18 ようやく本題です(逆ギレ)
神様から書いた文字を具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公リュウセイは、修道女アエスタの頼みで奴隷商に売られかけた娘を助けようとする。
あわや失敗かと思われた瞬間、アエスタの妹エリスが現れ、奴隷商の悪事を暴露する。娘は助かったものの、アエスタは監督責任を問われ、教会から左遷されてしまう――
奴隷オークションの後、救済小屋への帰り道の気まずさと言ったらなかった。アエスタは黙って下を向いたきりで、歩いている途中も無言のままだった。
まあ、奴隷商には自分の善意に付け込まれ、妹には危機管理がなっていないと平手打ちを食らった上に、教会から左遷を命じられたのだ。全く人の話を聞かないヤツならともかく、普通の人間は落ち込むものだろう。
そして俺は、こんなクソ重い沈黙には耐えられない。適当に話題を振る。
「あの……妹さんがいたんだな。知らなかったよ」
「ええ。私は先妻の娘で、エリスは後妻の娘なんです。一緒に暮しても良かったんですが、なんとなく実家が居づらくて……それで家を出よう、出るからには人の役に立とう、と修道女になったんです」
「そうだったんだ……」
決して家族が嫌いではないのだろう。話している間、わずかだがアエスタの顔は明るくなった。しかし、その顔は瞬く間に曇る。
「でも、自分勝手に突っ走った上に、妹にまで愛想を尽かされて。やっぱり私ってダメな女だったんですね」
「そんなことないよ!」
俺は思わず、大声を上げた。
「オークション会場でエリスは言ってた、アエスタを救いたいって。エリスとは短い付き合いだけど、嘘やお世辞でそんなこと言う子じゃない、と……思う……」
しゃべっている間に、自分の口にしている内容が恥ずかしくなってきて、最後は小声になってしまった。
アエスタは、じっと俺の顔を見た後、ようやくクスッと笑った。
「そうね、昔は『お姉ちゃん、お姉ちゃん』って後を着いてきたものね。リュウセイさんと同じで、今も優しい子なんでしょう」
「なに言い出すの!? 俺は優しいってわけじゃ……」
「優しいですよ。見ず知らずの私のために、こんなに苦労してくださったんですもの」
そう言って、彼女は最高級の笑顔を見せてくれた。控えめに言って、ヒマワリの華が咲いたかのような、大輪の笑顔だった。
それを見た俺がどんな顔をしていたか――言わせるな、恥ずかしい。
行く手に救済小屋が見えてくる。俺は足を速めて飛び込んだ。
「ほら、アエスタ! 救済小屋に着いたよ!」
「はいはい。そんなことより、リュウセイさんはどこでエリスと知り合ったんですか? あの子、かなりの高嶺の花だと思うんですが」
「褒めてくださるのはうれしいが、姉上もご自分の価値というものを知ったほうがよいぞ」
「うわあっ!?」
小屋の扉を開けると――中で孤児たちと遊んでいたのは、話題のエリス・デル・ブローディアその人だった。隣には獣人の娘、フェレスが控えている。
「姉上、早うドアを閉めてくだされ。リュウセイと言ったか、お主にも大切な話があるのでな」
エリスはテーブルに肘をつき、手首だけで閉じた扇をチョイチョイと動かした。
「子供たち、すまぬが向こうで遊んでいておくれ。フェレス、子供たちの世話を頼むぞ」
「かしこまりました、お姉さま!」
獣人の娘は深々と頭を下げ――お姉さまって何だ?――子供たちを外に出した。
中に入った俺たちは、粗末なテーブルをはさんで向かい合った。まずアエスタが、居住まいを正すと困ったような笑顔で切り出した。
「エリス、さっきはごめんなさい。私がいたらないせいで、教会に迷惑をかけるところだった――」
「それはもう良いのじゃ、姉上。ここへ来たのは他でもない、父上からの伝言を伝えるためじゃ」
「伝言?」
たしか、この2人の父親って宰相なんだよね? そんなエラい人の伝言ってなんだろう?
「先日、開墾地の視察の帰りに不埒者どもが妾を襲った。御者のグレイをはじめ、何人もの部下が死んだ」
「なんですって」
アエスタの顔から、すぅっと血の気が引いた。
「エリス、あなたは無事だったの!?」
「無事だったから、ここにおる。それ、このリュウセイが助けてくれたのじゃ」
「なんですって!? リュウセイさん、ありがとうございます!」
「いいよ、あのときは俺も巻き込まれて必死だったし。それで、話したいことと何の関係があるの?」
パンッ、と勢いよく扇が広がる。エリスは声をひそめて告げた。
「どうも父上の地位をおびやかそうと、妾たち娘を狙っている輩がいるらしくてな。姉上も教会から左遷されるという形を取って、安全な場所へ避難して欲しいのじゃ」
「なっ……!?」
アエスタが絶句する。外からは、子供たちの遊ぶ声が聞こえてきた。
「それからリュウセイ、お主には聞いておかねばならぬことがある」
「お、俺……?」
「お主、何者なのだ? 高位のルーンマスターでありながら、どんなに経歴を洗ってみても浮かんでくる情報がなにもない。お主こそ最大の不確定要素。返答次第によってはあらゆる対策を講じねばならぬ」
「俺は……そんなこと言われても……」
俺が答えあぐねていると、エリスが身を乗り出してきた。
「よいな。正直に答えるのだぞ」
ごくり、と自分の喉が鳴るのが聞こえた。




