002 LV99の魔王が死にました2
それから実に三時間経過。
ようやくレオは落ち着きを取り戻した。
「お兄さん、熱中すると止まらなくなるタイプだね」
「うむ。自分でも意外だった」
「勇者トークで盛り上がる魔王って、どうなんだろうねー」
「うむ。いや、まあ……ついポワッとなってやった。今は少し反省している」
嫌な顔一つせず付き合ってくれた神様には正直頭が上がらない。そんなレオの様子に、チュートは愉快そうに笑った。
「はっはっはっ。魔王のお兄さんは面白いなあ。じゃあ、そんなお兄さんの次の転生先を発表するよ。ジャジャジャン!」
ウクレレでドラムロールの音を表現するという魔技を披露するチュートは、実は結構なテクニシャンなのかもしれなかった。
「ぱんぱかぱーん! おめでとうございます! なんと、お兄さんは人間の勇者になって異世界転生者を狩りまくってもらうことになりましたっ!」
どこからか大量のクラッカーが鳴り響き、紙吹雪の嵐がレオを襲った。
頭上を見上げれば、いつのまにか巨大なくす玉がお祝いの垂れ幕を揺らしている。
「さて、このお気持ちをいま一番誰に伝えたいですか?」
「……そうだな。とりあえず、この困惑の気持ちをそなたに伝えたい」
頭にかかった紙吹雪の大群が髪に絡まり、なかなか取れなくて難儀だった。
「えー、テンション低いなー。もっと喜んでよ、お兄さん。せっかく厳正なる抽選の結果、栄えある大役に選ばれたんだから」
「そう言われてもな。異世界転生者を狩る勇者?」
「うん、そうだよ。格好良いでしょ」
「異世界転生者とは聞いたことがない名称だ。異世界漂流者とは違うのか?」
異世界漂流者とは、稀に他の世界から迷い込んでくる者達のことを指す。
魔王城ではずっと異世界に関しての研究を進めており、次元の異なる異世界が存在すること自体はほぼ確実視されていたことだ。
ただ、異世界漂流者のデータを元に、他の世界への渡航は何度も試みられてきたが、未だ成功例の報告をレオは聞いたことがない。
「異世界転生者っていうのはね、他の世界から転生してきた人達のことだよ。あはは、そのままで分かりやすいでしょう」
「ほう、そのような者達もいたのか。そこまでは我ら魔族も掴んでおらなんだ」
元々、死した者の魂の行方には魔族内でも諸説が分かれていた。それが他の世界から生まれ変わる者がいるなどという事実が知れれば一大センセーションを巻き起こすだろう。
「まあ、普通はそれぞれ一つの世界の中でだけ転生を繰り返していくものなんだけどね。時々、不正に他の世界に転生させたりする輩がいるんだよ。しかも、異世界の記憶を持ち越しさせたり、酷いときには変なチート能力を仕込ませたりさ」
困ったものだよ、とチュートは肩をすくめた。
「全く、このまま異世界転生者が増えれば、お兄さん達の世界は駆逐されかねないよ」
あっけらかんと終末を予言する神の言葉に、さすがのレオも眉を僅かに寄せる。
「それは、どういう意味だ?」
「だって、考えてもみなよ。これは言わば凶悪無比なウイルスでサイバー攻撃を受け続けているようなものだよ? 侵略戦争を受けているのと同じなの。チュートちゃんが創った世界が本来の道筋を外れて改竄されていっているんだよ」
幼い少女の姿をした神様は手にした楽器を指差した。
「具体例を出そうか。これ何だー?」
「ウクレレであろう?」
「うん、そうだね」
見たところ何の変哲もない普通の品だ。昔からある、ただのウクレレ。こんなものは、どこにだってありふれているだろう。きっと誰もが同じ感想を持つに違いない。
「これはね、他の世界から伝わってきたものなんだよ」
「うむ?」
「元々、お兄さんの世界にはなかったものなのさ。ある異世界転生者が前世の記憶を頼りに、こちらの世界でも同じものを作ったってわけ。それが浸透して、今やお兄さんの世界の常識の一部にまでなっちゃってるんだ。びっくりした?」
「なんと」
レオは不覚にも魔王流心得の一つを疎かにするところだった。
魔王たる者、どんなにビビッていても内心を悟らせてはならない。
「ちなみに、お兄さんを殺した勇者も異世界転生者だよ」
「なんと!」
今度こそ、レオは完全に魔王流心得の教えを反故にしてしまっていた。
正直、ここまで驚いたのは生まれて初めてかもしれない。それほどの衝撃が体中をかけめぐった。
「魔王のお兄さんはね、本当はまだ死ぬ予定じゃなかったんだ。それを異世界転生者は、歪に蹂躙した」
「……」
「断言するね。この先も同じようなことは起き続けるし、事態はもっと深刻になっていく。元々の世界の住人達は、異世界からの侵略者に気づくこともなく取って代わられていくよ」
つまり、旧人類が新人類によって滅びの憂い目にあうようなものか。歴史を振り返ってみれば、過去にそのようなことは幾度となくあった。今度はそれが異世界間で起こっているということだ。
「分かったかな? 異世界転生者がどれだけ不安定で多大な影響を与える存在であるか。しかも異世界漂流者と違って、転生という形で異物ではなく世界の一部としてシステムに組み込まれてしまっているから対処が厄介なことこの上ないんだよ。こっちも色々手は打っているけどね」
その方策の一つとして、レオにお鉢が回ってきたというわけらしい。異世界転生者をウイルスとするなら、ワクチンとなるべき存在を創ることにしたのだ。
「異世界転生者は排除されるべき存在なんだ。お兄さんには彼らを駆除するのに最も適した転生先を用意しておいたから、頑張ってね」
その転生先が勇者だというのは何とも皮肉な話だった。
「……と、色々言ったけどね。結局チュートちゃんの言いたいことは一つなんだ」
いきなりチュートは海に向かって大きく振りかぶり――手にしたウクレレを豪快にオーバースローで投げ捨てた。
「異世界転生者なんて大っ嫌いだ!
チュートちゃんの可愛い子達を苛めるな!!」
「おお」
言いたいことが二つになっているとは突っ込めないほどの見事な大絶叫だった。穢れなき綺麗な海に耳鳴りがする呪詛のエコーが響き渡る。
「どうも、ご清聴ありがとうございました」
息を整えたチュートがお辞儀したとき、思わずレオは拍手を禁じ得なかった。
ワイプ「皆さん、こんにちは。ヒロインというかほぼ主役と言っても過言ではないのに未だ登場していないワイプです」
レオ「うむ。言いたい事は分かったから少し落ち着け」
ワイプ「魔王さんと神様の回が続きますよね。これぞ本当の神回でしょうか?」
レオ「本当に落ち着け、ワイプ」
ワイプ「神様が熱い回なのは間違いありません」
レオ「それは、まあ間違ってはいないが。チュートの異世界転生者嫌いは治りそうにないな」
ワイプ「当たり前ですよ。神様からしたら大切にカスタマイズしていたマイマシンを、ウイルスでおしゃかにされたのと同じようなものなんですから」
レオ「……チュートにしても、お主にしても、例え話がちょいちょい理解不能の領域に突入するな」
ワイプ「異世界漂流者も相当に迷惑な存在ですが、異世界転生者は更に上に行きますよ。人様の世界で好き勝手やって、恥ずかしくないんですかね」
レオ「お主も相当筋金入りよな」
ワイプ「魔王さんは、やけに冷めてますね」
レオ「いや。ただ、お主らは異世界の者を嫌悪しているわりに、異世界ネタを嬉々としてよく振ってくるな、と少し不思議でな」
ワイプ「う。そ、そんなことは、ありませんよ?」
レオ「チュートもウクレレを弾いているときは妙に楽しそうであったしな」
ワイプ「さ、最後は海に投げ捨ててたじゃないですか」
レオ「その後、すぐにウクレレに謝りながら拾いに行っていたぞ」
ワイプ「……まあ、あれですよね。ウクレレに罪はありませんよね」
レオ「うむ。チュートも『ついポワッとなってやった。今は少し反省している』と言っていたぞ」
ワイプ「……ポワッ、ですか」