005 弱くてニューゲーム2
(人の子がここまで無力な存在だったとは……少々虚を突かれたが……うむ……)
「あ。魔王さん、危ない」
(……む、うごっ)
ワイプの注意に反応しようとした努力は全く報われず。突如としてレオの顔面に小さな手が叩き込まれた。魔王時代でも経験したことがない会心の一撃だ。
痛い。ただただ痛い。
これが痛みというものだと、レオは久しぶりに思い出した。
(て、敵襲か。余に刃を向けるとは命知らずな。返り討ちにしてくれる)
「落ち着いてください、魔王さん。今、スクリーンをもっと広げて全体を映しますから」
ワイプが手にはいつの間にかステッキのようなものが握られていた。小さなステッキを一振りすると、鏡の役目をしていた光の膜が縦横にサイズが大きくなる。
すると、ベッドの上に寝ていたのはレオ一人だけではなかったことがわかる。
同じくらいの赤子が三人、横に並んでいるのが見て取れた。
真ん中にいるのがレオ。
左隣の子はすやすやと穏やかに寝息をたてている。
そして、反対に右隣の赤ん坊が腕を元気にばたつかせてレオにちょっかいをかけているのだった。
(ワイプ、これはもしかすると、もしかするのか?)
「はい。右の元気な子が魔王さんのお姉さん。左のお寝むさんが魔王さんの妹さんです。魔王さんは三つ子ちゃんのちょうど真ん中になります」
(……そうか、三つ子か)
普通の人間として転生するのだから、別に兄妹がいること自体は何ら不思議なことではない。
だが、レオは自分に兄妹がいるという事実を上手く咀嚼できずにいた。
自分に良く似た、それでいて自分と違って愛らしい二人。
確かな血のつながりと、不確かなもやもやを感じながら、姉と妹と自分を順番に何度も見比べる。
(この者が余の妹……)
「はい、妹さんのヒヨさんですね。普通の人間の女の子です」
起きる気配のない妹の寝姿は守るべき小動物を思わせる。あまりにぷにぷにと無防備で、こちらの方が不安になってくる。
(そして、この者が余の姉上か)
「はい、お姉さんのユニさんですね」
対して姉の方はお転婆な上、とにかく目立つ。レオに興味津々のご様子でぺちぺち色々触れてくる。同じ黒髪黒目ではあるが、飛び抜けて整った顔立ちは天使のようですらあった。この子はいずれ世に知れる美人になるだろうと、誰もが直感するに違いない。
一目で特別な何かを感じさせる、そんな人間だった。
「ユニさんの方は異世界転生者です。つまり、魔王さんの敵ですね」
ワイプ「お姉さん、妹さんの登場回ですね」
レオ「姉上には初っ端からいいのをもらってしまったな」
ワイプ「そう。まるで、魔王さんのこれからを暗示しているかのよう」
レオ「言うな。本当にそう思えてきてしまう」
ワイプ「ユニさん、色々と規格外ですからね」
レオ「生まれ変わって一番初めに出会った異世界転生者が姉上だというのは、良かったのか悪かったのか」
ワイプ「というか、あの魔王さんのパラメータでユニさんの一撃を喰らってよく生きていましたね」
レオ「いや、それはさすがの姉上も加減したのではないか。多分」
ワイプ「でも、HP的にはまた会心の一撃をくらっていたらやばいところでしたよ」
レオ「なんと。余は転生直後にして実は最大のピンチを迎えていたのか」
ワイプ「この時点で既に姉弟の血で血を洗う宿命の対決が始まっていたんですねえ」
レオ「嫌な宿命だな。主に血を流すのが余であろうところが特に」
ワイプ「妹のヒヨさんについては何かコメントありますか?」
レオ「そうだな、ヒヨは……」
ワイプ「はい」
レオ「……」
ワイプ「……」
レオ「……うん、まあ普通が一番だな」
ワイプ「普通ですか」
レオ「ヒヨには、これからも普通に健やかに育っていって欲しいものだ」
ワイプ「あの人はあの人で、ある意味で規格外ではあるんですけどね」