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1 文字書き(ルーンマスター)

 暗い空間、星々の光が飛び交う中を、俺は滑るように落ちていった。次第に上下の感覚が薄れ、浮遊感に飲み込まれたかのようなムズかゆさだけが残る。

 周囲では流れ星が流れてゆく。けれど、星が動いているのか、俺が流れているのかさえ分からなかった。


 不意に光の扉が現れる。ビッシリと文字らしき紋様(もんよう)縁取(ふちど)られたそれに、俺の体が吸い込まれる。


――ビシッ!


「痛っ!?」


 くぐり抜ける瞬間、ガラスがひび割れるような音が響き、自分の体に無数の文字が刻み込まれたのを感じた。

 やがて俺の視界は光で満たされ――気づいたときには、地面まで1mくらいの空中に、ポイと放り出されていた。


 どしんっ!


「痛ってー! 全く、どこだよここは……」


 腰をさすりながら立ち上がる。周囲には白やピンク・紫といった花々が生い茂り、黄色い(ちょう)が舞っている。さっきのは全部夢で、地球のどこかで目を覚ましたのではないかと疑ってしまった。

 だが俺の手の中には、ジジイにもらった紙束と鉛筆があって、さっきのことが夢ではないと強烈に訴えかけていた。


「とりあえず、どうしよう。まずは人と会って、今夜の寝床を確保しないとな」

「……おーい!」


 キョロキョロ辺りを見渡していると、向こうのほうに見える山から、人が走ってくるのが見えた。彼らは全員――ゲームに出てきそうな――西洋風の鎧兜に身を包んでいる。軽装の者も見えるが、魔法使いか何かだろうか?


「なんて、そんなわけないよな。アハハハ……」

「おーい、そこのお前! ちょっと頼まれてくれ!」


 先頭を走ってきた鎧の男は、俺に近寄ってくると、いきなり肩と腕をつかんだ。これには俺も驚いたし――嫌な予感がした。男の(ほほ)には傷があり、お世辞にも目つきがいいとは言えない人相をしていたからだ。

 二番目に走ってきた男が逆側の肩と腕をつかむ。明らかに異常な事態に、俺は本気で抵抗した。


「なにしやがる!? 離せコラ!」

「ゲヘヘヘヘ、ちょっと俺たち、ヤバい敵にケンカ売っちまったからよ。お前が代わりになって戦ってくれや!」

「うあっ!」


 男たちが駆けてきた方向へと突き飛ばされる。

 彼らが話したのは日本語ではなかったが、まるで吹き替え映画でも見ているかのように理解できた。


「それじゃ、がんばれよ! ギャハハハハ!」

「ちくしょう、一体何だってん……だ……」

「グルルルル……」


 そこで俺は言葉を失った。なぜなら、赤い鱗に身を包んだ隻眼(せきがん)のドラゴンが、俺のことを睨みつけていたからだ。眠っているところを不意打ちされたのだろうか、閉じられた左目には深々と槍が刺さっている。

 残された右目は爛々(らんらん)と怒りに燃え、口には巨大な牙が生えそろい、呼吸のたびに炎が口から漏れ出して周囲の温度を上げていた。


「フ……ウ、フ、」

「?」

「ウフフフフッ、アハハハハ! アーッハッハッハッハ!」


 俺はたまらなくなって笑った。だってそうだろう、神様とやらは何と言った? 異世界で新しい人生をくれると言ったじゃないか。

 それが早くも終了だなんて、それもカタギじゃない連中の不始末に巻き込まれてなんて、


「ここと地球の何が違うんだよォーッ! もっと優しい世界を想像するだろう、なあ!?」


怒りのままに、叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ。心なしか、ドラゴンが一歩引いたような気がした。

 しかし怒鳴ってみても仕方ない。俺は、ここで死ぬのだ。ならば何が出来るだろう? んー、ドラゴンよ、ちょっと待ってくれな。


「これだ、紙と鉛筆。これで辞世の句を()んでやろう」


 俺は地面に落ちていたそれらを拾うと、思いつくままに文字を書きなぐった(、、、、、、、、、)


「死にやがれ 俺を残して みんな死ね」


 刹那(せつな)、俺の書いた文字が、まぶしく光り始めた! まるで金色のシールをはがすように、文字から光がはがれて浮かぶと、それを中心に猛烈な竜巻が起こり始めた。

 ドラゴンが――俺の身長の7倍はありそうな化け物が――おびえたように後ずさる。

 しかし、もう遅い。映画で見たガソリンスタンドの爆発シーンのように、俺の周囲だけ残して、世界は灼熱の嵐に巻き込まれた。大爆発が視界を覆う!

 ドラゴンの鱗が剥がれ落ち、骨だけになり、それすらも吹き飛ばされて消えていくのを、俺は呆然と見ていた。


「なんだこりゃあ……」


 ――数分後。俺は無人の荒野に、1人ぽつんと立っていた。後にはペンペン草1本生えていない。ドラゴンも、さっきの冒険者も、生き残っているものは誰もいないようだった。

 不意に脳裏をよぎる言葉があった。


『俺を文字書きにしてくれ』

『ならば、どんな運命であろうと、お主の意のままに切り開いてゆけるだろう』

『ルーンマスター』


 もしかして、あの神様は「文字書き」という言葉が小説家という意味だとは気づかなかったのではないか。そして俺が字を書くたびに、何かが起こるような仕掛けをしてくれたのではないか。


「って、加減しろよジジイ! いきなり世界滅んだぞ!?」


 思わず、大空に向かって怒鳴りつける。すると、自分がまだ紙束と鉛筆を握っていることに気づいた。

 俺は急いで、辞世の句に大きなバッテンをつけた。紙の余白に小さい文字で書き込む。


「今の無し! 全部元通り!」


 するとビデオの逆再生のように周囲の風景が再現されていった。草も、花も、蝶も、ドラゴンも、みんな元通りだ。おまけなのか何なのか、ドラゴンの目の傷も綺麗に治っている。

 俺は、おそるおそるドラゴンに声をかけてみた。


「あのぅ、ドラゴンさん。お願いなんだけど、今の見なかったことにしてくれる?」

「ギャウッ!?」


 ドラゴンはおびえた子犬のような悲鳴を上げて、山のほうへ飛んで行った。

 俺は気が抜けて、地面に座り込んだ。……危ない、危ない。来たばかりの世界をひとつ、滅ぼすところだった。

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