23 「人間らしい扱いって、こういうことなのかなって、幸せに思った」
神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公・リュウセイは、偶然出会った宰相の娘姉妹・エリスとアエスタと行動を共にすることになった。
エリスからもらった短剣を失くしたリュウセイは、探しに行った先で2人組の刺客に襲われる。危機一髪という刹那、短剣に彫られた紋章がルーンマスターの能力に反応した! リュウセイは獅子頭の戦士に変身し、敵を圧倒したのだった――
2人の刺客に勝った後。俺の体はガタガタに疲れ果て、身動きもままならなくなってしまった。あちこちの関節が痛い。
しかも変身時には気にならなかった右肩の傷も、再び痛み始めていた。
――まずいな。敵の1人は生かしておいて尋問しようと思ったけど、こいつが目を覚ましたら、俺が殺されちゃうじゃん。
不幸中の幸いは、エリスの短剣がいまだに赤く輝いていたことだった。変身の余波だろうか。この光で、壊されたランタンの代わりがつとまりそうだった。
だが、いつまで輝きが続くか分からない。また、敵の追撃が無いとも限らない。俺はこれから何をすべきか考え……ふと良い案が閃いた。
倒れた男に近づき、右肩の血を左手で受け止めて、右手の人差し指ですくう。
「痛ッ!?」
指を動かしただけで痛みが走る。耐えろリュウセイ、死にたくなければ全力を出せ!
左手を添えて、無理やり右手を動かす。ややあって、なんとか男の着ているコートに「縛」と書きつけることに成功した。
自由になる左手で、男の腕を持ち上げようとしてみる。……大丈夫、引っ張っても動かない。この男は縛られた状態にある。俺の書いた文字は有効になっているようだった。
ふと気づくと、辺りは次第に暗くなりつつあった。エリスの短剣が輝きを失いつつあるのだ。
代わりに、人の声のざわめきが近づきつつある。……俺が派手に突風の文字を使ったせいか。
「早く……帰らないと……」
俺は瓦礫が階段状になっている場所を探し、地上へと登ろうとする。……ダメだ、見つからない。
壁を直接登ろうとしたが、右肩が痛くて、これも出来そうにない。焦れば焦るほど体力は消耗し、身動きが取れなくなっていった。
――おい、誰かいるのか!? 返事をしろ!
上でジイさんの声が聞こえた気がしたが、答える気力は残っていなかった。とうとう、俺は意識を手放した――
それから、どれくらい眠っていたのだろう。目を覚ますと、木でできた天井があった。背中には――いつ以来だろう――救済小屋の椅子ではない、柔らかな感触があった。上等な、羽毛の布団だ。周囲の壁は丸太でできており、ログハウスのような印象を受ける。大きく開いた窓からは、さんさんと日光が差し込んでおり、室内にも暖かな空気が流れ込んできていた。
身を起こすと、右肩から腹にかけて包帯が巻いてある。傷口が痛んだが、切られたとき程の痛みではなくなっていた。
頭の中を、いくつかの疑問が渦巻く。ここはどこなのか? 敵はどうなったのか? 俺はどのくらい眠っていたのか?
――いや、それよりも先に確かめなくてはならないことがある。
「短剣は、エリスからもらった短剣はどこだ?」
「……リュウセイ?」
横合いからかけられた声に、俺は振り向いた。ちょうどドアが開いて、洗面器に水を入れたエリスが入室してくるところだった。
エリスは手近にあったサイドテーブルに洗面器を置くと、走って俺に抱きついてきた。涙でうるんだ瑠璃色の瞳が、日光を跳ねて美しい線を描く。くっつかれると香水だろうか、花のような香りが俺を包み込んだ。
「心配させよって、このバカ者! お主がこのまま目を覚まさなければ、どうしようかと思っておったぞ! 妾が『短剣を取ってこい』と申したからか? 余計なことを言ったからなのか!?」
「待って、待ってエリス! 俺はもう大丈夫だから、お互い質問は1つずつ。な?」
俺は子供をあやすように、エリスの白金の髪をなでつけてやる。時間はかかったが、やがて彼女は泣き止んで顔を上げた。
「ずっと看病してくれてたのか?」
「う、うむ……迷惑だったか?」
そう言ってエリスは上目遣いに俺を見た。その目を見た途端、俺は金縛りにあったように動けなくなった。
――かっ、かわいい……
褐色の肌と瑠璃色の瞳のコントラストが、流れるような白金の髪が、俺の腕の中にすっぽりと収まっている。まるでひとつの芸術品だ。
「……リュウセイ?」
目が離せない。やや白みがかった唇が、俺の視線を釘付けにして離さない。
少し、ほんの少しだけ、腕に力を入れる。この子が壊れてしまわないように、そっと顔を寄せる。
「あ……」
エリスの瞳が泳いだ、その刹那だった。
「うおっほん!」
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
ドアから聞こえてきた特大の咳払いに、俺とエリスは弾けるように体を離した。
そこにいたのは猫耳の少女、フェレス。彼女は足音高く近づいてくると、俺とエリスの間に割って入った。
「もう! お姉さまが戻っていらっしゃらないと思ったら、何をしているのよ、このケダモノ!」
「け、ケダモノって言うな! 今から大事な話をするつもりだったんだよ!」
「そ、そうじゃ! みんなで話し合いじゃ! 白虎のおじ上を呼んでくるゆえ、待っておるが良い!」
引き留める間もなく――まあ、引き留める意味もないが――エリスは足早に部屋を出ていってしまった。
「ぐぬぬ……!」
「フーッ!」
俺とフェレスは、しばしにらみ合ってから、同時に「フン!」と顔をそむけた。




