16 オークション開始
エリスと共に入り口のほうへ引き返すと、もう奴隷のオークションは始まっているようだった。じきにフェレスも引き出されるに違いない。
俺はエリスに、こう告げた。
「もう時間がない。俺はゴレという男の居場所を探してくる」
「……あまり勧められた手ではないな」
エリスはパチンと扇を閉じると、眉間にシワを寄せた。
「これはルールに従った、正当な商品の取引じゃ。リュウセイ、お主は確かに力がある。だがそれを振りかざしたところで、変えることはできぬものもあると心得よ」
「じゃあ、黙って見ていろって言うのか!?」
「しっ!」
エリスは「声が大きい」と、その……桜貝のような指先を、俺の唇に当てて黙らせた。こんなときでなければ、甘噛みしてみたくなるような指先だ。
……エリスには、アエスタとは違う、人を惹きつける何かがある。アエスタが太陽なら、エリスは月だ。年頃の体から漂う香りといい、俺の正気を奪おうとしてくる。
「とにかく、無茶はせぬことだ。妾はここを離れるが、決してヤケを起こすでないぞ」
「えっ!?」
そう告げるや、エリスは風のように入り口から出ていってしまった。
俺は少しの間ぽかんとしていたが、こんなことをしている場合ではないと、案内人を呼び止めた。
「すまない、ゴレさんと商談をしたいんだ。どちらにいらっしゃるかな?」
ゴレという男は、奴隷たちが並ぶ舞台の袖にいた。てっきり脂ぎった変態オヤジかと思ったのだが、実際は細マッチョというか、そこそこイケメンだった。おそらく野蛮なだけの連中と違って、頭もいい。
ここはハッタリを効かせるしかない! 俺は賭けに出た。
「すみません、ゴレさんというのは、あなたでしょうか?」
「そうだが、おたくは? 今、商売の大事なところなんだ。できれば後にしてくれ」
ゴレは舞台から目を離さず、つっけんどんに答える。しかし、その語尾に混じる上機嫌な気配を、俺は見逃さなかった。
つけいる隙は、必ずある――!
「アンタ、どういう人?」
「はい、普段はブローディア家で雑用をしております。しかし今日は別の使いで参りました」
「ブローディア家?」
「お待ちください! 別の使いで参りました、と申し上げたはずです!」
ゴレの目つきが鋭くなる。俺は慌てて「別の用事」という点をアピールした。
「……まあ、いいだろう。どんな話だ?」
「はい。この競りでは、獣人の娘が高値で取引されると、噂になっております」
「おい、言葉遣いには気をつけろよ。競りは公平で、公正なものなんだからな」
ゴレは俺に人差し指を突き付け、つばを飛ばして、まくしたてた。
俺はひたすら頭を下げる。
「存じております。私が言付かって参りましたのは、その後の話でございまして」
――次、獣人の娘!
ちょうどフェレスが舞台上に引き出されてきた。間に合うか!? 俺は動揺を悟られないよう、素早く言葉を紡ぐ。
「貴族の中には獣人の召使いを好む方もおられます。ブローディア家の来客の中で、そうした方のひとりが私に声をかけてくださいました――競りが成立した後で構わないので、個人的に、特別な獣人を譲って欲しいと仰るのです」
「なるほど」
――最初は金貨10枚から! 15! そちらの方20!
ゴレは舌なめずりしながら、ゆっくりと言葉を選んで言ってくる。
「正直、俺は落札しても、しなくてもいいんだ。利益が出れば競り落とす。赤字なら手を引く。それだけだ」
「大丈夫、委細承知しております。皆さまの目的は、あの救済小屋に、奴隷を売買したという履歴をつけることでございましょう?」
俺は切り札を切った! この推理が間違いで、ハッタリが通らなければ、全ては水の泡だ!
「あのアエスタとかいう修道女のせいですよね? 本来なら奴隷に身を落とすはずの者たち、特に孤児たちが施しを受け、日々の安全を保障されている。奴隷商のみなさまにとって、これほど邪魔なものはない。だからスキャンダルを作り、救済小屋を潰してしまおうと考えた。違いますか?」
――金貨48! 48より上はいませんか!?
会場ではアエスタが、フェレスに精一杯の高値をつけている。客たちは、これ以上の値段をつけるべきか、悩んでいるらしい。あちこちで小さなざわめきが起きていた。




