19 衝撃! 小説家になれない!?
神様から、書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公・リュウセイは、転生した世界でエリスとアエスタという姉妹に出会う。
いくつかの事件を経て、二人と親密になったリュウセイだったが、エリスに己の出自を問われてしまった。
転生してきた、などと言えば正気を疑われる――リュウセイは苦悩した。
エリスは、瑠璃色の美しい瞳で、じっと俺を見つめてくる。俺は、たまらず視線を外した。
――どうしよう。どこか他の国から来たとでも言おうか。
いや、ダメだ。なぜこの街の言葉が話せるのか、交通手段はどうしたのか、目的はなんなのか。問い詰められるにせよ、専門家に身辺調査をさせるにせよ、あっという間にバレてしまう。
「話したくない」
「なぜじゃ。お主、どこぞの国から亡命でもしてきたか?」
「そんなんじゃない」
「ではなにが問題なのだ?」
――全部が、だ! 俺は異世界から転生してきました、とでも言ってみろ。頭がおかしいと思われたら良いほうだ、下手したら隠し立てするつもりかって拷問にかけられるぞ!
「大丈夫ですよ、リュウセイさん」
俺が黙っているのを、遠慮していると受け取ったのか、アエスタが話しかけてきた。
「初めて出会ったときのこと、覚えていますか?」
「うん。フェレスを探していたのに、急に俺を連れて帰った」
「あのとき、私は思ったんです。この人は救済小屋に来る子と同じ、傷ついた目をしていると。私、フェレスを助けるのに必死でしたけれど、あなたを助けることもまた、同じくらい大切なことだと思ったんですよ」
だから辛いことがあっても話していいんですよ、とアエスタは締めくくった。
……そう言われても反応に困る。よくあるドラマとかでは、こういうセリフの後には感動の展開が待っているのだろう。俺が抱えていた秘密を打ち明けて「よかったね、今まで苦しかったね」と受け入れられて、みんなで大泣きする。それが聞き手にとって、一番都合のいい展開だ。
だが俺の場合は前提条件が違う。俺が世間を斜に構えて見てしまうのは、転生前の体験が原因だ。けれど、なぜこの街に来たのかを白状できずに苦しんでいるのは、転生という異常な体験を上手く説明できないからだ。
無関係な事象を、ひとつながりの出来事だと思われても困る。だから、まずそこから説明しなければならないのだが……俺は頭を抱えてしまった。
「どうしよう、信じてもらえねぇよなあ」
「バカ者。信じるかどうかは妾の決めることじゃ」
ふよっ、と背中を温かい感触が包み込んだ。特に肩甲骨の近くに、柔らかい感触が2つあって、すごく気持ち……いい……!?
「エッ、エリスさん!? なにしてるの!?」
「ふふっ、妾とて宰相の娘。政治の駆け引きには詳しいのじゃ」
「フヒィ!?」
耳元でささやかれ、温かい吐息を吹きかけられる。くすぐったさ9割、心地よさ9割の感覚が――うるせえ、正しい算数用語なんて今はどうでもいいんだよ!――うなじから頭頂部にかけて這い上がり、俺は悶え苦しんだ。
「ほぅれ、男はこういう『はにーとらっぷ』に弱いのであろう? さあ、お主が何者なのか……たっぷり聞かせてもらおうか」
「うあああっ、言う! 言います……アオオオッ!」
背中を指先でなぞられ、口から悲鳴がこぼれる。そんな俺たちの様子を、アエスタは「あらあら」と口に手を当てて眺めていた。
見てないで止めろよ! 俺、女の子に耐性ないからさぁ! こういうのに弱いんだよぉああああーっ!
「……それでは、お主は異世界から神の手によって飛ばされてきたというのだな?」
「しくしく……その通りですぅ……」
10分と経たないうちに、俺は洗いざらい白状していた。顔面は涙と鼻水でグシャグシャだ。なんか情報と一緒に生命エネルギーも吸い取られたような気がする。心なしかエリスの肌がつやつやしてるし。
「なるほど、話すのをためらうはずじゃ。お主、自分の身に何が起こったか分かっておるまい」
「賢者サナトリウスが開いた知恵の扉の物語そのものね。彼が書きつけた文字は、己の意思によらず具現化し、魔王を打ち滅ぼしたという。後にはルーン魔法の開祖になったとも言われているわ」
「この話が事実なら、お主は救世主にも大魔王にもなれる資格を手に入れた、ということになる。父上が知ったら、さぞ驚くじゃろうな」
俺が服の乱れを整えていると――言い忘れていたが、先日ギルドでこの世界の一般的な服を譲ってもらった――姉妹は俺に、こんな質問を投げかけてきた。
「ところで、お主が神に願った『文字書き』とはなんの仕事だ?」
「公証人や書記官の仕事は高収入だけれど、具体的になにを書くのか決めないと、就職できませんよ」
「えっ?」
なんだろう。社会の教科書に載っていそうな単語が出てきた。不思議に思いながらも、俺は言葉を返す。
「小説家だよ、小説家。頭の中で空想した冒険や恋愛を、古代から未来まで色々な舞台で描くんだ。名前は違うかも知れないけど、こっちにもあるだろう?」
「ないぞ」
「ないわ」
返ってきた言葉は、俺の常識をくつがえすものだった。
「リュウセイさん、文字は神様に与えられた、神聖にして強い効力を持つものなんです。公文書や神話、契約書に歴史書ぐらいまでなら使っていいと思いますが……娯楽のために使うなんて、聞いたこともありません」
「な、なんだってー!?」
俺は己のウカツを呪った。ここは異世界なんだから、何から何まで日本の常識が通じるとは限らないじゃないか!
それよりも小説の存在を否定されて、どうやってこの世界で小説家になるんだ!? 神様、俺をバカにしてんのか!?
「それに、お主。大切なことを忘れておるぞ」
エリスが大きなため息をついた。
「お主が書く文字は、己の意思によらず具現化する。そうであったな?」
「ああ」
「ならば、空想のままに戦争の話など書いた日には、付近は阿鼻叫喚の地獄絵図になると考えてよいな?」
「あっ!?」
「お主、どうやって小説家になるのだ?」
いつしか、子供たちの遊ぶ声は途絶えていた。
どうして、こんな簡単なことに気づかなかったんだろう。
目の前が真っ暗になる。俺はガックリと膝をつき、男泣きに泣いた。




