17 お大尽アタックwith平手打ち
「金貨50!」
ゴレが声を上げると、ざわめきは、どよめきに変化した。彼はニヤリと笑うと、パチパチと拍手した。
「何の話か分からないが、アンタは上客のようだ。個人的にあの獣人を売り渡すとして、俺にどんな見返りがある?」
「競り落とした額の2割……3割増しで引き取る、というのはいかがでしょう?」
「5割だ。あの獣人が特別だと言い出したのは、アンタのほうだろう?」
「ですが、5割というのは、いささか高い!」
舞台の袖から、わずかに顔を出す。アエスタと目が合うのが分かった。
『引き延ばして!』『釣り上げますよ?』『やってくれ!』
直後に、金貨55、という声が聞こえた。アエスタさん、見かけによらず強気だなあ……
ゴレは、クスクス笑って告げる。
「びた一文まからんぞ。金貨80!」
「80!? やめてください、私が叱られてしまいます」
「質問しているのは俺のほうだ。払うのか? 払わないのか!? 金貨100!」
会場が大きくどよめいた。さしものアエスタも驚いたのか、何も言わなくなった。
手の内を明かそう。俺は今、半分に切った紙に「リピート」と書いて握りこんでいる。ゴレが犯罪への関与を認めた時点で、この紙をアエスタに渡し、しかるべき機関に提出してもらってフェレスを取り戻すつもりでいた。
しかし、この男のらりくらりと言い逃れて、言質を取らせない。もう半分の紙にも、緊急用の文字を書いておいたが、あまり使いたくはない。
――もはやこれまでか。俺が緊急用の文字を取り出そうとした、その瞬間だった。
「金貨500! これ以上、出す者はおるか!?」
会場の入り口から舞台に向けて、モーゼが海を割ったかのごとく、人垣がキレイに割れた。
そこに立っていたのは褐色肌の美少女、エリス・デル・ブローディア! まるで猫科の肉食獣のごとく、全身から怒りのオーラを放っている。
ところがゴレは、余裕のある態度を崩そうとしない。
「ヒュウ! 来たぜぇ、本命が」
「本命!?」
「アエスタお嬢様のことだ、困れば妹を頼ってくる。当たり前だよなぁ?」
妹!? エリスと、アエスタが姉妹!?
この情報は驚きだったが、今はそれどころではない。このまま競りが成立すれば、救済小屋は存続できなくなる。
――ええ、これ以上の方は? それでは、取引成立です。
無情にも司会者の声が響き渡った。しかし、エリスはここで終わるようなタマではなかった。
「奴隷商ゴレ! 商売仇のカシェウを陥れようと、あたかも救済小屋から奴隷を仕入れたかのように見せかけ、国からの処罰を受けさせようとした罪! しかと見届けたぞ!」
「なんだと!?」
エリスの後ろから、革鎧のオッサンに脇を固められて、脂ぎった中年オヤジが進み出た。
エリスが、オッサンの額を閉じた扇で叩く。
「ほれ、今一度申してみい!」
「はい、私は何も知らなかったんです。ゴレが作ってきた、この契約書にサインをしただけで、私は悪くないんです」
「貴様、俺をハメたのか!?」
ゴレは立ち上がり、悪鬼の形相で叫んだ。カシェウは、ひいっと情けない声を上げた。
「ゴレさん、違うんだ。この娘が、うちの株式を全部買い上げると脅してきて、従うしかなかったんだ」
「それをハメたって言うんだろうが! くそっ、覚えてろよ!」
ゴレの判断は早かった。きびすを返すと、オークション会場から立ち去ろうとしたのだ。
だから俺は、緊急用の紙を使った。
「逃がすかよ!」
「ぐえッ!?」
紙で包んだ石ころを投げつける。ゴレの背中にそれが当たると、彼は不自然なほどの強い勢いで吹き飛ばされ、転倒した。
すかさず駆け寄ってきた革鎧のオッサンたちが取り押さえる。
「こんな適当な文字でも、効果あるんだな……」
石ころを拾い上げる。それを包む紙に俺は「一打必倒」と書いたのだった。
ゴレは大してケガをした様子もなく、「殺してやる! 復讐してやるからな!」と商売仲間のカシェウをののしっていた。……悪党の友情なんて、こんなもんだ。
一段落したところで、俺は客席に向かった。
「エリス! アエスタ! いやぁ、2人が姉妹だったなんて知らなかったよ。これからは仲良く――」
パン、と乾いた音がした。エリスが、アエスタの頬に平手打ちを加えたのだ。
「修道女アエスタ。数々の越権行為、もはや目に余る。よって救済小屋管理人の職を解任する。これは教会の決定だ。なぜこんな騒ぎが起きたのか、頭を冷やしてよく考えよ」
そう告げると、呆然とする俺たちを残し、エリスは足早に去って行った。




