15 雑踏の中の孤独と絶望
神様から書いた文字が具現化するルーンマスターの能力を授かった主人公リュウセイは、修道女アエスタの頼みで、自ら奴隷となった少女フェレスを救おうとしていた。
折しも、以前、野盗から助けたエリスというお嬢様がフェレスとの面会を可能にしてくれる。そこでフェレスから聞かされた言葉とは――
フェレスは質素だが清潔な服を着て、控室の隅にポツンと座っていた。その様子は、どこか上の空で、案内人のオッサンが声をかけるまで呆然としていたようにも見えた。
「フェレス。お嬢様が、お前に話がおありだそうだ。くれぐれも粗相のないようにな」
「お嬢様? ――エリスお嬢様! どうしてここに!?」
「なんだ!? 2人とも知り合いなのか?」
すると案内人のオッサンは、俺をギロリと睨んだ。
「口を慎め! 時の宰相ブローディア様のご息女、エリスお嬢様の御前だぞ」
宰相? よく分からないのだが、偉い人の娘さんってことか?
なんと、エリスの顔を知らない俺のほうが変人だったということらしい。しかしエリスは鷹揚に手を振って告げた。
「よいよい。それよりリュウセイ、この子に用があるのだろう?」
「……ある」
もう俺は、エリスに「いいのか?」とか「どうして?」とか聞かないことにした。この気持ちが何なのか、よく分からないけれど、利用できるものは利用させてもらう。そう腹をくくったのだった。
「フェレス、いくつか質問をしたい」
「時間がないぞ。手短にな」
案内人の言葉に無言でうなずいて、俺はフェレスに疑問をぶつけた。
「どうして救済小屋を出て行った? あそこにいれば最低限の食事は出るし、奴隷になることもなかっただろう?」
「……奴隷に……奴隷と何が違うんです!?」
フェレスは、キッと俺を見据えて叫んだ。
「私たち孤児は仕事もない、お金もない、服も食事もロクにない! それなのに、みんなアエスタさんは良い人だから感謝しろって……こんなの、奴隷よりひどい! 私だって救済小屋を飛び出して、外の世界でおいしいご飯を食べてみたかった!」
予想していた、いや、予想を上回る叫びに、俺は言葉を失った。分かっていたハズだった、人に打ち明けられない不幸というものが存在することを。
日本で不幸だった自分なら、塩とタマネギの薄味スープしか食べられない人間の気持ちを分かってやれると思っていた。なのに――アエスタが死んだ先生そっくりだから、あそこはいい場所だと思っていた! この子たちを押しつぶした人間には、俺も含まれているんだ。
「……それ以外に、奴隷になろうと思った理由は?」
叫び出したい気持ちを抑え、出来るだけ冷静に聞こえるように、俺は言葉をつないだ。
「カシェウさんが、お前は文字を書けるから、契約書の作成で市民並みの生活が出来るって――ゴレさんのところで働かせてくれるって」
「カシェウ?」
「奴隷商の名前じゃの。カシェウ、ゴレ、どちらもやり手じゃ」
エリスが補足してくれる。なるほど、なんとなく分かってきた。
「でも、公正な競りを受けないとゴレさんは引きとってくれないって……ねえ、なんだかおかしいと思うの。私、どうなっちゃうの?」
「その問いに答える前に、妾からも質問じゃ。お主が競りにかかった後の代金を、救済小屋に支払うと言い出したのは誰じゃ? お主だけの意見か?」
するとフェレスは、ふるふると首を振った。頭上の猫耳が揺れる。
「カシェウさんが、奴隷は財産を持てないから、寄付してしまうのはどうだって……私も後ろめたい気持ちがあったから、それでスッキリできるならって同意したんです」
そう告げるフェレスの目には、みるみる大粒の涙が溜まっていった。
おいで、とエリスが両手を広げ、少女を優しく抱きしめる。すすり泣きは、たちまち嗚咽に変わった。
「お嬢様、お兄さん、私怖い! 私、何をしたの!? どうすれば良かったの!?」
「それは妾にも分からぬ。だがな、お主は大事な話をしてくれた。おかげでアエスタを救うことができるかも知れぬ。お主はアエスタが嫌いか?」
フェレスは再び、ふるふると首を振った。頭上の猫耳が揺れる。
俺はエリスが何を考えているのか分からなくなって、思わず問いかけた。
「アエスタを救うって、エリス、君は一体……」
「詳しい話は後じゃ。お互い、話せば長くなりそうじゃからの」
そう告げると、エリスは扇を広げて、いたずらっ子の笑みを覆い隠した。
「行くぞ、リュウセイ。マナー違反をする者には、礼儀というものを教えてやろう」




