11
薄暗い影が足元を隠す夕暮れ、メルニーは碌に塗装されていない荒れた道を懸命に走っていた。
分かったことがある。自分はあまり走るのは得意じゃないようだ。それは凸凹した道に足を取られるだとかいうことは関係ない。だって追っている男達には余裕すら見える。
ユールノイアの忠告は的中して、遅くに出歩くことになったメルニーは当然のように目つきの悪い男たちに囲まれ追い掛け回されている。
いざとなったらの奥の手がのである程度楽観していられるが、それでもひやひやと心臓に悪い。
角を曲がるといった死角に入るタイミングを狙って一気に先の方まで飛んだりしているがなかなか撒けない。もういい加減帰りたい。
少々強引だが次の死角になるタイミングで見切りを付けよう。これ以上長引けば体力が持たない。
そう決心して折よく曲がった道の途中に路地に入る小道が見えそこに飛び込んだ。
歩きを緩めながら息を大きく吸い込みなるだけ気を落ち着かせ、遠くに飛ぶために意識を凝らして遠見を行う。
桃の奥からこだまする心臓の音がうるさくてなかなか像が結べない。なんとか見慣れた緑に囲まれた屋敷が瞼の裏に見えた。
あそこに、飛ぶ。
強く思い、もう一度意識を集中させる。
ふいに目の前でぎぃと扉が開けられた。
何処かの家の裏口のようでそれまで扉の存在にすら気が付いていなかった。
しまった、そう思ったがもう遅い。
「あー、だれ?」
とぼけたような声で見知らぬ男が顔を出し、最悪のタイミングで術が発動した。
向けられた青みがかった濃茶の瞳と視線が絡んだ。
小鳥の鳴き声がのどかに鳴り響く。
ぬくもりを含んだ草木の匂いが花を擽った。
そんな風景に目をくれることもせず、
「やってしまった」
メルニーはがっくりと膝をついたまましばらく動けなかった。
蹴り飛ばす勢いで男たちが路地に雪崩れ込んできた。獲物が捕えられないとかなり苛立った様子だ。
確かに路地に入るのが見えたが娘の姿が見えないと罵声が飛ぶ。
「おいお前、ここに娘が一人逃げ込んできただろう!」
代わりにぼけっと突っ立っていた赤髪の男に仲間の怒声を上げる。
男は濃茶の視線を向けるとへらりと笑った。
「ああ、来たな」
屈強な男たちに凄まれても呑気なその様子に更に肩を怒らせて乱暴に襟首を掴み上げた。
「で?そいつはどこ行った?隠し立てするとためにならねえぜ」
男は一瞬笑いを引っ込めたが再びにやりと笑った。
何も答える気のない舐めた様子に仲間が問答無用で拳を振り上げた。
次の瞬間。
「ぐえぇ」
みっともなく声を上げ吹き飛んだのは仲間の方だった。
「なあ、よーく見なよ。力付くで『お話』していい相手かどうかさ。場数は踏んでるんだろう?」
自分より上背のある男をいなした筈なのだが何も気負った様子も見ない。
こういう多少腕に覚えのあるバカも案外少なくない。それを分からせる必要があるようだ。
「ははは、吠え面かくなよ」
数分後。
「ってこっちのセリフなんだけどね」
聞こえてないか?そう男は手を叩きながら呟いていた。
足元に転がった男達を一瞥して
「ああ、あの子のことは忘れてもらわなきゃいけないな」
思い出したように手をポンと打ってうんうんと一人頷く。そうして先ずは手近の男を足元から引っ張り上げるた。