表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隠棲の魔女の失敗  作者: からは
不思議な森にて
3/19

2

 魔女の言葉を裏付けるようないくつかの古い伝承や現在の記録などについて聞けば魔女は知っている限りの事を教えてくれた。

 帰る段になって、何故か普通の家を後にする時ように見送ると言い出した。本当に普通の家に来たかのようで思わず苦笑する。

 外に出ると魔女に声を掛けられて渋々といった様子で中から男が出てきた。まだ年若いその姿を見てユールノイアは瞠目し言葉が出なかった。

 浅黒い肌。薄い朱の瞳。既に滅ぼされたと言われている魔族の色彩を帯びた男だった。

「かつての戦争の折に聖女の目を掻い潜って何人かの魔族を逃しました。一応人に報復をしないこと恨まない事、子孫に怨恨を伝えないことを言い含めてあります。今も世界の片隅で身を隠しながら生きているでしょう。この子は王族の末子でした」

 魔族は本来人とは違う時を生きる。争乱を経験していたのなら人でいうと既に結構な年齢になっていると思われるのだが、見た目はユールノイアとあまり変わらなかった。

 男を振り返りながら魔女は言葉を続ける。

「本当なら隠したままの方が良かったのですが、それでは歩みよりも有り得ません。どうか後世に禍根を残さないよう魔族のことを伝える努力をしてください。一国の王になる人間として」

 ユールノイアは第二王子ではあったが、第一王子であった兄は既に儚くなっている。

 兄は自分と違って王妃の子供ではなかった。疎まれていつもきな臭い仕事を押し付けられていた、命が尽きるまで。

 王はまだ健在だが継ぐのはユールノイアになる。圧し掛かる重責は承知している。

 分かりましたと頷くと男に向かって誓いを立てた。

「この命尽きるまで尽力しよう。そして子々孫々に伝えよう」

 それでもじっとりと睨んだままの男に、やはり一族を滅ぼした人間の子は簡単に許せるものではないのかと一旦は肩を落とした。

 しかしユールノイアを睨んだまま魔女の前に出てくる様子にそうではないのだと悟った。少女の姿をした彼女が見えげるくらいの背があり、鍛えているのか肩幅も広い。そうするとすっぽりと魔女は隠されてしまい、彼女は邪魔だといわんばかりに押し退けようとするが男は頑として動かなかった。

「何で邪魔するの?意地悪しないの。助ける代わりに恨まない事を約束したでしょう?」

 見当違いにむくれる彼女に他人事ながらも頭を抱えたくなった。何てことだ!英知溢れる魔女殿はこんな子供染みた独占欲が理解できないとは。

 始終男に向かっての子供扱いなのにも目を覆いたくなった。

「ええっと、魔女殿は何故その男だけ手元に置いているのですか?」

 他の魔族は遠くに居るような事を言っていた。何かしら特別な気持ちでもあるのではないかとフォローのつもりで聞いてみた。

「何故って、万が一にでも人に対する反旗の御輿に担がれないようにです」

 失敗した。それはもう盛大に失敗した。

 男の視線が更に鋭さを増してユールノイアを冷ややかに切り付けた。居た堪れない。早々に立ち去るのが得策だろう。

「ではこれで帰ります。……魔女殿ありがとうございました」

 最後に名前を呼ぼうとして、……知らないことにようやく気が付いた。

 尋ねようかと彼女逡巡したが、こんな場所で自分を世界から隔離して生きている先ほど聞いた言葉を思い出して思い止まった。

 聡明な彼女の事だ、異界から召喚されて王妃になった聖女の顛末を予想して力を温存していたのかもしれない。また他に目的があるのかも知れない。自分には立ち入る権利はないだろう。

 それでも国許を出る前からユールノイアの行動を見ていたと言っていた。王妃の現状も知っていたようだった。セイグリッドがどんな行く末を辿るのかきっと気に掛けていてくれたに違いない。

「あなたみたいな人が聖女として残っていてくれたら、いやあのままセイグリッドに居てくれていただけでもいい。そうであったならネフィーレ様も兄上も今頃は……」

 今更言っても仕方のないことだ。頭を振ってユールノイアは言葉を続けるのを諦めた。

 そのまま一礼すると足早に森へと向かった。


 王子を見送って魔女とされた少女は己があまり表情豊ではないことに感謝した。でなければ動揺を悟られてしまっただろう。

『いやあのまま――そうであったならネフィーレ様も兄上も今頃は……』

 分かっている。数え切れないくらい悔いた。

 ネフィーレは王の側妃であった。目を引く容姿でも際立った才もなく高い身分もあった訳ではなかったが、おっとりと笑い誰にでも優しく公平な人間であった。召喚されたばかりの少女に乞われるまま本の読み方と一方的ではない世界の歴史について教えてくれた。

 少女が一方的な蹂躙に加担するのを潔しとせず去ろうとした時も、察知したが止めるどころか見送ってくれた。

 そのまま隠遁し世界の書物を読み漁り、召喚と異界について調べている間にいなくなってしまっていた。

 正妃として立った異界の者に気兼ねして王はネフィーレの元を訪れなくなり、彼女も王宮の一角で目立たないようにひっそりと暮らしていた。

 たいした病ではなかった。しかし息を殺すように暮らしていた彼女の不調に誰も気が付くことはなく、そのまま手遅れとなった。

 運の悪いことに、唯一彼女のを気に掛けていた筈の息子は国境を巡る戦いに駆り出され長く留守にしていた。

 あの場に彼女を見ているものがいたならば彼女は命を落とす必要はなかったのだ。

「カズハ」

 不意に名前を呼ばれた。そうだ私の名前。呼ぶのはもう一人しか居ない。呼ぶ声は低くてじんわりと響いた。

 この子にも心配をかけてしまったようだ。別に何を話したわけではないけれど、こちらの事情を察している様子の彼が心配するのも無理はない。

 目を閉じてゆっくりと数を数えて心を落ち着ける。ここに連れて来た頃は自分の腰元くらいの背丈しかなかったのに随分と大きくなってしまった。

「なんですか?」

 動揺を悟られないようにいつもの自分を心がけて見上げる。首が痛い。

 思わず首を支えようと持ち上げた手を掴まれ、引かれた。

「……っ」

 崩れたバランスのままその胸へ飛び込む形になってしまった。

 危ない。咄嗟に口をしっかり閉じなかったら舌を噛んでいるところだ。

「ずっと引きずっている事があるんだろう?ここら辺で吐き出しといた方がいいぞ」

 そっと背に手の温もりが伝わる。

「でないと、後悔が執着に変わる」

 そうなのだろうか。胸に燻るこの思いは吐き出してしまえば薄れるものなのだろうか。問いかけようとしたカズハの後頭部を回された手で押さえられてしまい見上げることも叶わない。

 観念して温もりと鼓動に身を任せた。

「ここに来たとき、王には自分達を救って欲しいと言われたの」

 やがてぽつりと言葉になった。

「それが出来るだけの力があった。恐れや不安はあったけど、力を人の為に振るう事には異存はなかった。けれどそれが魔族討伐とはどうしても思えなかった。

 だから考えて、どうすればあの人達の為になれるのか考えて行動していたつもりだったのに……」

 『ごめんなさい』と真っ先に頭を下げてくれたあの人。王ですら自分達の都合しか言わなかったのに、嫌ならやらなくていいと笑って、王が持っていた召喚に関する本を隙をみて必死に写して写本を作ってくれた。

 あの人が心から笑える世界に出来るなら、勝手に召喚された事も戻る方法は知らないと言われた事も別に構わないと思えた。

「なのに肝心のあの人を救えなかった。別に聖女の力も魔女の力も要らなかった。ただ傍に居れば救えたのに」

 ぎゅっと力を入れたのにも関わらず堪えられなかった雫が頬を伝う。

「ただ、私があの女の近くに居たくないと思った所為で!」

 異性と話すときだけワンオクターブあがる声に眉を顰めた。何も自分で考えることをせずに言われたことを真に受けている態度に苛立ちが隠せなかった。聖女だなんて自分で名乗る姿にもう無理だと思った。

 だから何をするのにも城を離れることが大前提だった。全面的に争う気力も湧かなかった。どのみちあの頃力は拮抗していて、力ずくになれば捩じ伏せるのは難しかったが、何かを話すのも億劫で、彼女の目を掻い潜ってしか行動をしなかった。

 だからあんな寂しい終わり方をさせてしまった。

 もう取り返しがつかない。

 嗚咽すらもう堪えられなくなり、言葉はもう出てこない。

 ただ優しく背を撫でる手に慰められながら涙が枯れるまで声をあげて泣いた。

 

 それは華々しい聖女の物語の影で語られる隠棲の魔女の後悔の話。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ