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お疲れ様です。はい、これから実家に帰ります。いえいえお互い様です。
メルニーもだいぶ慣れてきた。
愛想は振り撒いて損になることはない。輝くばかりの笑顔をといわれても土台無理な話だが、別に挨拶するくらいのことは出来る。
マユウには「笑顔で武装できるようになると余計な好奇心に付け入られる隙もなくなるんですがね」と言われているが人には向き不向きというものがある。
別に人気者になる必要はない。
ただ目立たず騒がず周囲に溶け込めればいいのだとマユウに言い返したのだが、なんだか微妙な笑顔で黙殺されてしまった。
今日も恙なく仮初の平和の真っ只中だ。
天気とは裏腹に、
「ついてない」
どんよりとした雲を見上げながら呟く。
何より湿った匂いがもうすぐ一降り来ることを物語っている。
今日も帰郷に際しての手土産を物色していた。
始めの頃は何か形として残りそうな小物を選んでいたがそれが部屋の中に溢れてくると流石にまずいと悟った。今は後に残らなそうな菓子などに落ち着いている。
なるべく日持ちのするものを、それでもとびきり美味しい物なら別に拘らない。以前に買ったものと被らないようなものを、しかし好評だったならまた買っても良い。
なかなかどうして難しい。
じっくり吟味したいところだけど余り時間をかけると以前の二の舞になってしまう。
メルニーは人攫いらしき連中に襲われた時のことを思い出した。あれから学習した。町の警邏にあたっている自治兵は大通りを中心に巡回をしている。人通りの多い場所の方がトラブルも多い。普通の人間はだから人通りの多い道を選ぶ。遅くなったからと言って裏路地で近道をしてはいけなかったのだ。
あの後メルニーの魔法、一般的には高度と言っても良い魔法を見た男と遭わないように努めた。あの辺りをうろつかない様にして警戒していたが功を奏しているようだ。
暫くは城下に出ることも控えていたが長く続けられる話ではない。
結局のところ気にしすぎるのものでもないと思い直した。魔法自体は一般的だ。しかも一般庶民ならば遠見しながらの転移がどれだけ高度か預かり知らぬ事だろう。万が一あの男に出くわして何事か聞かれても「魔法に長けてて城勤め」と言えば良いだけの話だ。本当のことだし。
「あっ、さっぱりして美味しい」
柑橘系の果物に甘味を加えて煮詰め干したものらしい。これなら日持ちもする。
試食用に買い食いしていた分をきれいにして土産用のまとめ買いをしようと振り返ってギシっと固まった。
「それにするのか?だったら急がねーと売切れる可能性もあるぞ」
あのおっさん商売っ気ねーよなと男は嘯く。
特に突出した特徴はなく平均的な容貌に少し短めの アガットの髪だけが目に入ってくる。
一瞬の凝視を頼りに避けに避けまくった顔だ。あの切れ長の濃茶の目は間違いない。
えっと、どうするんだったけか。行き成り現れた男にメルニーの頭はパニックになってしまった。
「わたしは魔法に長けているので城勤めで」
「はっはは、そっちかよ。普通は『あなたどなた?』から始めるもんなんじゃねーの?とぼけるならさ」
なんとか絞り出したセリフを男が笑い飛ばした。
メルニー対人経験値は残念ながらかなり低かった。
『』
笑顔で促され男がやっている店に連れてこられた。無視したかったけど、このままこの男を放置するのも怖かった。
如何にも酒を提供する店らしく昼間の今は門前からして人影がない。鍵をかける音がしたが別に気にする必要はない。いつでも逃げれるし相手もそれは分かっているだろう。
だからあれは外から万が一にでも話を聞かれないためだ。
歩いているうちにちょっと冷静になれた。
あれが高度な魔法であることを見抜いているということは魔法に近い人物だと思う。
一応この国で魔力が高い人間は把握されている。自由がないということはないし職業だって好きに選べる。ただ「力」を持った人間を放置する方が危険だ。
メルニーも城に入る時にリストを渡され把握しろと言われた。まあ名前と絵姿、それと特記事項しかなかったから緩いものだ。所在地は?と質問したら引っ越す度に調べるのは面倒だと言われてしまった。必要なら出身地くらいは分かるぞとも。
そのリストに20代くらいの赤毛の男はいなかった。
となると隠れるのが上手い人かリストに友達がいる人か、前者ならあまり騒ぎ立てやしないだろうし、後者ならば上手く誤魔化せるかもしれない。
うん、大丈夫だと思おう。
男はカウンターの奥へ潜り何やらガサゴソとやっている。
「うーん。あんた酒はいけるか?」
困り顔をでそんなことを聞いてきた。私は首を傾げてスカートをちょっと持ち上げ自分の姿を強調して見せた。
なんといっても14歳だ。取り立てて禁止されている訳でもないけど、普通なら酒なんて買える稼ぎを持てないので庶民の子供が手を出す年齢でもない。貴族でも社交界に出る少し前から慣らすものだろう、その年齢にもちょっと足りない。
「だよなー」
と溢してガシガシと頭を掻く。男の意外と常識的なところを気にする態度に少し肩の力を抜いた。
「別に構わなくていい」
「あ、あれがあった!」
といってテキパキと動いたかと思えばメルニーの前にグラスが置かれた。
「これは」
「変なものは入ってないぞ。酒の味付け用の果物を絞った」
まあ目の前で作っていたので間違いはあるまい。礼を述べて口を付けた。
普通に美味しかったので殆ど一気に飲み干してしまう。
カタンとグラスを置いて一つ息を吐いた。
「さて」
それを合図に男が今までとは違った笑みを浮かべた。
「本題に入ろうか、あんた魔族だろ」
何故飲み干してしまったのだろうと、固唾を飲みながらぼんやり思った。
遠見しながらの転移はバスケットボールでドリブルしながらサッカーボールを操ることを想像してもらえれば良いかと。
一つならそこまで難しくないんですよ。
あと見知った場所なら行先の障害物にさえ気を付ければ別に遠見いりませんし。