向(あおむ)けになって天井(てんじょう)を見る。外からは、いつの間にか降り出した雨粒が叩きつける音がした。


 ――急に、見えないなにかが俺の足をつかんだ!


「えっ!? なんだ……!?」


 次の瞬間、俺の体は勢いよくドアの中へと引きずりこまれた! さらにはバタンと音を立ててドアが閉まる。俺は孤立無援となった。


「ちくしょう、なんなんだ、この屋敷!? 本物の幽霊屋敷だってのかよ!」


 俺は、ふらつく足でなんとか立ち上がると、ポケットから「一打必倒」と書いた石を取り出して……うっかり取り落とした。コロコロとドア側に向けて転がっていく石を、大慌(おおあわ)てで拾い直す。

 ――幽霊なんて、いるわけがない。文字書き(ルーンマスター)の能力でブチのめしてやる!

 精神を()()ませ、敵の気配を感じ取ろうとする。直後、ギッ、と床のきしむ音がした。


「そこかっ!?」


 俺は「一打必倒」の石を投げつける。しかし手ごたえはなく、石はコロコロとドア側に(、、、、)転がっていく。


「待てよ? なんでドア側に転がるんだ?」


 ――ヒヒヒヒヒッ。

 ――イヒヒヒヒッ、ヒヒヒヒヒッ!


 見えない敵のあざ笑う声が耳を打つ。


「うるせえぞ! いま考えがまとまりかけてるんだ!」

「そうかい、だがもう遅いね」


次の瞬間、見えない何かが俺の首に巻き付く。そして、ギリギリと背後に向かって締め上げ始めた……!


「あ、ぐっ……!」

この街(ジャルダン)の農家で、まっすぐに建ててあるものは少ない。この家は特に傾きがおかしくて、歩いているとフラフラしてくる。そういう場所を選んで、俺たちは標的を誘い込むのさ」


 石はコロコロ転がっていく。


 最初から「変だ」と気づくべきだったのだ。あの御者の話、とても不自然だった。

 馬がハチに刺された? 俺が起こした炎の嵐や竜巻を見たはずなのに、それには触れずにハチの話を?


「おたくに(やと)われる御者は大変だねえ。1人目は野盗に殺され、2人目は暴れ馬をなだめている最中に、俺たちに殺された。もう募集しても人が来ないんじゃないかなあ」

「そ、それでここへ来るとき、馬車に催眠効果のある香木(こうぼく)や照明を仕掛けてあったのか……?」

「いけねえ、口をきく余裕があるとは、つい手が(ゆる)んじまった」


 ぎり、と首に食いこむロープが力を増す。


「ぐ、あがっ……!」

「無駄だよ、暴れるな。まあ、その分、早く息が詰まってくれるから俺としては楽だがね」


 よし、気づかれていない(、、、、、、、、)! 俺は敵の注意を引き付けるため、あらん限りの力で暴れ続ける。

 そして、待ちに待った瞬間が訪れた。石がドアを、コツンと打った(、、、)のだ!


 ――バァン!

「なんだ!?」


 大きな音を立ててドアが倒れる。一打必倒の文字が発動し、ドアが吹き飛ぶように倒れたのだ。

 その(すき)に俺は首を絞めていた男を振り払うと、近くにあった農具で力任せに殴り飛ばした。

 男は「ぐぇっ」とカエルが潰れたような声を出すと、倒れて動かなくなった。

 こんなヤツを相手にしてる場合じゃない! 俺は廊下に飛び出すと叫んだ。


「アエスタ! エリス! 無事か!?」

「私なら無事ですよ。リュウセイさんこそ大丈夫ですか?」

「えっ……?」


 そこで俺が見たものは……暴漢の腕に関節技を()め、背中の上に(ひざ)をついているアエスタだった。


「アエスタ、どうして……」

「私、ルーン魔法の素質がない代わりに、武術の心得があるんです」

「いやいや、それにしたって幽霊の幻を見せられただろう!? 驚かなかったの?」


 すると彼女は、あらあらと子供に説明する先生の口調で、こう言った。


「いいですか、リュウセイさん。人は死んだら天国に行くんです。幽霊なんて神の教えに反するもの、存在するはずがないでしょう?」

「う……」


 そう答えた彼女の顔は、とても清らかで、俺は表現しづらい威圧感をおぼえた。

 ちょうどそのときだった、玄関のほうから男の野太い悲鳴が聞こえてきたのは。


「そうだ、エリス! 大丈夫か!?」


 俺は玄関へと駆けつける。そこで見たものは……


「た、助けてくれぇ!」

「フーッ! お姉さまに手ぇ出すんじゃねーですよ!」


猫耳娘(フェレス)に顔をバリバリに引っかかれた、乱杭歯(らんくいば)の御者だった。


※ ※ ※


 幽霊におびえたエリスは――得意のルーン魔法で戦うことも忘れて――びーびー泣いていた。それでもアエスタがあやしてやると、我に返ったらしく、真っ赤な顔で「済まなかった」と謝った。

 結局、俺たちの通報で、偽の御者どもは街の警備隊に引き渡された。連行される彼らを見ながら、アエスタがつぶやく。


「敵も本気を出してきましたね」

「そうだな」

「そろそろ打って出る時期やも知れぬな」

「あいつら調べて、なにか分かるといいな」

「うむ、そうじゃのう……」


 思い返せば、このとき妙にエリスの歯切れが悪かった。だが、そのときの俺は何も考えず、腹が減ったとかなんとか、しょうもないことを考えていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ