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30 チート金策と卵ソース・後編

神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公・リュウセイは、宰相の娘・エリスから金策の案はないかと問われ、マヨネーズの販売を提案する。

しかし、この世界にはもうマヨネーズが存在したのだ! 恥をかいたリュウセイは、他の方法がないかと思案する――

「リュウセイさん、泣いてないでご飯食べましょう。ね?」

「……うん」


 アエスタに手を引かれて席に着く。テーブルの上には鳥肉のローストが置かれていて、香草の刺激的な香りが漂っていた。

 やはり空腹には勝てない。俺たちは、昼食を()りながら、お互いの近況について話し合った。


 アエスタは教会の資料保管庫に異動させられたらしい。教会内でやり取りされた文書の保管というのが建前だが、実際はもっと地味な仕事だと彼女は愚痴(ぐち)った。


「回されてくる紙の大半がね、ルーン文字を書かれた“使用済み”の紙なの。文字は聖なるものだから、おろそかにすると天罰が下るって言うんだけど……正直、邪魔ね」


 彼女の発言に、俺はビックリした。極貧生活を送りながらも、孤児たちの面倒を見続けた根性の持ち主だ。それがネガティブな発言をするとは、よくよくのことである。

 同じことをエリスも感じたのか、こんな質問を投げかけた。


「姉上が、聖なる文字を『邪魔』呼ばわりするとは珍しい。そんなに古紙がたまっているのか?」

「量もそうだけど、もう古くなっちゃってホコリっぽいのよ。このまま勤めてたら、ぜんそくにでもかかりそう」


 ――遠回しに、辞めろって言われているのかしらね。


 アエスタは気弱そうな声を出した。あわてたエリスがフォローしようとする。


「そんなことはないぞ、姉上……もがっ!?」

「はい、お姉さま。あーん♪」


 しかし、それは空気を読まないフェレスのご奉仕(サービス)により、説得力を失った。


 なるほど。先生――じゃなかった、アエスタがここへ来たのは、俺たちが心配だというだけでなく、気分転換も兼ねているのか。

 よし、こういう時こそ役に立とう。俺はわざと話をそらす。


「教会ってさ、お()き上げとかしないの?」

「お焚き上げ? なんですか、それ?」

「俺の住んでた世界だとさ、古くなったお(ふだ)や、亡くなった人の思い出の品を集めて、供養(くよう)のために燃やすんだよ。そうして天国に送り返すのさ」

「なるほど。それなら、捨てることをためらってしまう人たちでも、自由にものを捨てられますね」

「いや、待てリュウセイ。燃やした後には灰が残るであろう。その処理はどうする?」


 フェレスにナプキンで口を()かれながら、エリスが問う。


「あんまり詳しくは知らないなぁ。一般のゴミと一緒に捨てちゃうんじゃないか?」

「それは……この街(ジャルダン)だと反発する人が出そうですね。喜ばれるサービスだと思ったんですが」

「たしかに。灰の処理を、もっと丁寧(ていねい)にする必要があるのう」

「あ、えーっと、その……」


 ありゃりゃ、姉妹そろって考え込んじゃった。そんなに深く掘り下げるつもりはなかったんだけど……。

 俺があたふた(、、、、)していると、アエスタが笑って言った。


「リュウセイさん、そんなに気を(つか)わなくてもいいんですよ?」

「べつに、そんなつもりじゃ――」

「バカ者、お主が場をなごませようとすると挙動不審になるから一発で分かるぞ。この話は終わりとしよう」


 美少女2人になぐさめられて、すごく気恥(きは)ずかしくて、顔から火が出そうになる。

 もじもじしていると、エリスが話題を変えてくれた。


「フェレス、デザートが食べたい。果物があれば持ってきておくれ」

「はい、お姉さま!」

「それでの、姉上。実は投資をしようと思って、炭鉱を買ったのじゃが……」


 エリスは、現状を打破するために自分でも何かしたいこと、そのためには(いく)らかの資金を持っていたいことを話した。


(わらわ)も姉上のお役に立ちたい。しかし、このままでは目標の金額を稼ぐことができぬのじゃ」

「ありがとう、エリス。でも私、いまのままで十分、幸せよ?」

「シスター、その割には顔がしょげていますよ?」


 アエスタに声をかけたのは、意外にもフェレスだった。彼女は果物を盛ったお盆をテーブルに置くと、アエスタに向かってハッキリと告げた。


「苦しいときには苦しいと、おっしゃってください。でないと周りが巻きこまれて、みんな苦しくなるんです」

「それもそうね。じゃあエリスに甘えちゃおうかな?」

「これ! そのためには黒鉛が足りぬと申しておろう。当初の予定では鉛筆を量産して、財産にするつもりだったのじゃがのう」

「足りない? 黒鉛が?」


 その言葉に、俺の中でなにかが引っかかった。たしか社会の教科書のコラムに載っていたのは――


「エリス、この世界での鉛筆は、どうやって生産している? 黒鉛を直接、木に挟んで完成か?」

「そうじゃが、どうかしたのか?」

「砕いた黒鉛に粘土と水を混ぜて焼いたらいい。小さいかけらでも潰して練りこめるから、材料費の節約になる」

「なんと!?」


 この発言には、居合わせた全員が驚いた様子だった。


「おいケダモノ、お姉さまの気を引こうと思ってデタラメ言うんじゃねーですよ!」

「フェレス、待っておれ。リュウセイ、お主の世界では、そうやって鉛筆を作るのか? 道理で相場が安すぎると思ったのじゃ」

「たしかに黒鉛の節約になるわね……文房具業界に革命が起きるかも」

「お姉さまにシスターまで! みんな、しっかりしてください!」


 フェレスに構うことなく、俺は信頼が得られるよう、できるだけ落ち着いた声で問いかけた。


「どうかな、エリス。お前の人脈で完成させられそうか?」

「うむ。これは、とんでもない金脈を掘り当てたかも知れぬ。リュウセイ、お主は本当に世界を変えるかも知れぬぞ」

「えっ!? そこまでスゴい?」

「こうしてはおれぬ。いますぐ鉛筆職人と陶芸家を呼んできて、研究させよう。父上にも手紙を出さねばならん。この街(ジャルダン)に革命を起こすのじゃ!」


 エリスはデザートを放り出して、フェレスに指示を出しながら手紙を書き始めた。猫耳娘(フェレス)も、しぶしぶながら動き始める。

 ……あれ? エリスのお父さんって、すごく偉い人なんだよな? もしかして俺は、とんでもない発言をしてしまったのだろうか。


 しかし、俺たち全員の動きを止めたのはアエスタの叫びだった。


「ダメよ! 神聖なる文字を書く道具を、粘土でかさ増し(、、、、)するなんて! たとえ父上が許しても、神がお許しになりません!」


 しん、と静寂がログハウスを支配した。アエスタは、自分が思った以上に声を張り上げていたことに気づいたらしく、ハッとして口元を(おお)った。


「ごめんなさい、私、つい……」

「いや、姉上。妾こそ済まなかった。人々の気持ちも考えず、目先の利益に走るところであった。この話はなかったことにしよう」


 それっきり、お金の話は止めになって、俺たちは別の話題に入っていった――


※ ※ ※


 夜中、誰かの声が聞こえた気がして目が覚めた。ダイニングの方から明かりが()れてくる。

 ――なんだ、こんな時間に?

俺は自分の部屋のドアを細く開けて、そっとのぞいてみた。しゃべっているのはエリスとアエスタのようだ。


「エリス、ルーン文字が書かれた紙をお()き上げするなんて、本気で言っているの?」

「もちろん。灰は細かく砕き、粘土をつなぎにして、黒鉛と混ぜる。こうすれば霊験(れいげん)あらたかな鉛筆の出来上がりじゃ!」

「たしかにルーン文字の神聖性を失うことにはならないけれど、でも人々を(だま)しているような……」

「姉上、今一度お考えくだされ。リュウセイは筆記用具を必要としている。姉上は学校設立のための資金が欲しい。その両方を一度に叶えられるのじゃぞ?」

「で、でも……」


 エリスの褐色の腕が、アエスタの白い肩を抱き寄せる。彼女の背に、悪魔のしっぽが見えたのは、気のせいだろうか?


「大丈夫。教会には父上を通して話をつけるゆえ、誰かが罪に問われることもない。もちろん姉上には、なんのご迷惑もかかりはせぬ。(わらわ)は、みんなが幸せになるよう提案しているだけじゃ」

「……それは、そうだけれど」


 止めよう。この話は、聞いてはいけない気がする。俺はドアを閉じると、頭から毛布をかぶり直した。


「大丈夫、悪いようにはせぬ。よいではないか、よいではないか……」

その後、ジャルダンの街の鉛筆は『猫耳印』と呼ばれるブランドに統一される。

鉛筆の芯にルーン文字の加護を練りこんだという売り込みのそれは、圧倒的な安さで魔法連盟の作る鉛筆を駆逐していくのだが――それは、また別のお話。

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