008 0歳児の憂鬱2
無論、同時に懸念や疑問も大量に沸いてきている。
強烈な睡魔に襲われながら、何とか起きていられる僅かな時間をレオは出来る限り有効に使わねばならなかった。
(ワイプ、魔王城方面の動向がどうなっているかは分かるか?)
「はい。つつがなく次の方が魔王の位に就きました。今はもう大した混乱もないようです」
(そうか。その点は予想通りだな)
魔王レオルードが討たれたことは、瞬く間に全土に知れ渡った。世紀の大ニュースに、人々は驚き、戸惑い、喜び、熱狂を繰り返した。
魔王が勇者によって初めて打倒された。
魔族による支配の脅威は消え去った。
これからは、人間の時代だ。
万歳、万歳、勇者万歳!
生前のレオは、人間達に対して穏健な政策をとっていた。最終的には対等に近い和平も視野に入れて構想していた。だが、人間側の大部分はそんなことは露知らず。魔王の訃報に対してとにかく皆で喝采したいというのが本音だった。
それから一月余り。
最強を誇る魔王軍は瓦解する気配もなく健在。
特に世界は変わることなく。魔族と人間の関係も相変わらず変化なく。
魔族側は、無事に次政権へと移行する運びとなった次第だった。
(テロや暗殺によって歴史は動かない。余一人を打倒しただけで、滅びるようなものなら、早々と滅んでしまった方が良かろうよ)
自分を討った勇者に対して、レオの心情はいささか複雑だった。
その手際と技量に対して、個人的に誰よりも評価しているのはレオだろう。恨みも妬みも一切なく、敬意の念すら抱いていた。
ただ公人として客観的に見た場合、勇者の行ったことはほとんど無意味に近かったと評さざるを得ない。
魔王一人を討っただけで、万事解決などという事態にはどう転んでもならない。
世界は、そう簡単には出来ていない。
(何代も前から、魔王不在時の対応については研究されつくしてきたものだ。研究班の連中は良いデータが取れたと今頃喜んでいるやもしれんな)
無論、魔王時代のレオも己が倒れたときのことも想定して手は幾重にも打っていた。
魔王軍にも、まだまだ化け物級の優秀な連中がゴロゴロといる。
そのため、さして魔族側の行く末についてはまだ心配はしていなかった。少なくとも早急な変化はないだろうと読んでいる。
(で、誰が魔王の座を継いだのだ?)
「えーと、リリルード・エネミー・ノーマルモード一三世さんが即位したようですね」
(そうか、リリが余の後をな……)
銀の髪と赤い瞳を持つ美姫の姿を思い浮かべる。彼女が女王として君臨する絵を想像してみて、思わず心中で吹き出してしまった。あまりにも似合過ぎている。
「魔王さんのお知り合いですか?」
(うむ。一緒に魔王学を叩き込まれた英才だ。多分、余などより魔王らしく上手く立ち回るであろうよ)
「……それは、つまりあれですね」
(うん?)
「いわゆる幼馴染キャラですね!」
(……何故そこまで眼を輝かせる?)
「何を言っているんですか、魔王さん! 幼馴染ですよ、幼馴染! もう、言葉面からだけでもロマンが溢れているじゃないですか」
(……はあ?)
キラキラと目に星を宿してはしゃぐワイプを、レオは本気で心底理解しかねた。
ワイプ「リリルードさん登場(名前だけ)ですね」
レオ「さて、次会うことがあるかな」
ワイプ「そういえば、魔王さんはリリルードさんのことをリリって呼びますね」
レオ「うむ。物凄く嫌がられていた」
ワイプ「うわー」
レオ「あちらにも余をレオと呼んで欲しかったのだがな」
ワイプ「誰も呼んでくれなかったんですよね」
レオ「こう、愛称で呼び合うみたいな感じのことを、一度くらいやってみたかったのだ。余は親しみを持たれる魔王を目指していたからな」
ワイプ「茨の道を進んでいたんですね、魔王さん」
レオ「まあ。余も最後の方は、リリと呼ぶと嫌がるのがツボになっていたのは否定できぬのだが」
ワイプ「もしかして魔王さん、リリルードさんにいじめっこ認識されてませんか?」
レオ「……否定はできんな」