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12 転生しても金に悩まされ続ける件

神様から書いたことが具現化する「ルーンマスター」の能力を授かった主人公リュウセイは、なりゆきで加わった冒険者ギルドのマスターから力試しを挑まれる。

ルーンマスターの能力で勝利するリュウセイだったが、恩師そっくりの修道女アエスタから頼まれた資金調達の期限は、刻々と迫りつつあった……

 俺は赤毛の受付嬢――ナールの顔を盗み見た。ソバカスの浮いた、かわいらしい(ほほ)は、ぷっくり膨れている。全身から強い拒絶のオーラを感じた。

 それでも勇気を出して話しかけてみる。


「なあ」

「知りません」

「俺さあ、訳あって金が必要なんだよね……だから、すぐにでも稼ぎに行きたいんだけど」

「ダメです」


 ああああああああ!! 俺は頭を抱えて叫び出したい衝動を、かろうじてこらえた。

 ちなみに今の状況を説明すると、冒険者ギルドの人間全員――俺も含めて――作業衣姿で大汗をかいている。


 俺とギルドマスターとの戦いは、伝統あるコロシアムを全壊させてしまった。本来ならば罪に問われるところだが、マスターのじじい、どんな裏技を使ったのか「コロシアムを修理すれば、お(とが)めなし」という念書を役人と交わしてきやがった。

 なので、ギルドの金ありったけ使って人を雇い、俺たちも総出で協力して修理中というわけだ。

 もちろん、ジイさんに勝ったらもらえるハズの金貨10,000枚も無し! これも無償労働だから金は稼げない! 詰んだ。


 けれど――逆のことも考える。もしかして役人たちは、たった2人でコロシアムを破壊するような化け物どもを、武力で拘束できないと考えたのではないか。だから、先手を打って示談を持ちかけてきたのではないか。


「なんか俺、事情通の間でキャッチコピーついてたりして。『そいつに触れることは破滅を意味する! 国士無双(こくしむそう)の人間爆弾、天草(アマクサ)龍生(リュウセイ)ここにあり!』なんつって! ウフッ、フヒヒヒッ!」

「ヒィッ!?」


 俺を見た先輩冒険者たちが、小さな悲鳴を上げて逃げていく。俺とジイさんとの戦いを見て、ようやく手に負える相手ではないと納得したようだ。

 今ではギルドで俺と口をきいてくれる人の方が少数だ。


「気持ち悪い笑い方してないで、作業してください」

「痛ぁ!?」


 ナールに尻を蹴られて、俺は跳び上がった。この子は強いと言うのか、何と言うのか……俺が化け物みたいな攻撃力を見せつけても、平気な顔で接してくれる。それはありがたいだけでなく、他者との新鮮な距離感でもあった。

 まじまじと彼女の顔に見入る。美人とは言えないが、愛くるしい顔をしていると思った。


「なんですか? 今度はおじいちゃんそっくりの、ウザイ笑顔を浮かべやがって」

「いやぁ……ナールちゃん、かわいいなと思って」

「ンなっ!?」


 ナールは、あんぐり口を開けると、


「私をからかってないで仕事してください!」


と、俺の(むこ)(ずね)を、思いっきり蹴り飛ばしたのだった。


※ ※ ※


「ただいまぁ……はぁ、よく働いたぁ」

「お帰りなさい」


 救済小屋へ帰ると、管理人の修道女、アエスタが出迎えてくれた。


「リュウセイさん、お仕事はどうですか?」

「ダメだよ、このボランティア(、、、、、、)が終わるまで、金になる仕事はくれないって」

「そうですか……」


 アエスタには、というか世間一般には、ギルドがコロシアムの修理をしているのはボランティアの一環だということにしてある。内密の軍事実験の最中、不慮の爆発事故が起きたというのが建前だ。


「お食事は……?」

「ギルドで食べてきたから、いらないよ」


 テーブルの上を見る。お決まりのパンとスープの他に、山積みの洋服とハサミ、針山が目に入った。アエスタは少しでもお金を稼ごうと、内職を増やしたのだ。


『内職は以前から、やっていましたよ。それが増えただけですから、大したことはありません』


 そう笑っている彼女だったが、顔を合わせて話していると疲労の色が隠しきれない有り様だった。

 転生する前、日本で先立たれた先生の顔を思い出す。あの人はいつも笑っていたけれど、こんな顔をすることもあったのだろうか。

 俺はアエスタを守れない自分が情けなくなった。


「ごめんな、力になれなくって」

「いいえ、気にしないでください! リュウセイさんは一生懸命やってくれています! でも、そうね。こうなったら、あの子に頼むしか……」

あの子(、、、)?」


 そこでアエスタは我に返り、自分の口を両手で押さえた。


「すみません、こちらの話です。お疲れでしょう、早く休んでください」

「ああ……」


 彼女の言葉が少し引っかかったが、疲れていた俺には追及する気力も、理由も無かった。そして、そのまま定位置となっているダイニングの椅子(いす)の上で眠りについた。


 時間は無情に過ぎていった。

 少しでもコロシアムの修理を早めようと努力したのだが――ああ、重要なことを言い忘れていた――あの日、更衣室に置いてきた紙束と鉛筆もキレイさっぱり吹き飛んだ。なので、文字書き(ルーンマスター)の力が使えない俺は、大した役には立てなかった。

 ちゃっかりくすねて(、、、、)きたセスタスと貫頭衣は救済小屋にしまってある。それぞれ「突風」と「触発」、「無」の文字が書いてあるので、何かの役には立つだろうが……紙束と鉛筆の補給を急いだ方が無難だろう。


 そして一週間後。コロシアムの修理が終わらぬうちに、その日はきた。

 俺と入れ違いに救済小屋を飛び出した、フェレスという名の猫耳娘が、奴隷商に売られる日が。

 救済小屋の子供たちに、着いてこないよう言い含めると、俺とアエスタはオークション会場に向かった。

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