11 本当はSランクよりすごいSSSランクだけど面倒だからB
・前回までのあらすじ
神様から「書いた文字が具現化する能力」を授かった主人公リュウセイは、異世界で恩師そっくりの修道女アエスタと出会い、大金を工面するハメになる。
仕事を探しに来た冒険者ギルドで、ギルドマスターから自分との試合に勝てば金貨10,000枚をやろうと言われた彼は、受けて立ったのだが――!?
ギルドマスターは限りなく姿勢を低くし、ロケットスタートよろしく俺の懐めがけて飛び込んできた。逆手に構えた短剣で、腰から喉へと逆袈裟の形に切り裂いてくる!
一瞬、自分の周りだけ時間が遅くなったように感じた。体をそらして避けようとするが――短剣の刃が一回り大きくなり、リーチが伸びて食いこんでくる!
全身を衝撃が襲う。俺は大きく吹き飛ばされて、後方へ転がった。ワアッと客席から歓声が上がる。
しかしジイさんは冷静だった。
「今の手ごたえ、奇妙じゃのう。さては貫頭衣の防御力が上がるようにルーン文字を仕込んで来たな?」
「そうだよ。ルール違反とは聞かされてないからな」
早くもネタが1つ割れたことに、内心、舌打ちしてしまう。服の強度が上がるよう、裏地には文字を書いておいた。まだネタは残っているが、それら全てが割れたら……俺はこのジイさんに、体力勝負で負けるだろう。たった今、受けた一撃が、雄弁にそれを語っていた。
「こちらもネタを明かしてやろう。ワシが使うのは金属性のルーン文字。お前が使う木属性の魔法とは相性でまさっておる」
そう言ってジイさんは、短剣を鞘に戻した。そこにはルーン文字がビッシリと掘られ、白い輝きを放っていた。そしてその光が、刀身から柄へと満ちてゆく。
そして、ジイさんは――少したりと目を離していなかったのに――俺の視界から消えた。
横から脇腹に向けて、鈍い痛み。
転倒する寸前に腹の逆側を突かれる。転倒。
立ち上がったところに前後から、そしてまた左右から衝撃が見舞う。
ルーン文字が機能していてなお、なまくら刀で試し切りされるような痛みが全身を襲う。俺はたまらず悲鳴を上げた。
「どうした? 次の手を打たねば負けるぞ!」
ジイさんの跳ね上がるような蹴り技が――ついに武器さえ使わなくなりやがった――俺の胸の真ん中を強打する。俺は、もんどりうって地面に倒れ伏した。
ジイさんは短剣を鞘に戻し、再び構えを取る。
「ふうむ。属性の不利を突かれたときこそ、ルーンマスターの実力が最も問われると言うのに……何の戦闘訓練も受けておらぬのか? これでは拍子抜けじゃ」
「ギャハハハハ! マスター、俺たちにも新入りをかわいがらせてくださいよ!」
「ダメよ、同じギルドの仲間でしょう!? アンタたちこそ礼儀ってものを覚えなさいよ――」
観客席の声が遠く聞こえる。……効いたか? もう行けるか!? 俺は、ある一点を見つめていた。
それに気づいたジイさんが、意外そうな顔を向けてくる。
「どうした若いの、まだ降参せぬのか? どう見てもお主の負けじゃろうて」
「ぐっ! ……そうかい、ジイさん? 自分の得物をよく見てみたか?」
苦しいのをこらえて声を絞り出す。ジイさんは不思議そうに短剣の鞘を見やり――そして表情が凍りついた!
「バカな、ルーン文字の輝きが無くなっている! お主、一体何をしよった!?」
これまでの会話と戦いで、認識したことがある。俺の書く文字は、この世界のルーン魔法とは似ているようで全く異なる。
そのひとつが属性だ。金属性は木属性に強いとか、ひとりひとつの属性を極めているといった先入観があるようだが、俺に属性なんてものは無い。どんな文字でも、書いて意味をなせば実体化する。
しいて言うなら、無という属性……この胸のすき間を吹き抜ける虚無感こそが、俺の属性だ。
さっきからジイさんの攻撃を吸い込み続けた、この服の裏に書いてある「無」の文字のように!
「それじゃあ、そっちのネタが終わったところで……俺のネタも見てくれよ!」
俺は右手のセスタスを、強く地面に押し当てた。書いてある文字は触発。刹那、大爆発が起き、大量の土砂が舞い上がった。
客席から悲鳴が上がる。「動くな! 決して動いてはならん!」とジイさんがなだめている声が聞こえる。
そちらと逆方向へ向けて、俺は左手のセスタスをかざした。こちらに書かれている文字は突風。
武器にセスタスを選んだ理由と、さっきからノーガードで殴られ続けた理由がこれだ。攪乱と攻撃。二種類の文字を書けるよう、左右に分かれているセスタスを選んだ。そして、それが暴発しないよう、ジイさんの攻撃をガードではなく回避するように立ち回った。
強風が俺の体をジェットエンジンめいて吹き飛ばし、ジイさんの所へと運んでくれる。ジイさんが、とっさに短剣を盾にするのが見えた。
構わない、触発のセスタスで殴り抜ける!
ジイさんと俺の間を、まるで台風をひとつ圧縮したかのような暴風が行き交い、左右に弾けて乱れ飛んだ。
砂煙が晴れる。目を開けると、ジイさんは上半身の服が破れ、ムキムキの筋肉を盛り上がらせて、その場に仁王立ちしていた。衝撃は左右に拡散したらしく、客席は吹き飛ばされ、無残な姿を晒している。
「やり過ぎたか?」と冷や汗をかいたのもつかの間、俺とジイさんの背後だけは綺麗に客席が残っていた。見学していたギルドのメンバーたちは、肩を寄せ合って震えている。
パキン、と音がする。見ればジイさんの持っていた短剣が、力尽きたかのように粉々に砕けて散っていくところだった。
「あ――ジイさん、これはその……」
「な……なんじゃ、こりゃあ!? 若いの、お主は何者なのだ!?」
「ぐあっ!?」
いきなりジイさんにベアハッグを食らって……じゃない、抱き着かれて俺は悲鳴を上げた。空気が、肺の空気がカラッポになる!
「お主のような逸材、そう見つかるものではない。Sランク、いやSSSランクの待遇を与えよう。ぜひ我がギルドに入ってくれ!」
「いやだ、そんな面倒そうな肩書……Bランクとかにしといてくれよ」
「入るのだな!? 我がギルドに入るのだな!? はっはっは、これは楽しくなりそうだ!」
――ならねえよ!
心中でのツッコミもむなしく、廃墟と化したコロシアムにジイさんの笑い声が、いつまでも響いていた。




