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隠棲の魔女の失敗  作者: からは
王城にて
8/19

5

 見上げるほど大きく取られた天井。それを眺める余裕があることに少し安堵した。

 部屋張りの布はウォルトという艶やかな生地を白染めのまま使い、対して調度は赤を基調としている。

 政務で使用されている場所はみなこの基調で構成されていて、兵舎は青、王族の私的な空間は黄色といった具合に部外者が誤って入り込まないように配慮された形となっている。

 この先をもう少し進めば王が謁見に使用している大広間に着く。

 左右を絢爛に磨き上げられ一分の隙もない回廊をユールノイアは柔らかく敷き詰められた絨毯を踏みしめながら迷いのない足取りで進む。

 後ろに従えた騎士二人もまた確かな足取りでユールノイアに続いた。

 やがて謁見の間が見えてきて足を止めると扉前に控えた兵が気付き彼に礼をとると道を開けた。

 それに目で合図を送り進もうとするが、踏み込む足取りが一瞬逡巡を見せる。

 入れば全てが始まり後には戻れない。そんな緊張感が意識を支配した。

 一つ、呼気を整える。

『だから特に封じの魔法は必要ないわ』

 そう魔女が断じた。彼女の魔法は必要はないと。

 目を閉じればしっとりと濡れたような彼女の黒い瞳が脳裏を過ぎった。

 ひたりと見据えられ揺るぎのない眼差しは鮮やかで。相反するような緩やかな声が耳に残っている。

 ゆっくりと目を開けると今度は確かな足取りで歩き出した。

 追随の騎士二人はその背に一礼すると扉前に控えた。

 

 

 

 広間に入ってさっと見渡せば望んだ顔ぶれがほぼ揃っていた。

 宰相、神官長、その他国政に主要に関わっている面々が一斉にユールノイアに視線を向ける。先程まで通常の政務が行われていて、終わった途端に王子が現れたものだから無理もない。

 その奥に視線を向けるとユールノイアより少し薄い金の髪を揺らした王と、隣には黒髪の王妃が座っていた。

 普段細かな政務の場に顔を出す王妃ではなかったが、今日は国境沿いの貧民について口を出してくるだろうと踏んでいた。案の定だ。

 その姿を目を眇めて見る。纏っている色彩はあまり変わらないのに、どうしてこうも受ける印象が違うのだろか。

 魔女を名乗る少女に感じたような神秘性も清らかさも感じなかった。夜の安らぎは遠く、ただ白い紙に墨を落としたような違和感だけが残る。

 確かにこの世界で黒髪黒瞳は珍しい。だがそれだけだ。

「ユニア国の河川事業で面白いことをやっていまして、我が国にも導入できないかと思い報告にまいりました」

 考えても仕方の無い事を頭の隅に追いやって話を始める。

 といっても実際に見聞したのはマユウなのだが、そ知らぬ顔で彼がまとめた報告を披露した。

 全て首尾よく済んだ暁にはうまい酒でも奢ってやらねばなるまい。

 彼の提案は非常に的を射ていてセイグリッドにも応用の利くものに思えた。とてもユールノイアの影武者の傍らで調べたものとは思えない。自国で落ち合った後に詳細を聞いてデメリットやリスク等を洗い出し、その対応策を講じたが、必要な情報は全て揃っていた。

 それを必要に駆られたとはいえユールノイアの提案として報告している。…やはり酒だけでは足りないだろう。

「だから問題の地域にはこの方法で対応できると思ってます」

 王子の身では国の方針の決定権はない。采配は王を初め諸侯達に委ねられる事になる。

 その後いくつかの質問がありそれに答えた。感触は悪くはなく実施の方向で考えてもらえそうだ。

「それにしても遊学から帰るなり、帰国の挨拶もなしにこれか」

 王から言葉があり、少し肩の力を抜いた諸侯達の様子からこの場はこれでお開きになりそうだ。そもそもそれを狙って終盤に押しかけて来たわけだが。

「それはすいません。帰ったら皆さんがお揃いと聞いてこの話を聞いてもらうことを優先しました」

 悪びれずに言い、そのまま簡単に礼を取ってみせた。

「ユールノイア、ただいまユニア国から戻りました」

 芝居がかった仕草と少しおどけた口調で帰国の口上を述べる。その様子に周囲から和やかな忍び笑いが漏れ聞こえた。

「これでいいですか」

「う、うむ」

 渋い顔で王は頷き、遊学は如何であったかと尋ねようとした

「道中は恙無く?」

 ここにきて王妃がようやく言葉を発した。一瞬魔女との会合を揶揄でもされたかとひやりとしたが、その面には表情は余りなくこちらに関心が余りない事が伺えた。話が他所に飛び長くなりそうなので中断させたかったのだろう。それとも王子を気遣う役割にでも目覚めたのだろうか

 

 一応一人息子が久々に帰ったというのにとユールノイアは笑う。世継ぎの王子としてきちんと務めていれば彼女は特にこちらに干渉しない。大事なのは王の子を生んだという事実だけだから。

 正直助かったと思っている。彼女が構わなかったからこそネフィーレ様に会い兄レイドに目を掛けて貰えたのだから。お陰である程度まともに育つことが出来た。

 今回も目隠しをしたという魔女の実力を疑うわけではないが、遠見自体をあまり行わなかったのならこちらも隠匿にあまり気を払わなくて済む。

 と言っても今日ここまでの話だが。

「ええ有意義に過ごさせてもらいましたよ。かの国は学ぶ事も多く、今回の遊学は大きな糧になります」

「そう、それは良かったこと」

 彼女の様子を注意深を払いながらユールノイアは不敵な笑みを浮かべた。


 ―さあ、始めますか。


 全ての物事に決着を。


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