26 暴走魔法とお買い得品・中編
神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公・リュウセイは、異世界で小説家になろうとしていた。
しかし彼が文字を書くと強制的に魔法の効果が発動してしまう。
なんとか普通に文字を書けるようになれないか……悩む彼を連れ出したのは、偶然知り合った宰相の娘・エリスだった――
「さあ、ここなら人もいない。思う存分、文字を書いてみるといい」
そうエリスに促され、俺は落ちていた石を手に取る。すると彼女は不思議そうな顔をした。
「リュウセイ、なにをしておるのだ?」
「うん、地面に文字を書いてみようかと思っ、て……」
俺の語尾は弱々しく途切れた。エリスも、フェレスも、真っ青な顔をしていたからだ。
「どうしたの2人とも、そんな怖い顔して……」
「リュウセイよ、文字は神聖なものだと教えたはずだの?」
「えっ? ああ! これは、その……紙に書く分を節約しようと思って」
慌てて誤魔化したが、もう遅い。2人の目は、すっかり冷たくなっていた。
「ほら。紙と、携帯用の黒板じゃ。妾が手本を見せるゆえ、同じように書くのじゃぞ?」
「黒板! そういうモノもあるのか!」
「あなたの世界には黒板もなかったんですか? かわいそうに」
露骨に煽ってくるフェレスを、全力でスルーして、俺はよろしくお願いします、と頭を下げた……敗北宣言とも言う。
エリスは、まず携帯用の黒板を手に取った。
「妾の使える属性は火じゃ。ウカツに手を出して、やけどしたりせぬようにな」
エリスの褐色の指が、1本のチョークを持ち上げる。その白さが、彼女のキメの細かい肌によく映えた。そして流れるように美しく「火」という文字を書きつけた。
文字は最後の一画を書き込まれた瞬間、まばゆい光を放った。しかし、コンロの火が強火から弱火になるように、鈍く、くすんだ光へと弱まっていった。
「黒板に火の属性を持たせて、待機状態にした。それで、精神力を消費すると、こう――」
エリスが手をかざすと「火」という字の光が強まり、やがてボウッと音がして、黒板が熱を発し始めた。
「これが、この世界での一般的なルーン魔法じゃ。お主も真似てみるが良い」
「よし」
俺もチョークを手に取ると、もう一枚の黒板にエリスの文字を真似て「火」と書いて――みようとして、思いとどまった。
「無」という文字を、最後の点を除いて書き上げておく。横からのぞきこんだエリスが首をひねった。
「何をしているのじゃ? これは何と読む?」
「気にしないでくれ……説明しなくて済むことを祈るよ」
今度こそ、エリスの文字を真似てルーン文字で「火」と書きつける。けれど、初めて書く字なのでカッチリした形にならず、少し崩れてグネグネしてしまった。
フェレスが大げさに、ため息をついてみせた。
「はぁ……なんですか、このヘビがのたくったような字は。お姉さまというお手本があるのですから、もっとキチンと書けないんですか?」
「まあまあ、初めはこんなものじゃ。さて、ルーン魔法が発動せぬよう、強く気を張っておくのじゃぞ」
「むぐぐ……」
黒板に向かって念を送る。辺りは静まり返ったまま、文字のほうも光る様子を見せない。
フェレスのヤツ、今度は「やれやれ」と肩をすくめてみせる。
「なんなんですか、この茶番は? あれだけ大口を叩いて、なにも起きないじゃないですか」
「いや、今までならここで、大爆発とか天変地異とか、なにか起きるはずなんだけれど……」
「またまた、そんなこと言ってぇ。文字だって光っていないじゃないですかぁ」
「よせ、危ない!」
彼女がニヤニヤ笑いながら、俺の文字を指さした瞬間だった。突然、黒板全体にヒビ割れのような光が走ると、文字の書かれた場所から炎の体を持つ大蛇が現れ、空に向かって炎のブレスを吐き出した!
それは、まるで火山の噴火のようだった。辺りが砂利道で、燃えそうな木や草がないのが良かった。あれば、たちまち大火事になっていただろう。
「ひぇっ、なんですかコレぇ!?」
「逃げよ、フェレス!」
エリスが声をかけるが間に合わない。炎の大蛇は、フェレスを囲うようにとぐろを巻き、ボオッとひときわ激しく燃え上がった!
「苦しい……い、息が出来な……」
「セイッ!」
俺は地面に転がった黒板めがけて、手の中のチョークを投げつけた!
それは狙いあやまたず、書きかけた「無」の字の、最後の一画を黒板に描いた。
黒板の周囲、蛇が現れた根本の辺りが、漆黒の闇に覆われる。その中には星々の輝きが見え、まるで1個の宇宙のようだった。
――ギャオオオ……
無が炎と大蛇を吸い込んでゆく。大蛇の断末魔が聞こえたような気がする。
後には、力なく倒れ伏した猫耳娘だけが残った。
「ふう。念のために『無』の字を仕込んでおいてよかったよ」
「これは、なんという恐ろしい力じゃ……大丈夫か、フェレス!?」
エリスが彼女に駆け寄ろうとして、熱を帯びた砂利に行く手を阻まれる。
俺はすぐエリスが持ってきた紙に「水」と書いて、それらの熱を冷ましてやった。
バシャバシャと水しぶきを散らして、エリスが走る。
「フェレス! しっかりいたせ!」
「ううっ、お姉さま……? ここは天国ですか?」
「バカ者、みんな生きておるわ!」
そう叫ぶと、エリスはフェレスに抱きついて泣き始めた。
ヒヒーン、といういななきが聞こえる。今の光景に恐怖したのか、馬が走って逃げるところだった。
「あ……えっと……」
俺は、このことをエリスに伝えようと思ったが、それどころではない様子だったので、その場でじっと待機した。
2人の少女が落ち着いたのは、それからしばらく経ってのことだった。2人とも、放水したせいで泥だらけで、かわいそうだった。
「2人とも大丈夫か?」
「ひいっ! 近寄るな、化け物!」
俺が手を伸ばすと、フェレスはそれを払いのけた。……まあ、そう言うよな。俺は黙って一歩さがった。
エリスは、なにを考えているのか、黙ったままでいる。
「お姉さま、こいつに関わったらいけません。いつか必ず、お姉さまを傷つけます。っていうか、もう水がまかれてるせいで泥だらけだし……」
たしかに、2人とも顔から服まで泥だらけになっていた。すまない、と頭を下げるが2人は何も言わない。
「もう帰りましょう」
「帰るのはいいけど、馬車なら逃げちゃったよ……」
「んなッ!?」
フェレスが、あんぐりと口を開ける。
「どうして引き留めなかったんですか!? っていうか気づいたら教えてください!」
「いや、君たちそれどころじゃなかったみたいだし……」
「うるさい! 全部アンタが悪い! いますぐ街から出ていけ!」
「2人とも黙りおれ。よいか、リュウセイ」
俺たちの口喧嘩が発展する前に、エリスが割って入った。
「とりあえず、お主にすさまじい力があることは分かった。なればこそ、それを使いこなさねばならない」
「でも、いま、フェレスを危険な目に遭わせて……」
「ならば夢を諦めるのか? 小説家になりたい、お主そう申したであろう」
それからエリスは、フェレスのほうを向くと、こう言い聞かせた。
「フェレスよ、この服の汚れはそなたのため、よかれと思ってできたものじゃ。先ほどのような口をきくでない!」
「お姉さま……」
そう告げるエリスの姿は、威厳に満ち、力強かった。俺もフェレスも、ただただ彼女の言葉に聞き入っていた。
「リュウセイ、フェレス、共に夢を叶える方法を探そう。無論、妾も一緒じゃ。この街は、妾の街じゃ。リュウセイに出て行かせなどしない。わかったな!?」
「あ……はい……」
フェレスの猫耳が、しょんぼりと下を向いた。
「でもエリス、どうするのさ? 俺の能力が暴走するのは分かっただろう?」
「リュウセイ、お主、なにか物語を書いてみよ」
「物語を!?」
俺はあっけに取られて、彼女の顔を、まじまじと見た。
「時には挑んでみないと結末が分からぬこともある。もしかしたら、暴走しない単語や条件があるかも知れん。紙は全部使って良い」
そう言って笑うエリスの顔は、俺のブチまけた水で泥だらけだったが、輝いて美しかった。




