25 暴走魔法とお買い得品・前編
神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公・リュウセイは、魔法が勝手に発動するため、小説家になれないと知って絶望していた。
そこで彼に恩のある令嬢・エリスは、獣人の侍女・フェレスと共に、魔法を制御する方法を探そうとしていた――
次の日、俺はエリスに連れられて外に出た。俺が寝かされていたログハウスは、てっきり森の中にあるのかと思ったら、すぐそこに普通の民家があった。
意外だな、と口にすると、街の中なんですからお店も近いですよ、とフェレスが補足してくれた。
ギルドマスターのジイさんは、仕事があるからと先に帰っている。
深呼吸すると、初秋の空気が肺を満たした。まだ日差しは暑く、服も半袖で間に合うくらいだ。時折、涼しい風が吹いてきて、肌に心地良い。
しかし、すぐに馬のいななきと、ガラガラという車輪の音が聞こえてきた。
「どこへ行くんだ?」
「うむ、これから馬車に乗ってのぅ、少し遠出をしてもらう。お主と出会ったのが街の外を東側に行ったところ。今から行くのは、その逆で西側じゃ」
「街の外? 何をしに行くんだ?」
するとエリスは、バカ者、と閉じた扇で俺のおでこを叩いた。
「お主のルーン魔法のことじゃ。お主の話では暴走することがあるそうじゃが、白虎のおじ上の話では制御できている様子だ、とも言う。そこで、どちらが正しいのか確かめに行くのじゃ」
「なるほど、街の外なら暴走しても誰かの迷惑にならないもんな!」
「それに一石二鳥だしのう」
「ん? 何か言ったか?」
エリスはニヤニヤ笑って答えない。最後に彼女が呟いた言葉は、よく聞き取れなかった。
馬車は4人掛けの座席で、2人ずつ向かい合って座るようになっていた。まず後方奥の席にエリスが座り、隣にフェレスが座って腕に絡みつく。俺が前方の席に座ってドアを閉めると、馬車はゴトゴトと出発した。
「さてリュウセイ。目的地に着くまでの間、ルーン魔法の基礎について解説しておこう。この世界のことは、なにも知らないのであったな?」
そうだ、と俺がうなずくと、エリスはうなずいて解説を始めた。
「ルーン魔法には5つの属性がある。木、火、土、金、水。総合して木火土金水と呼ぶこともある。これは良いか?」
「ああ」
「これに古代より伝わる特別な紋章を加えたものを、ルーン文字と呼ぶ。逆に、5つの属性に含まれない文字を単独で書いても、魔法的な効果は生じない。それでも全ての文字は大切なものとして、娯楽に使われることはない。まあ、これは以前に話した通りじゃ」
馬車が速度を緩め、止まった。どうやら関所に着いたらしい。御者が役人と会話しているのが聞こえてくる。
気にせず、エリスは話を続ける。
「さて、ルーン魔法にはエンチャントとクリエイトの2種類がある。思うに、お主が暴走させるのはクリエイトで、エンチャントなら制御していると考えられるが、どうじゃ?」
「どういうことだ?」
馬車が再び出発した。俺は舌をかみそうになって、ちょっと慌てた。エリスは気にした風もなく話を続ける。
「エンチャントは紙以外のモノに文字を書き、それを強化すること。記述者が精神力を消費すると、木火土金水の5属性に応じた特定の効果を表す。後から変更はできない。文字を消すことで、破棄はできるがのう」
甘えた猫のように――実際、猫耳が生えているわけだが――頭をすりつけるフェレスを、よしよしと撫でてやりながらも、エリスはしゃべるのをやめない。
「クリエイトは紙にルーン文字を書いた場合、本来そこにないモノを生み出す効果じゃ。記述者が精神力を消費して発動するのは同じ。ただ発動させずに待っておくこともできるし、文字を削除するなど、後から変更することもできる。無論、破棄も可能じゃ」
「どうして、そういう仕組みなんだ?」
「それは誰も知らぬ。この世界ができたときより、神が定めたもうた決まりなのじゃ」
エリスは、子供から「どうして空は青いの?」と聞かれた親のように、苦い顔をして答える。
「さて、お主の言う暴走じゃが、完全に制御不能ではないな? コロシアムで白虎のおじ上と戦ったとき、お主はエンチャントされた武器を意図的に発動させたり、止めたりしていたはずじゃ」
「いや、控室で暴走したよ? 最初の1回は決まって暴走するんだ」
「なんと!? では、なぜ誰も気づかなかったのだ?」
なるほど、まだ誰にも説明していなかった。
セスタスに触発と突風の文字を書いたとき、控室では嵐のような衝撃波が荒れ狂った。
前の日に、ムカつく先輩冒険者と戦っていなければ、俺は生き埋めだっただろう。
「服に無って書いてね、他のルーン魔法を吸収したんだ。無っていう属性は聞いたことない?」
「知りません! お姉さまに向かって、デタラメこいてんじゃねーですよ!」
イーッと歯を見せてくるフェレスを、落ち着けとエリスがなだめる。
「なるほど。ではエンチャントであれ、クリエイトであれ、書くと即座に発動してしまうということじゃな?」
「ああ。けれど確かに、戦ってる間は制御できていた。最初の発動を封じれば、あとは制御できるのかも知れない」
いつしか馬車は坂道を上りだしていた。街からはだいぶ離れたはずだが、周囲の木々が伐採されているところを見ると、道が整備されているらしい。こんな山の中に、なんで道なんてあるんだろう?
よそごとを考えていると、エリスに「これ!」と呼びかけられた。俺は現実に意識を戻す。
「ちなみに、お主はどこでルーン文字を覚えた? この世界に来るとき、神から知恵を授かったのか?」
「いや、日本語――元々住んでた世界の言葉で書いてる。この世界の文字は、読めるけど、書いたことなかったな」
するとエリスは、ハロウィンの日の子供のような笑みを浮かべた。
「なるほど。ニホン語とやらを書いたとき、最初の一度に限って強制発動するらしいの。お主、今から妾が教えるゆえ、ルーン文字を書いてみてはどうじゃ?」
「なるほど! この世界の文字を習えば暴走しないかも知れない!」
これは思いがけない発見だった。やった、小説家への道に希望の光が見えてきたかも!
エリスが、バサッと扇を開いて、窓の外を指した。
「ちょうど目的地についたようじゃ。人払いをしてあるゆえ、思う存分、ルーンマスターの能力を使うがよい」
つられて外を見る。見渡す限り砂利が広がっている。奥のほうには鉱山の入り口のようなものが見えた。
――なんだろう、ここ廃鉱なのかな?
少し気になったが、浮かれていた俺は、意気揚々と馬車を降りたのだった。




