31 学校の怪談・前編
神様から、書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公・リュウセイは、異世界でエリスという少女を助ける。
宰相の娘であり、何者かに命を狙われている彼女を守るため、寝食を共にするリュウセイ。
しかし、そこにエリスの姉で、転生前の恩師そっくりなアエスタが訪れた――
――ザアッと冷たい雨が窓を叩く。外の湿度に引き換え、古民家の室内は、乾いたホコリっぽい空気に満ちていた。
夕日は、とっくに地平線の下に沈んでしまった。ギッ、と床のきしむ音がする。
「そこかっ!?」
俺は「一打必倒」と書いた石を投げつける。しかし手ごたえはなく、石はコロコロと床を転がるばかりだ。
――ヒヒヒヒヒッ。
――イヒヒヒヒッ、ヒヒヒヒヒッ!
見えない敵のあざ笑う声が耳を打つ。次の瞬間、見えない何かが背後から首に巻き付き、ギリギリと締め上げ始めた……!
※ ※ ※
アエスタが訪れた翌朝。ログハウスでの生活は早くも混沌たる様相を呈していた。
原因はフェレス――いや、男は言い訳などするまい。原因は、なにを隠そう、この俺だ!
それは朝食の席でフェレスが放った、容赦ない一言に始まった。
「質問なんですけど。ケダモノの世界では女性を見つめるのが礼儀なんですか?」
「なんだよ、藪から棒に。そんなモン失礼に決まってるだろ」
「じゃあ、なんでシスターをジーッと見つめているんですか?」
その瞬間、俺は飲みかけのお茶をブワッと噴き出した。フェレスの、うわ汚い、というボヤキが聞こえる。
おそるおそるアエスタの方を見る。そこには、いつもと変わらぬ微笑みをたたえた彼女がいた。先手必勝――なにか悪いことをしたわけでもないが――言い訳を試みる。
「アエスタ、違うんだ。これはその……」
「リュウセイさん。私は子供たちから見つめられるので慣れていますけれど、世の中の女性は色々な受け取り方をしますよ? もっと視線の配り方には注意したほうがいいと思います」
「えっ」
後の先を食らった俺は、思わず黙ってしまう。アエスタ、いつから気づいて……!?
しかもヤバイ相手がこの話に乗ってきた。
「フェレス。妾はその話を知らぬぞ。詳しく聞かせるのじゃ」
「はい、お姉さま。こいつ救済小屋にいた頃から、ひたすらシスターの行く先を視線で追ってたんですよ。子供たちの間では『変なお兄ちゃんがきた』ってウワサになってましたからね」
あの、えっと……俺、そんな扱いだったんですか……かなりショックです。
エリスは扇を放り出して、アエスタにしがみつく。
「姉上! 姉上はどうして放っておいたのじゃ!?」
「最初は、ひたすら追いかけてくるんで若干怖かったんだけど、害はなさそうだからいいかなあって……」
「なんと!? それで、その先は!?」
「え……先って?」
目を血走らせたエリスが、今度は俺の両肩をつかんで揺さぶってきた。
「好きになって、受け入れられたのなら、先があるじゃろう!? どうなのじゃ、その、一線は超えたのか!?」
「だから言ったでしょう、害はないって」
「お姉さま、なにをムキになっておられるのです?」
するとエリスは、顔を真っ赤にして跳び上がった。
「ムキになぞなっておらんぞ。妾は寛大ゆえ、リュウセイが愛人を持とうと咎めるつもりはない。ただ、姉上が相手では見過ごせぬというか……」
「むーっ。お姉さま!」
「ちがーう! とにかく、ちがうのじゃ!」
エリスは「ちがうのじゃ」と壊れたラジオのように繰り返す。その様子を、フェレスは頬を膨らませて、アエスタは「あらあら」と笑って眺めている。
「あのぅ……俺はただ、アエスタが知り合いに似てるから見てただけなんだけど」
俺の抗議は誰の耳にも届きはしない。窓の外では、黄色く色づいた葉が、ひんやりした風に乗せられて飛んで行った。
「こほん。先ほどは取り乱して済まなんだ」
エリスが落ち着きを取り戻したのは、食事が終わった頃だった。とは言え、いつもの堂々とした態度に比べて、いくらかしおらしい辺りにまだ引きずっている気配を感じる。
「それで、今日は天気もいいので、姉上の希望された場所の下見に行こうと思う」
「下見って、どこへ?」
俺が当然の疑問を口にすると、エリスは「おや?」と首をかしげた。
「姉上。まだ話しておられなんだか?」
「あら、まだ話していなかったかしら? 私、学校を作りたいんです。そのための家の、下見に行きます」
アエスタは、晴れ晴れとした顔で、そう宣言したのだった。




