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隠棲の魔女の失敗  作者: からは
王城にて
12/19

8

 カタンと音がして誰かが扉の外に立った気配がした。

 ふふふと編み物をしていた手を止めて忍びきれない笑いを漏らす。目の前の夫も似たようなもので錐の手入れをしていた手を止めて二人して視線を交わして笑い合う。

 彼女はいつそう。勝手に家の中には現れるくせに律儀に扉の前でノックをして伺う。

 この家にはもう自分と夫しかいない。どんな些細な音でも届く。

案の定トトンと木を叩く音が響いた。

「どうぞお入りなって?」

 小さな声で応えがあって、久方振りの顔が現れた。

「待ってたのよ」

「お約束を果たしに来ました。もし止めるんなら今のうちに」

 まるでこれからの事が悪いことのように神妙に言うもんだから噴出してしまったわ。

「ほうら見てくれこの箪笥を。私が作ったんだ。家具職人として充分やっていけるとは思わないか」

「あらだんな様。私の作成した服もなかなかのものでしてよ。お針子としてやっていけますわ」

 新しい家具や服を見せびらかす。ここ数年の集大成だ。わくわくしながら彼女の反応を待つ。

 ほうっと息をついて一つ頷く。続いて素晴らしいですねという言葉を引き出した。

「やったぞエレナ。魔女殿の及第点を頂いたぞ」

「ええ。やりましたわだんな様」

 抱き合って喜びを分け合う。明るい未来への示しを得られたようでとても嬉しかった。

 ふと気が付いたように魔女殿が顔をあげた。辺りを伺うように耳を傾けてポツリと呟いた。

「人の気配がしませんね」

「ああ王妃が神殿に篭られたと聞いてな。おそらく決着が付いたのだろうと踏んで準備していた。家督は弟に譲り済み。使用人にも違う家での奉公先を用意した。家の中も処分できるだけ処分してある。いつでも向かえるぞ」

 それを聞いた彼女は諦めたように息をついた。何度か聞いた何もかもを捨てる事になるという説得はもう意味を成さない。それらは既に捨てたあとなのだと理解したのだろう。

 それらは貴族という身分であったり、ある程度の約束された収入であったり、想い出の地だったりしたのだが、我々を引き止めるモノではなかったというだけの話だ。

「待っていてくれ今準備をする」

 とは言っても予め荷物は纏めてある。少し大きめの鞄に当面の服と身の回りのもの。仕事道具と僅かな想い出の品と。持っていける物は限られているから厳選するのが大変だった。あれでもないこれでもないと二人で思い悩ませた日々も楽しい記憶として胸の内に収められている。

 カバンの中身を確認して旅装に着替える。これですら一番持って行きたいと厳選した一枚だ。娘と最後に一緒に選んだドレスだ。

 代わりにこれからは楽しい毎日になる。

 帽子を被りなおして魔女殿の元へ向かう。

 さあ、いざ行かん。新たな場所へ。

 

 

 

 こじんまりとした民家の上階に設えた書斎兼仕事場で彼はいつものように仕事に関わる作業していた。

 彼の仕事はあまり急を要したりするものでもないからその分自分を律しながら時間配分をせねばならない。なるべく定刻に作業することを心がけていた。

 カタンと書棚のあたりで物音がしたので振り返ると当たり前のように彼女がいた。

 まあここは私室ではなくて仕事場だから気安いのだろう。自分も特段気にすることなく受け入れる。

 それとこれとは別の話だと少し怒った振りをして彼女を咎めた。

「カズハさん。あの場に置いて行くのは少し無責任じゃありませんかね」

 帰るの大変だったんですよと数ヶ月前のことを振り返る。本当に大変だった。父と弟は何とか引きとめようと説得にかかるし、そもそもあんな長距離の転移を行えるほどの魔術は自分には使えず物理的に手段がなかった。

 なのに彼女はしれっとして嘯いた。

「頑張ったユールノイアに努力賞は必要だもの」

 自分は賞品か何かですか。

 それでも仕方ない。どうせ自分は彼女には甘いのだ。嘆きを持続させることは出来なくて肩を竦めて見せるに留めた。

 その澄ました顔に少しの意趣返しを思いついて彼女の手を取った。どの道これから仕掛ける事になるのだ。

「それで?今日は何のご用で?」

「お連れしたの」

 取られた手は差ほど気にならなかったのか間髪入れずに彼女は答えた。その言葉に仕掛けようとしていた手が止まった。

 連れて来た?誰を?

 口にするより早く仕事場の扉が開かれた。

 一組の老夫婦が感極まった様子で打ち震えていた。見覚えのあるその二人に思い至る前に持っていたカバンを放り出した二人が突進してきた。

「「まごー」」

 声を揃えて喚かれ突進してくる。

 受け止めながらそうだ小さい頃はよく可愛がって貰っていた祖父母だと合点した。

 ええっと?

 首を巡らせて視線でカズハさんに問う。

「ゼノンさまとエレナさまが一人残されたお孫さんと一緒に居たいと仰られていたのでお連れしたの」

 事も無げに応じられた。そもそも二人と交流があることも知らなかったから完全に寝耳に水の話だ。

 二人はしっかりとフルースに抱きついたまま各々訴える。

「なに、迷惑はかけん。ちゃんと自分達の食い扶持は自分たちで稼ぐ」

「そうですよ。近所に家を構えるから時折顔を見せてくれるだけでいいの」

 まるで手を離したら今生の別れになるとでもいうようにひしとしがみ付く。

 別にと思う。

 可愛がって貰った記憶があるわけではない。

 仕方のない話だ。立場的なものも母の生前から良いものではなかったし、生家は王宮に通えるほど立派なものではなかった。それでも季節ごとに届く手紙や贈り物が彼らが母や自分を気に掛けてくれているだろうことは充分伝えてくれていた。

 そうだ彼らが母や自分の訃報をどう思ったかなんて気を回す余裕もなかった。

 自分のことに手がいっぱいで。

 それをカズハは気にかけてフォローしてくれていたのか。

 淡々とした素振りで顛末を見届けていた彼女に「ありがとう」と伝えると、珍しくにっこり笑って「いいえ」と返してくれた。

 それだけでなんだか幸せな気分になれたから今日はもういいかと思った。

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