27 暴走魔法とお買い得品・後編
神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公・リュウセイは、異世界で小説家になろうとしたが、文字を書くと大惨事が起きることに頭を悩ませていた。
偶然知り合った宰相の娘・エリスたちが、制御する方法を一緒に考えてくれるというが、あやうく彼女らを危険にさらしかけてしまう。
心が折れそうになったリュウセイに、エリスは「なんでも試してみるしかない、試しに物語を書いてみろ」と、無責任にも思える言葉をかける――
――いいだろう、やってやろうじゃないか。
俺はエリスから渡された鉛筆を、砕けんばかりに握りしめた。書き始めるのは、日本人なら誰でも知ってる桃太郎だ!
『むかーし、むかし、あるところに、おじいさんとおばあさんがいました』
雲が円形にくり抜かれたかと思うと、そこから差し込む日光に乗って、温厚な顔をしたジイさんとバアさんが降りてきた。
「あ、あれは神話に出てくる聖グラウカ夫妻!?」
「太古の存在を現代に呼び寄せたというのか!?」
『おじいさんは山へ芝刈りに』
刹那、ゴウッという烈風を残して、ジイさんの姿が消えた。
周辺の山で竜巻のようなものが立ち上り、木々が伐採され、空中に向かって吸いよせられてゆく。
『おばあさんは川へ洗濯に行きました』
すると目の前にある鉱山の奥から、大量の地下水らしきものが勢いよく吹き上がり、奔流となって俺たちのほうへ押し寄せてきた。
とっさに「無」の黒板を盾にする。水は雨の日の排水口のように、渦を巻いて吸い込まれて消えた。
バアさんはそれを見ると、泥だらけのエリスとフェレスを抱え、鉱山と黒板の真ん中に立った。そして目にも止まらぬ速さで、主従の周りを回転し始める。
まるでガソリンスタンドの洗車マシーンのような動きの後、そこに立っていたのは見違えるほど綺麗になった2人だった。
あれ、濡れた服が肌に張り付いて、すけて見え……
「なにをしておる!? 続きを書け!」
「あっ、ハイ! すみません!」
俺はとっさに鼻血を拭き、心の中で血の涙を流しながら、2人の美少女から視線をそらした。
『すると上流から、大きな桃がドンブラコ、ドンブラコと流れてきました』
「なんじゃ、あの桃……人間ぐらいあるぞ」
「わーっ、お腹いっぱい食べられそう!」
フェレスの上機嫌な声が聞こえる。この後の展開を考えると、ショックを与えてしまうんだろうなぁ。
――許せ、フェレス。
俺は心の中で謝って、続きを執筆した。
『おばあさんが桃を持って帰ると、おじいさんは桃を2つに割りました。すると中から玉のような男の子が出てきたではありませんか』
いつの間にか戻ってきたジイさんが手刀を振るう。すると真空の刃が生まれ、桃は真っ二つに引き裂かれた。
同時に響き渡る、オギャア、オギャアという声。桃の中から、ツルツルたまご肌の赤ん坊が姿を現した。
……さすがのエリスが、すっとんきょうな声を上げる。
「なんじゃ、これは!? リュウセイ、お主、どんな話を書いておるのだ!?」
「えー、日本で一番有名な昔話だけど……」
「こんな荒唐無稽な話が人気って、どんな国に住んでたんですか!?」
女性陣が、あんぐりと口を開けている。気にせず、俺は次の文章を書いた……もうツッコまねえからな!?
『2人は男の子を桃太郎と名付け、大切に育てました』
「神よ、願わくばこの子にモモタロウという加護のルーンを与えたまえ」
ジイさんと赤ん坊に、天から光が降り注ぐ。バアさんが川の水を頭にかけると、光る文字が赤ん坊の額に吸い込まれていった。はい、無視! 次!
『桃太郎は大きくなると、鬼ヶ島へ鬼退治に行くと言い出しました』
すると、どうしたことだろう、ついに変化が収まった。赤ん坊が思い出したように泣き始め、老夫婦がそれをあやす。しかし、それを繰り返しているだけで、普通の子育てと変わらないように思えた。
「リュウセイ、まだ次の文章を書いていないのか?」
「いいや、書いている。けど、変化が起こらなくなっ、うわあっ!?」
エリスが隣にやってきて――服は水で肌に貼りついたままだ!――俺が書いている文章をのぞきこんだ。
すぐ目の前に、彼女の胸元がある。生唾を飲み込んでいると、フェレスに思いっきり背中を引っかかれた。
「痛てぇーッ!? なにしやがる猫娘!?」
「それはこっちのセリフです! お姉さまを、そんな目で見ないでください! けがらわしい」
「なんでも良いから説明せよ。これは、なんと書いたのだ?」
苛立たしげなエリスの声に、俺たちはケンカを中断した。
「桃太郎は大きくなると鬼ヶ島に行く、って書いたんだよ。そうしたら変化が止まった」
「それじゃ!」
エリスは、ピシャリと手を打った。
「時間を指定する文字が挟まったから、発動が遅れているのじゃ。つまり、条件が整うまで発動しないように、複数の文字を書き込めばいいのじゃ!」
「あっ、そういうことか!」
俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。言われてみれば、逃げ出した奴隷商を捕まえたとき、紙に「一打必倒」と書いて投げつけた覚えがある。
一撃が当たると同時に発動みたいな条件をかけておけば、事実上、任意でルーン魔法を使えるわけだ。
「ありがとう! 小説はともかく、文字を書いた瞬間に暴発することはなさそうだ!」
「礼はよい。しかし、まあ――」
エリスは苦い顔で辺りを見渡した。
「これまた派手に散らかしたものじゃのう」
「元通りにできますかね?」
「ああ、その、ゴメン……」
そう。辺り一帯は炎で煤焦げ、水で泥がたまり、木々が根こそぎ切られて散乱し、鉱山から水が噴き出していた。
しょんぼりした俺をいたわるように、エリスが優しい声をかけてくれる。
「リュウセイよ、とりあえず川が流れているのだけ消してくれれば良いぞ。あとは妾のほうで対応するのでな」
「エリスがそう言うなら……」
「さあ、帰ろう。馬車がなくては時間もかかるであろう」
俺たちは川に×印をつけると、その場を後にした。老夫婦が手を振って、にこやかに見送ってくれた。
俺たちは足を棒にしてログハウスへ帰り、3日ほどそこで過ごした。
3日目の夜、どこかへ出掛けていたエリスが、鼻歌まじりに帰ってきた。かなりご機嫌らしい。
「どうかしたのか?」
「うむ。炭鉱の入札に行ったのだがの、その炭鉱どうも化け物が住み着いたらしくてな。一面の燃え盛る炎を見たという者がいて、入札者たちが駆けつけてみると、竜巻で木々がなぎ倒されていたのじゃ。入口には水たまりもできていて事故も予想されるし、これは縁起の悪い炭鉱に違いないと話題になっての。買い手がつかないものだから、妾が安値で買い取ってきたのじゃ」
「ふーん。大丈夫なのか、そんな物騒な場所を買って」
するとエリスは、真顔で人の顔をのぞきこんできた。
「本気で申しておるのか?」
「な、なんだよ、急に」
「お主、人に騙されやすいと言われたことはないか?」
「要領が悪い、なら言われたことがある」
するとエリスは大きなため息をついて、なにか呟いた。
「やれやれ、これは悪い虫がつかぬようにせんと、管理が大変じゃのう」
「ん? なにか言ったか?」
「なんでもないわ、バカ者め」
エリスは、あっかんべーをして、自分の部屋に引き上げていった。




