007 0歳児の憂鬱1
魔族は夢を見ない。眠る必要がないから。
魔族は物を食さない。食べる必要がないから。
「眠らないじゃなくて、眠れない。
食べないじゃなくて、食べられない。
必要がないじゃなくて、出来ないの間違いじゃないの?」
そんなことを言っていた、知り合いを思い出す。魔王であるレオに対しても、堂々と変わり者ぶりを発揮していた顔が妙に懐かしい。
魔族のくせに、大いに食べ、大いに寝て、大いに夢を見る。
まるで、人間のような奇特なともがらだった。
ただ、確かなのは前世の魔王だった頃。
レオが自ら、食べようとも、眠ろうともしなかったことは間違いない。そんなことをしようという気にすらならなかった。
それが、今はどうだろう。
転生してからというもの、次々とレオへと未知の体験が襲ってくる。
「レオは手のかからない子ねえ。お姉ちゃんはヤンチャさんで、妹の方は夜泣きがひどくて仕方ないのに」
三つ子の母親であるマリア・リライトは、いつもフワフワと笑っているような人だった。
どう見ても子持ちには見えぬほど若々しく。
どう見ても産後とは思えぬほど良く働く。
何やら雑貨屋を営む女主人のようで、毎日実に忙しく動き回っている。育児にも一切手を抜かず、子供達の世話を乳母と共に精力的に実によくこなす。
家の店舗部分と住居部分はかなり離れているのだが、彼女が子供部屋に顔を出さない日などない。特にレオ達が空腹を覚えると、それを察知したかのようなタイミングで飛んでくる。
「あらあら、ミルクね」
レオは今まで感じたことのない空腹というものを覚え、マリアはその度に授乳して飢えを満たしてくれる。人間の赤子としての本能なのか、体が勝手に動いて気が付けば豊かな胸から母乳をふんだんに摂取していた。
初めて、母乳を口に含んだときの気持ちは今でも筆舌に尽くしがたい。
他者から命をそそぎこまれ、自分の命になっていく。
その過程が深く魂に刻まれていく。
ほんの数秒の行為が、永遠のようにも感じられた。
もしかすると、それは感動と呼べる種類のものなのかもしれなかったが、レオにはまだ理解できていない。
一旦、満ち足りてしまうと今度は急激に眠くなってくる。
大半の時間は寝て過ごす。
眠気にも、食欲にも、レオは一度として勝てた試しがなかった。
何もかもが初めてだらけだった。
「これからもっとたくさんの初めてが待ってますよ、魔王さん」
ワイプは、そんなレオを優しく見やる。
ワイプ「只今、魔王さんはお休み中です。そして、世界は加速度的に大ピンチ中です」
レオ「ゆっくり寝てろと言っていた本人が、何やら皮肉な物言いをし出したな」
ワイプ「そう、世界がやばいのです」
レオ「ワイプよ、それが言いたかっただけだろう」
ワイプ「そして、ここは魔王さんの夢の中です」
レオ「夢の国の住人にされたか」
ワイプ「姉のユニさんから致命的な攻撃を受けた魔王さんは、己がダメージの回復を図る必要があったのです。HPがやばくなったら宿屋ですぐ回復。これ基本です」
レオ「前のネタをここでも引きずるとは思わなかったぞ。というか、眠くなったのはもしかしてHPが危険域だったからなのか?」
ワイプ「生存本能のなせる技ですね」