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企画参加短編集

ホーリー・レイニー・クリスマス

作者: 高砂イサミ

ぐうたらパーカーさん主催の短編企画「陽だまりノベルス;クリスマスバージョン」参加作品です。


 外はどんよりとしたくもり空だった。天気予報によればもうすぐ雨が降り出す。

 12月も終わりに近づいた町で、道行く人の様子はせわしなく、しかしどこか楽しげだった。

 そんな中。

 町の小さなレストランに、沈んだ様子の娘がいた。ブロンドの髪に青い瞳。人形のように美しい娘だ。

「……あの、お客様」

 そんな彼女にバイト風のウェイトレスが歩み寄った。おそるおそるといった表情で、声をかける。

「ご、ご注文は……?」

「ああ。じゃあハンバーグセットといちごのパフェと、紅茶を追加で」

「まだ召し上げるんですか!?」

 テーブルにはすでに皿が積み上がっていた。その数は尋常ではない。細身の娘と見比べて唖然としてしまうレベルだ。

「食べるから注文したんだけど」

「あっ……失礼しました!」

 そそくさと退散したウェイトレスの少女は、調理場の老婦人に報告をする。

「どうしようおばあちゃん。あの人、お店のもの食べつくしちゃうよ」

「おやおや」

 小柄な老婦人はきびきびと手を動かしながら、笑顔でふり返った。

「そうしたら、また食材を買ってこようねぇ」

「あと、あんなに食べて、ちゃんとお金払ってくれるか心配だよ」

「一度に払ってもらえなくてもね。あとでもらえればそれでいいけどねぇ」

「もーおばあちゃん、のんきすぎ!」

 等々のやりとりはさておき。

 もの憂げな娘は、窓越しに空を見上げてはため息をついていた。

「雨、雨、雨。きっと……明日も」

 皿に残ったパセリをフォークでつつく。きゅっと、その手に力がこもる。

「雨はキライ。――あいつも、キライ」


「誰のことが嫌いだって?」


 靴音と、無駄に鼓膜を刺激する艶やかな声とが、彼女に近づいた。

 スーツ姿の青年だった。小脇に茶色の革コートを抱えている。すらりと背が高く、身のこなしはしなやかだ。ちょうど奥から出てきたウェイトレスの少女は、その姿を見た瞬間に口も目もオーの字にして固まった。かと思いきや真っ赤になってまた引っこんでしまった。

 しかし。

「……ウザっ」

 金髪の娘は言い放ち、半眼で青年をにらんだ。青年は腕組みして腰を折り、彼女と目の高さを合わせた。

「『うざったい』。略さない。それと、かわいい顔がだいなしだよ」

「やめてやめて歯が浮くから! あなたのそういうところがダメなのよ! 顔はいいし声はいいし頭もいいし優しいしそれから」

「ほめてくれてるんだね。ありがとう」

「そういう完璧さが! うざったいって言ってるの!」

 どんっと机をたたく。わずかに汁が跳ねて彼女の服にしみをつくった。すると青年はさっと内ポケットからハンカチを取り出した。

「どうしたんだいハニー。怒っているのは、僕に対してだけじゃなさそうだね」

 ていねいにふき取りながら彼女の顔をのぞき込む。彼女はぷいと横を向いた。

「だって、今日はクリスマスイブだっていうのに、やっぱり雨なんだもの」

「ああ。そうだね」

「これまでいろんな場所でイブを過ごしたけど、私がいるときはいつも雨」

「そうだね。でも仕方がないよ。天候を操ることはできないんだから」

「せめて雪ならいいのに……」

「ハニー」

 青年のひとさしゆびが娘の唇に触れた。

「その辺にして、そろそろ出よう。これ以上体重を増やすと支障が出るよ」

「……」

「それと――昨日はごめん。減量中だからといって、君が楽しみにしていたプリンを勝手に処分したのは、本当に悪かったよ。もう許してくれないか」

 娘は案外素直にこっくりうなずいて、席を立った。

 そしてレジの前まで来ると、青年はぴっと指を2本立てた。

「カード払いでお願いします」



 2人はひとけのない丘の上まで来ていた。娘が暗い空を見上げて「降ってきた」とつぶやく。青年は微笑した。

「それでも、僕達は行かないと」

「わかってるわよ」

 娘は左のそでを少し引き上げた。金色の小さな腕時計がのぞく。それを見て、青年が目を輝かせた。

「去年のプレゼント、使ってくれているんだね」

 娘は口をとがらせた。照れ隠しのようだった。

「まあね……せっかくもらったんだし、使わなきゃもったいないじゃない」

「嬉しいよ」

「静かにして。集中できないでしょ」

 娘はぶっきらぼうに言い置いて、手のひらを天にかざした。

 そして――叫ぶ。


『 変・身ッ!! ホーリーナイト・エナジーッ!! 』


 身につけていたクリーム色のコートがはじけた。キラキラと全身を包んだ光の中から現れたのは、赤を基調に、白いふわふわの縁飾りをふんだんに取り入れたど派手なミニスカート。

 最後に空中から現れた、やはりまっ赤な三角帽を装備して、娘はびしっとポーズを決めた。

「どう?」

「いいね。だけどかけ声がなければ変身できないところは、まだまだお子さまかな」

 青年はすっと目を閉じる。彼もまた全身に光をまとった。

 光は形を変える。膨張する。踏み出した前脚の蹄がカツンと鳴った。

 彼の鼻面を、娘が軽くはたいた。

「トナカイのくせに、生意気」

『君より長く生きているけどね』

「まあ……こんな雨女サンタにつきあおうなんて物好きなトナカイ、他にはいなかったけど」

 青年、もといトナカイは、ふっと表情をやわらげた。

『僕のパートナーは君だけさ、ハニー』

 ぶるりと首を振る。と、彼の背後にはそりが現れた。

 娘はそこに乗り込んだ。

「行こうか」

『ハニーといっしょに飛べるのならば、たとえ火の中雨の中』

「台無し! バカ!」


 そりは音もなく飛び立った。

 あとにはわずかに光の残滓が散って、きらきらと舞い、雪のように解けていった。


                                   END



メリークリスマス♪

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― 新着の感想 ―
[一言] クリスマス終了まで間に合ったー! 拝読しました。 まさか、主人公の女の子よりキャラが濃いとは(笑)少女マンガの雰囲気ですね。男子向けの本しか読まない私にとって、新感覚の味わいでした。 と…
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