28 チート金策と卵ソース・前編
神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公・リュウセイは、能力が暴発する悪癖を抑えて小説家になるため、試行錯誤していた。
実験が一段落した今は、偶然知り合った宰相の娘・エリスの家でくつろいでいたのだが、彼女は何か悩み事がある様子で――
炭鉱を買い付けてから更に3日後、隠れ家に使っているログハウスに、思いがけない来客があった。
その日の午前中、俺はエリスと「この世界ではインクと鉛筆どっちが高いのか」という話で盛り上がっていた。
「元いた世界だと、鉛筆は40円……銅貨2枚くらいで買えたな。この世界の相場ってどうなの?」
「銅貨2枚!? とんでもない、この街は流通が良いが、それでも銀貨2枚はするぞ。インクは、いかほどじゃった?」
「入ってる量によるけど、インク瓶で銀貨1枚くらい……かなあ? 使い捨てのペンが流通してたから、インク単体の価値って意識したことないや」
「なんと! 妾もその世界を見てみたいものだ!」
エリスは天を仰いで、ため息をついた。今日は襟の深いブラウスに緑色のワンピースを重ね着している。ただでさえ強調された胸元が突き出され、俺はゴクリと唾を飲んだ。
その途端、横に控えていたフェレスが「うぉっほん!」と咳払いをする。
玄関からノックの音が聞こえてきたのは、そのときだった。
はーい、とよそ行きの声を出して、フェレスが席を立つ。すぐに彼女は戻ってきた。
「鉱山技師の方が、お姉さまに大切な話があるそうです」
「来たか。リュウセイ、少々席を外すぞ」
そう言って彼女は、現代日本なら事務員でもやっていそうなヒョロっとした男を連れて、隣の部屋へ行った。
後には俺と猫耳娘が残される。ふと、彼女と視線があった。養豚場の豚を見るような冷たい目だった。
「なんだよ?」
「スケベ」
「あぁン!?」
そこから先、言葉は不要だった。
――お姉さまの胸ばかりジロジロ見て、いやらしいのよ、このケダモノ!
――なんだよ、エリスが見えるような服を着てるんだから、見なきゃ失礼だろ!?
――はあ!? よくもまあ、そこまで開き直れますね。
――お前こそ『お姉さまお姉さま』ってベタベタしやがって! 少しはわきまえろ!
――よくも言いやがりましたね!?
「ぐぬぬぬぬ!」
「うぎぎぎぎ!」
いつの間にか俺たちは、視線だけで、お互いの考えが読み取れるようになっていた。
隣の部屋から『ご苦労だったの』と声が聞こえる。鉱山技師が帰り、エリスが戻ってきたのだ。
彼女はあきれ顔で俺たちを見ると、あろうことか、こんな感想をもらした。
「これ、お主ら。2人の世界を作るでない」
「どこがコイツと!?」
「どうしてこんなのと!?」
俺とフェレスは同時に叫び、互いに顔を見合わせ、同時にプイッとそっぽを向いた。
「それでお姉さま、なんの話でしたの?」
「うむ。鉱山の状況がな、思ったほどよくないのじゃ」
「よくないって、具体的には?」
エリスはバサリと扇を広げると、口元を隠し、気だるげな表情で告げた。
「当初の説明よりも、奥まで採掘されておる。街から近い炭鉱ゆえ、掘り尽くされていないだけでも幸運じゃが……当初の目標額までは、稼げないかも知れぬ」
「それは……困りましたね」
「金がなければリュウセイに筆記用具を買ってやることもできぬし、姉上の力にもなれぬ。なにか金を儲ける手段を考えねばのう」
俺は素朴な疑問を口にしてみた。
「エリスって、偉い人がお父さんなんだろう? お金を出してもらうとかできないのか?」
「すでに出してもらっておる。だから、この家で過ごしていられるじゃろう?」
「……すみませんでした」
お世話になっておいて、あまりに無神経な発言だったか。己の軽率さを悔いる。
「今後は何があるとも分からぬ、多少なりと己が自由にできる財産が欲しい」
「あんな賄賂まみれの父さんじゃあ、いつ政界から引きずり降ろされるか分からないしね」
「!」
突如、聞こえた声に俺たち全員が跳び上がった。そこに立っていたのは黒い瞳に、長くゆるやかなウェーブのかかった茶髪の女性。
「アエスタ! どうしてここに?」
「リュウセイさんが何者かに襲われたって聞いて、護衛に来たの。エリスといい、父さんといい、私には隠れ家の場所を教えたがらないんだから」
俺がアエスタの手を握り、ぶんぶんと上下に振っていると、エリスも苦り切った顔で近づいてきた。
「姉上、ノックぐらいして頂きたい。寿命が縮むかと思ったぞ」
「父さんとエリスが私をのけ者にするのを止めたら考えるわ」
「のけ者にしているわけではない! ただ、情報を伝達する順番を考えて……」
なるほど。アエスタに直情型なところがあるのは、奴隷商の一件で俺にも分かっている。エリスも父親も、身内ゆえに扱いに困っているんだろう。
よし、さりげなく話題を変えてやろう。
「なあ、いい時間だし昼飯を食べながら、ゆっくりと……」
『ぐきゅるるるる』
全員の視線が一ヶ所に集まる。そこでは、お腹を抑えたフェレスが、顔を真っ赤にしていた。
「も、申し訳ありません。お腹がすきました……」
「では、お昼にするかのぅ」
俺たちは、誰からともなく笑いあった。




