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一難去ってまた一難?

 



 出発したその日に盗賊団の襲撃に遭ったアズリアたちだったが、残りの二日は特にこれといって大きな問題が起きることはなかった。

 ナイトメアの人たちをつれながらも、馬車は無事に王都マンサールへと到着を果たしたのだった。


「おぉぉ…! 凄い! 都会! でかい!」

「うるせえ!」


 馬車の中から覗く街並みに春太は興味津々とばかりにその身を乗り出していた。

 そんな彼の興奮して大きくなった声にシエルは煩いと叫ぶものの、どうやらその叫びも彼の耳には届かなかったらしい。

 見慣れぬ物を見つける度に「あれは何?」だの「これは?」だのと声を上げてシエルへと話しかけていた。

 その一方で、口では煩いと言いながらも、シエルは春太の問いかけに対しぶつくさと言いながらも律儀に答えていく。


 その様子はまるで年の近い兄弟、もしくは親友といったところだろうか。


 出会ったばかりの頃は威嚇するかのように暴言を吐いていたシエルだったが、春太の情けなさや頼りなさ、そして素直さにすっかり絆されてしまったらしい。

 始めは春太が一方的に話しかけていたのだが、時間が経つにつれて、次第にシエルからも話しかけるようになっていった。

 今では春太の持ち前のヘタレさにイライラしながらも、甘いだのそんなんじゃすぐにナメられるだのと彼のことを心配し、色々と世話焼きするようになっていた。


 そんな彼らの微笑ましい様子を見守りながら、アズリアも春太ほどではないが、実際に目にするマンサールの街並みに目を輝かせて感動していた。


「凄いだろ?」


 アズリアと同じく、二人のやりとりを見守っていたサリウスが、外の景色に密かに感動していた彼女に笑いかけた。


「はい、本当に。凄く活気に溢れているというか、長閑で、街並みも綺麗だし、もしできるならこの都市に住んでみたいぐらいです」


 アズリアが心からの笑みを浮かべて素直に感動していることを述べると、サリウスは予想外の反応に目をぱちくりとさせた。

 そんな彼の様子に少しむっとしたものの、まあそれなりに生意気な態度を取っていたからこんな反応をされるのも仕方がないだろうと思い直し彼女は苦笑を浮かべた。


「これでも感動してるんですよ?」


 驚いて目をぱちくりとさせていたサリウスだったが、彼女の苦笑につられるように「まいったな」と頭をかいて苦笑した。


「悪い。なんというか、あまりにも素直な反応だったから、つい」

「大丈夫です。まあ私もそういう反応をされるほどに生意気なこととか、色々やってしまいましたし」

「はは……そう言ってくれると助かる」


 アズリアの言葉にサリウスが緩く笑いながら彼女の頭を優しく撫でた。


「いつもこのぐらい素直だったら、もっとモテてただろうにな」

「……私は春太みたいに素直の安売りはしてません」


 自分の頭を撫でるこの手のなんと大きいことだろう。

 この手がどれほどの命を救い、どれほどの命を奪っていったのか。

 それはアズリアの知ることではない。


 アズリアが知っていることは、彼の手は大きく、温かく、優しいということだけだ。


 最初はなんて無茶苦茶な人だろうと思っていた。

 もっと常識的に物事を考えればいいのに、とも思っていた。

 しかしサリウスはアズリアの常識など通用しないほどに強く大きな存在だった。


 春太がシエルに捕まえられたとき、彼は「大丈夫だ」と言った。

 その声にどれほど救われたことなのだろう。


 騎士団の団長。その肩書は伊達ではないということが、この短い間だけで十分に思い知らされた。


 一緒に馬車の中で過ごしたシエルから、彼がどれほど凄い人物なのか嫌というほど語られたのをアズリアは思い出し、つい笑ってしまいそうになる。

 シエルはサリウスを目の敵にしていると言っていたが、本当にそれだけなのだろうか。

 その割には彼のことをよく調べているような気がしてならなかった。ただ目の敵にしているというだけで、そこまでするのだろうか。

 さらに言えば、サリウスの武勇伝を話しているときの彼の目はとても輝いていて、まるで自分のことのように自慢していたのだ。


 そんな彼を見ていると、シエルはサリウスのことが親愛という意味で好きなのではないだろうかとすら思えてきてしまう。

 しかしそれをシエルに言ってしまえば、彼はおそらく「気色悪い」と言って怒るに違いない。


「そういえばさっき、ここに住みたいって言ってたな」

「あ、はい。確かに言いました、けど」

「叶えてやろうか?」

「え?」


「俺と結婚すれば、ここに住めるだろ?」

「……は?」


 突拍子もない言葉に、照れるよりも先に、アズリアはただびっくりしていた。


「なんて、半分ぐらいは冗談だから気にするな」


 歯を見せて笑いながらアズリアの頭をぐしゃぐしゃに撫で回すサリウス。

 髪をぐしゃぐしゃにされていることに怒るべきなのに、アズリアはただただ戸惑うばかりだった。


 どうしていきなりそんなことを言ったのだろうか。

 さらりと言えてしまうものなんだろうか。

 いやでも冗談だと言っていたし、ただからかうために言ったのかもしれない。

 半分ぐらいは、という言い方に少し引っかかりがあったが、まあ、気にしないでいいのだろう。


 でももし、さっきのが本気だったとすれば。


 先ほどは照れることもなく、ただびっくりしただけだった。

 しかしあとになって考えてみれば、かなり、凄いことを言われた気がする。


 アズリアは自分の頬が次第に熱くなっていくのがわかった。


「……えっと、その、はい」


 とりあえず、サリウスの発言は冗談としてとっていいのだろう。

 あとから込み上げてくる恥ずかしさに顔を俯かせながらアズリアは小さく返事をした。


「……やばいな」

「え?」

「やっぱり嬢ちゃんは、その、いつもの方がいいと、俺は思うぞ、うん」


 そう言いながら、口元に手を当ててアズリアから視線を逸らし顔を横に向けた。


 今までアズリアの生意気な物言いばかりを見てきたサリウスには、そのいつになく素直でしおらしい彼女の姿がやけに新鮮に思えた。

 その新鮮さのおかげなのか、それとも彼女自身の容姿のおかげか。


「………」


 思ったよりも可愛いじゃねえか、おい。


 サリウスは柄にもなくそう思ってしまったのだ。

 彼女よりずっと年上のはずの自分が、騎士団の団長であるはずの自分が。

 彼自身もそんな自分に少なからず戸惑いがあった。


 次第に頬に熱が帯びていく。

 そのことに、サリウスは自分もまだまだ若いのだと思い知らされるばかりだった。


「あー、いや、その……まああれだ、ここに住みたいぐらい感動してくれて、俺もちょっとばかし嬉しかったのかもしれない」

「そ、そうかもしれません、ね! だってほら、騎士団のお仕事とか頑張ったりして、ここを守ってるんですし……思い入れは人一倍あるのかもしれない、です、ね」

「……ああ、そうだな」

「えっと、その、冗談でもそう言っていただけて嬉しかったです。私の嫁の貰い手を心配してくれたんだと、思うように……します……」


 その考え方はそれで悲しいような悲しくないような。

 自分で言ってしまったものの、アズリアは思いの外ショックを受けていたらしい。

 次第に尻すぼみになっていく声がその度合いを指し示しているかのようだ。


 そんな彼女の落ち込み具合にサリウスは苦笑を浮かべる。


「いやそんな落ち込むなって、な?」

「はい……行き遅れないよう頑張ります……」

「……あー、そんなに心配なら、もし行き遅れたら俺がもらってやるから、な?」


「ありがとうございま……えぇ?!」


 またもやアズリアの顔は真っ赤に染まった。


 これは、自分がよっぽど落ち込んでいたから、励ますつもりでそう言っているんだろうか。

 でもこうも続けて冗談を言われてしまうと、つい信じてしまいそうになる。


「ええと、あの……冗談ですよね」


 できればそうであって欲しいような、もしそうならそこまで言わせてしまった自分が悲しくなるような。


「どうだろうな」

「え」

「まあ、アズリアの好きなようにとってくれればいいさ」


 さりげなく「嬢ちゃん」から「アズリア」へと呼び方を変えたサリウスだったが、アズリアはそれすら気付かずに頭の中でぐるぐると思考を巡らせて混乱していた。


 自分の好きなようにとってくれればいいと言われてしまった。

 わからないから聞いたというのに、どうしてこんな意地悪な返事をするのだろうこの男は。

 今度は冗談だとも言わなかった。

 冗談だと言ってくれれば流すこともできたというのに。


 どう受け取ればいいんだ。どう受け取っていいんだ。


「そんなに考え込まなくっていいぞ。もっと気楽に考えた方がわかるかもしれないし、な?」


 誰のせいでこんなことになっているというんだ。

 アズリアは赤い顔をそのままにじとりとサリウスを睨んだ。


 もちろんそんな睨みなどサリウスに通用するわけもない。


 それどころか「しおらしいのもいいけど、こういう生意気な感じも悪くないなぁ」とサリウスが考えていることなど、アズリアは知る由もなかった。
















 王都マンサールへと入った馬車は真っ直ぐに城へと向かい、とうとう辿り着いた。


 春太はそこで、さらに目を輝かせた。

 彼の視線の先には立派にそびえ立つ大きな城。


 頑丈な外壁に覆われた中にあるそれは白く、その高さは見上げているだけで首が疲れてしまいそうなほどである。


「凄い! シエル、城だ!」

「んなの見ればわかるだろうがっ!」


 興奮した様子で春太はシエルに話しかけて再び視線を城へと戻した。

 その視線はもはや目の前の大きく立派な城に釘付けである。

 そんな彼を見ながら、シエルはふとその表情から感情を消した。


「……もうすぐで、お別れだな」


 自分はあくまで盗賊として捕まった身。

 わざわざ国王陛下に馬車で迎えられた春太とは行く場所が違うのだ。


「シエル……?」

「あのな。俺はお前のせいで捕まって、ここにいるってこと忘れてねえか?」

「ご、ごめん、俺、そんなつもりは」

「ってか元はと言えば俺が悪いんだからお前が責めることじゃねえよ」


 だからそんな情けない顔すんじゃねえ。

 シエルは笑った。しかしその笑みからは隠しきれない寂しさが感じられた。


「シエル……」


 出会いもあれば別れもある。

 それは春太にもわかっていたことではあった。

 しかし、まさかこんなにもすぐに訪れるなんて思いもしなかった。


 ただの別れならここまで悲しいと思わなかったのかもしれない。


 道が分かれていて、進もうと思った方向がそれぞれ違ったとき。

 また会いたいと思えば、そのとき道を引き返し、自分が選ばなかった道を選べばまた会えることだろう。


 だがシエルは盗賊で、さらにいえば盗賊団のリーダーだ。


 そしてこれから彼が行くところとは、おそらく、牢獄なのだろう。

 彼はあくまで犯罪者だ。

 もし捕まれば、その罪を償わなければならないのだ。


 果たしてその償いがどのような形となってシエルに降り注ぐのか。


 もしかしたら自分は、シエルに、二度と会えなくなってしまうのではないだろうか。

 それは、シエルをかけがえのない友人のように思っていた春太にとって、酷な事実だった。


「う、ぐ……シエル、おまえぇ……っ」

「なっ?! 馬鹿お前何泣いてんだよ! 男だろ泣くな! そういうのがウゼーんだよッ!!」

「俺だってかっこ悪いから泣きたくねえよ! でも悲しいんだよ! 分かれよッ!?」


「無茶言うな!! あーもー……泣くなって……調子狂うだろうが、ウゼーし」


 このときほど自分の両手が自由でないことをもどかしく思ったことはない。

 これでは叱り飛ばすことはできても、鬱陶しいから泣くなと、その頭を小突くことさえできないではないか。


 シエルはどうしたものかと悩み、悩んだ末に、サリウスの方へと向き直った。


「なあ、サリウス。非常に不服なんだが……頼みがある」

「どうした?」


 いつになく真剣な表情を浮かべる彼に、サリウスの表情も真剣なものへと切り替わった。


「ちょっとだけ、縄を解け」


 いくらサリウスといえども、自分のこの頼みを聞き入れてくれるかどうか、シエルにもわからなかった。

 しかし、頼むしか方法はないのだ。


「もうここまで来たんだ。俺も無駄な足掻きなんてしねえよ。絶対に逃げねえ。つーか、部下を置いて逃げられるわけねえだろ。だから頼む、解いてくれ」


 シエルは初めて、心からサリウスに頼み込んだ。

 まさか自分が彼に頭を下げる日が来るとは思いもしなかった。

 盗賊のリーダーが騎士団の団長に頭を下げる。普段ならその高い自尊心故にそんなことは絶対しなかったことだろう。


 しかし、今しかないのだ。


「……わかった」


 サリウスはその重たい口を開いた。

 騎士団の団長として、本来なら許されない発言だっただろう。

 場合によっては身分を剥奪されてしまうどころか、同じ犯罪者として見なされるかもしれない。

 それでも、サリウスはシエルを縛っていたその縄を解いた。


 あの自尊心の高いシエルがここまでやってのけて見せたのだ。

 それなのに、どうして拒否などできるだろう。


 もしこれで何か問題が起こったとしても、そのときは、全て自分が責任を負えばいい。


「何かあったらそのときは――俺が責任を取る」


 サリウスは覚悟を決めた。


「……悪いな、サリウス」


 縄を解かれ自由の身になったシエルは、素直に礼を述べた。


「おい、春太」

「うえっく、ひぐ……シエル?」

「ったく……いつまで泣いてんだこのヘタレッ!!」


 シエルはその手に拳を握り、春太の脳天に向かってそれを落とした。


「いってぇえええッ!!」


 鈍い音が馬車の中で響き、次いで、春太の悲鳴が響き渡る。

 遠慮のないその一撃はかなり痛かったらしい。

 だが痛みで悶絶する春太を気にもせず、シエルは言葉を続けた。


「男がピーピー泣くな! 野郎の涙なんかな、気色悪い以外の何でもねえんだよ!」

「おま、人が別れを惜しんで泣いてるっていうのに……!」


 酷い。そう言おうとした春太は、その言葉を飲み込んだ。


 何故なら驚いたからだ。

 シエルが、春太に向かって右手を差し出していることに。


「かなり不服だがな、お前と話すの……悪くはなかった」


 それは友好の意として求められたものだった。


「……うぅぅぅ、シエルゥウウウウ!」


 春太はさらに泣き出した。

 ぼろぼろと、堰を切ったのように、涙を溢れさせた。


「うあぁぁぁ……俺、俺……この世界に来たばっかりで、周りに馴染むので精一杯で、アズリアは優しくて好きだったけど、男の友達とか、いなくて……だから俺、シエルのこと、友達みたいに思えて……凄く、凄く……うれじがっだんだよぉおおおっ」


 涙で顔を濡らしながら、自分がどれだけシエルの存在を嬉しく思っていたのか、春太は何度も語った。


「馬鹿言うな。友達みたいってなんだよ……友達じゃ、ねえのかよ」

「俺たちは友達だぁああああっ」

「ってだから泣くなよ!?」


 差し出されたその手をがしっと両手で掴み、何度も何度も上下に揺らしながら春太はシエルと握手を交わした。


 ぐずぐずと泣いている彼を前にシエルは躊躇っていた。

 これを言ってしまえば、彼の涙腺はさらに崩壊してしまうことだろうことが予想された。

 しかし、今しか言う機会はないのだろう。


「……その、首の傷……悪かったな」


 軽い切り傷だったとはいえ傷つけてしまったことに変わりはない。

 今も彼の首に巻かれている包帯が視界に入り、シエルは顔をしかめた。


「シエルゥウウウウッ!!」


 彼の予想していた通り、春太はさらに泣き出した。


「だぁああ! 泣くなよ! ってか鼻水まで垂らしてんじゃねえ汚いだろうが!!」


 あといい加減そろそろ手を離せ!

 そう言いながらも、決して自分から手を振り払おうとはしないシエル。


 そんな二人のやりとりを眺めながら、アズリアは微笑ましい気持ちでいっぱいになっていた。


 春太があまりにも情けないけれど、これもひとつの男の友情というものだろうか。

 なんとも女々しい光景だ。

 そう思いながらも、アズリアはそこまで言うほどこの光景に嫌悪感を抱いてはいなかった。


 こんな友情もありかもしれない。

 少なからずそう思っている自分がいることに、アズリアは小さく笑った。


「ったく、お前らは……いつまでそうしてるつもりだ?」


 この光景をアズリアと同じく見守っていたサリウスがにんまりと笑い、二人の頭を撫でつけた。

 それはもうぐしゃぐしゃと髪を乱す勢いで。


「ちょ、何すんだやめろッ!!」


 怒ったのはシエルだけで、春太はそんなサリウスの行動にも泣いてしまっていた。


「おーおー、汚ねえ顔してるなあ……お前はちょっと泣き過ぎだな、春太」

「いやだってサリウスさんがぁあああっ」

「男ならな、そんなずるずると泣くんじゃなくって、泣きたいときは思いっきり泣いてすぐに泣きやめばいいんだ。そっちの方がかっこいいだろ?」

「……っひぐ、が、頑張り、ますっ」


 ずびびび、と鼻をすすり、ごしごしと目元を拭った春太。

 あんなに泣いていたはずの彼が、サリウスの一言で泣きやんでしまうとは。

 さすがは泣く子も黙る騎士団の団長なのかもしれない。

 何せ本当に泣いている春太を泣きやませてしまったのだから。


「それとな、お前がそこまで思うほど、シエルは酷い扱いにはならないと思うぞ」

「……え?」


 シエルは盗賊団『ナイトメア』のリーダーだ。

 それなのに、何故。

 首を傾げている春太を見ながら、サリウスは頭をかいた。


「これは言うのを躊躇ったんだが……もしかすると、こいつの罪はそんなに重くならないかもしれない」

「え、ほ、本当ですか?!」

「まあまだどうなるかわかったもんじゃないが、ナイトメアの盗みのやり方が、どう評価されるかにかかってくるからな」

「……あ、そっか……シエルたちは、盗んだのと同時に、悪行も暴いてたんだっけ」

「そのおかげで今まで闇に葬られてきた事件も解決したことがあるからな。ま、そういうこともあるから、そこまで酷い扱いもできないんだ」


 さらに言えば、シエルたちの『ナイトメア』は、一部の民衆からは高く支持されていることもある。

 何故なら彼らが悪行を暴いたことにより、違法な税金の巻き上げもなくなり助かった人たちも多いのだ。

 盗みを働いたことにおいてはさておき、その彼らのやり方に助けられた人たちが彼らを英雄のように思っている節もあるため、もし重い罰でも与えようものなら民衆からの反発も予想されるとのこと。

 今となって彼らのやってきた盗みのやり方が、重い罰を与えられないという意味で帰ってきたということなのだ。


 それを聞いた春太は、ほっと胸を撫で下ろした。


「そっか……そうなんだな……」


 彼は満面に笑みを湛えた。


「よかったな、シエル!」

「……なんでそんなに喜んでんだよ、人のことだろうが」


 自分の罪がそこまで重くならないかもしれないということにシエルもまたほっとしたものの、その顔に笑みが漏れてしまったのはきっと春太のせいなのだろう。

 まるで自分のことのように喜んでくれる彼の素直さに、シエルもまたつられるようにして笑った。


「まあそういうことだから、そこまで自分を責めるなよ?」


 サリウスも、そんな彼らを見て微笑ましい気持ちで笑った。


 三人のやりとりを静かに見守っていたアズリアはぼんやりと思った。

 男の子っていいなぁ。

 こんな真っ直ぐなやりとりをしているのを見ると、とても羨ましく思えた。


 女の子の友情というものには、裏と表がある。

 表面上では相手に友好的な態度をとっていたとしても、その裏では一体何を考えているのか。

 まさに腹の探り合いといったところだろう。

 アズリアはこれほどまでに裏表のない友情を目にしたことは、漫画や小説の中でしかなかった。


 できることなら自分もその輪の中に入れればいいのに。

 性別の壁という疎外感を覚えながらも、アズリアは少し寂しいと思っていた。


「……あと、アズリア」

「え?」


 初めてシエルに名前を呼ばれ、まさかこのタイミングで呼ばれるとは思いもしなかった彼女は、目を見開いた。


「そんな寂しそうな顔すんな。お前も、こいつの仲間だろうが」


 ほら、と差し出された手を見て、さらに驚いた。

 これはもしかしなくても、握手を求められているのだろうか。


「言っとくけど、ついでだからな、ついで!」


 どうやら、そういうことらしい。


「……ありがとう」


 アズリアが掴んだその手は、サリウスほどごつごつとしたものではなく、骨ばった、れっきとした男の人のものだった。

 なんだかこっちまで泣かされてしまいそうだ。

 アズリアは胸の奥底から込み上げてくるもので心がいっぱいになっていた。


「お前は結構しっかりしてるから、言うけど」

「うん」

「あいつは、頼りないし、情けないし、ヘタレで馬鹿で甘いから、多分、危ないことにも首を突っ込むかもしれない」

「うん、凄くありそう」

「……だから、その、そうならないように、ちゃんとあいつを見張っといてくれ」


 自分が襲撃したときのように、ならないために。

 そんな意味合いが込められた彼の言葉から、どれほど春太を心配しているのかが伝わってくる。


「……わかった。できるだけ、頑張る」


 にっこりと微笑んで、しっかりとその手を握った。


「あと、その……あれだ、気をつけろよ、お前も」

「私も?」

「お前の場合は、なんか春太の次に危なそうだからな」


 戦闘力が全くないアズリアだが、まさか春太の次に心配されるとは。

 それでも、それが彼なりの気遣いなのかもしれない。

 心配してくれる程度には、アズリアのことを気にかけてくれていたのだ。

 そのことが彼女にとってこれ以上ないぐらいに嬉しかった。


「ありがとう、シエル」


 感情のままに引き出されたその笑顔に、思わず、シエルは見惚れていた。


 彼女ほど綺麗な女性は中々お目にかかれないとしても、それでも今まで美女という美女を相手にしたことがあるシエルが、まさかこんな村娘の笑顔に見惚れてしまうことになるとは、それは彼自身が一番驚いていた。

 はっとしたシエルがそのことに気付き、薄らと頬を染めた。


「――も、もういいだろ! 早く行けッ!!」


 その言葉には、冷たさなど一切含まれていないことを、この場にいる誰もがわかっていた。
















 シエルとサリウスたちと別れ、アズリアたちはいよいよ国王陛下に謁見しようとしていた。

 と思っていたアズリアだったのだが、彼女たちを案内をしていた者は、それを許さなかった。


「アズリア様」

「はい」

「申し訳ございませんが、陛下と謁見をされるにあたって、お召替えしていただきます」


「……え?」


 何故。

 そう思った彼女の疑問を見透かしたように、案内人は口を開く。


「その……申し上げにくいのですが、陛下の前でそのような格好で会われるのは、あまりよろしくないので」

「……あ、そう、ですよね」

「春太様は勇者さまだということもあり、そのままの格好で会われても全く問題はないのですが、アズリア様はその……」


 春太は勇者だから着替えなくてもいい。

 しかしアズリアはただの村娘だから、そのままの格好だと失礼に当たってしまう。


 そういう意味合いが込められた言葉だとわかった春太は、眉間に皺を寄せた。


「アズリアは俺が無理を言ってついて来てもらってるのに、それでも駄目なんですか」

「春太様、お気持ちはよくわかります。しかし、そもそもアズリア様が陛下にお目を通されること自体、あまり許されないことなのです。アズリア様が春太様と一緒に謁見ができるのは、陛下のお許しがあったからこそなのです。これはアズリア様のためでもあるのです。もしそのままの格好で陛下の前へ出てしまっては、アズリア様が貴族や大臣たちの目からどう映ってしまうのか……」

「それは……」

「どうかおわかりくださいませ、春太様」


 案内人が深く腰を折った。

 そこまで言われてしまっては、礼儀を知らない春太でも口を噤まざる負えなくなる。


 アズリアは改めて、自分と春太の違いというものを目の当たりにした。


 こんなにも近いのに。

 春太は勇者であって自分はただの村娘にしか過ぎない。

 その違いを、これでもかというぐらい思い知らされたときだった。


「春太、ありがとう」

「でもアズリア……」

「いいんだよ。これは、仕方のないことだから」

「アズリア……」


 そう、これはどうしようもないことなのだ。

 最初からわかっていた。


 ただ忘れていただけなのだ。


「ではアズリア様はあちらのものが担当しますので。春太様はこちらに」


 まだ何か言いたそうにしていた春太だったが、彼がこれ以上口を開くことはなかった。
















 アズリアは別の案内人に導かれるままにとある部屋へと通された。

 そこには数人の侍女の姿があり、この人たちが手伝ってくれるのだろうかとぼんやりと思った。


「それではアズリア様、またあとでお迎えにあがります」


 案内人がきちっとした礼をして部屋を退室した。


 そのタイミングを見計らい、控えていた侍女たちがぞろぞろとアズリアの周りを囲んだ。

 女性独特の嫌味でも言われてしまうのだろうか。

 思わずびくりと肩が跳ねてつい身構えたアズリアだったが、次の瞬間、盛大によろけることとなる。


「アズリア様! どうかぜひ、ぜひに、このドレスをお召しになってくださいまし!」


 一体何が起こっているんだ。


「あぁなんとお美しい方なのでしょう! これはもう着飾り甲斐がありますね!」


 誰か説明を。


「もちろんお化粧もしちゃいましょう! やるからには徹底的に、そう陛下から承っておりますので!」


 こんなことになったのもその国王陛下のせいなのか?!

 アズリアは眩暈で倒れそうなところをぐっと堪え、頭を抱えた。


 あの騎士団の団長やこの侍女たち然り、その陛下あってこの者たちあり、といったところなのだろうか。


 あれよあれよという間にアズリアはドレスに着替えさせられ、化粧を施され、果ては髪さえ弄られる始末だ。

 抵抗するつもりは元よりなかったが、きっとこの侍女たちを相手にするならばしようにもできなかったことだろう。

 そうして、あっという間に彼女はその姿を変えていくのであった。


「――できました! これはもうまさしく、最高傑作です!」


 侍女三人が一斉に拍手をし、なんだか疲れてしまったアズリアのその顔は心なしか引きつっていた。


「えと、あの……ありがとうございます?」


「いえいえそんな!」

「そんなことよりどうか鏡をご覧になってくださいまし!」

「そうです! どうかそのお姿をご自分の目で!」


 三人はそう言うや否やその動きは速かった。

 さあさあ、と急かされてアズリアは全身が見れるほど大きな鏡の前に立たされる。


「………」


 ――声すら、出なかった。


 まるで第三者にでもなったような気分だ。

 どこか冷静な自分が、もう一人の自分を見つめているような、そんな印象をアズリアは受けていた。

 これは一体誰だ。とまでは思わない。


 しかしここまで変わるものなのだろうか。

 アズリアは自分の変化に、ただ静かに驚いていた。


 薄い桃色のドレスはシンプルなデザインでありながらフリルやリボンをほどよくあしらわれ、上品さの漂うそれはアズリアの細身の体を包み込み、髪は一部を結い上げて宝石のついた髪飾りがきらきらと輝きながら彼女の魅力をより一層引き立てた。

 決して濃くはないがしっかりと化粧の施された顔はアズリアの顔立ちをより美しく見せる。

 まるで春の妖精を思わせるような彼女の美しさに、三人の侍女はうっとりとした表情になった。


 アズリアは、決して自己陶酔するような性格ではない。


 しかし彼女も女性だという自覚はあった。

 身だしなみに気を遣うように、おしゃれを気にすることもあった。


 あまりにも見違えた自分の姿を見て、彼女は、どうしようもない嬉しさが込み上げてきたのだ。


 前世の記憶の中で蘇る幼い頃。

 お伽噺を聞いては何度も夢を見ていた時期があった。

 一度は着てみたいと思ったことのあるドレスを着れる日がこようとは、当時の彼女は思いもしなかったことだろう。


 ぼうっと自分の姿を眺めていた彼女は、そこではっとして振り返る。


「へ、変じゃないですか?!」


 自分の感性を確かめるため、この目の前の光景がどこか夢のように思えたため、アズリアは三人の侍女へ尋ねたのだった。


 もちろん三人の侍女は口を揃えて「お美しいですアズリア様」と微笑み、これではちゃんとした意見にはならない、と小さく息をついた。

 そのタイミングで、扉がノックされ、中から先ほどの案内人が現れる。

 案内人はアズリアの姿を見て「まるでどこかの貴族の令嬢のようですね」と率直な感想を述べた。


 そして春太とアズリアは対面し、彼は頬を染めてアズリアの姿に見惚れていた。


「アズリア、凄い……お姫様って感じが」

「えっと、その……ドレスを着ているからじゃ、ない、かな」

「そんなことない!」


 思わず叫ぶように言ってしまった彼は慌てて自分の口を押さえる。


「……えっと、ありがとう」


 彼の必死な様子を見て、決して嘘を言っているのではないのだと思ったアズリアは、照れながらも素直にお礼を述べた。

 そんなしおらしい彼女を見て、春太はまたもや真っ赤になる。

 もし彼女が本物のお姫様だと言われれば、彼は間違いなく信じたことだろう。


「春太様、アズリア様」


 微妙な雰囲気の漂う中、その空気をずばっとぶった切ったのは、最初に二人の案内をしていた者だった。


「くれぐれも無礼な真似は働かないよう、お願い申しあげます」


 いよいよ国王陛下と対面するときが来たようだ。

 二人は緊張で顔を強張らせた。
















 しかし、二人が思っていたよりもあっけなく、国王陛下との謁見は終わった。

 緊張でがちがちになっていた二人だったものの、陛下の前で跪き、ただ当り触りのない話を聞いただけだった。

 確かに煌びやかだったのだが、もっと盛大に勇者を歓迎するものだと思っていたアズリアはつい首を傾げてしまった。


 陛下との謁見も終わり、いつもの服装へと戻したアズリアは、春太と一緒に案内されるがままにとある部屋へと通される。


 もしかすれば、本題はここからなのだろうか。

 アズリアは部屋の中に国王陛下がいるのだろうと思い、僅かに身構えた。


「やあ、よく来たね」


 そこには確かに国王陛下の姿があった。

 ――先ほどの正装ではなく、国王陛下にしては随分とラフな格好で。


 この陛下にしてあの団長そして侍女三人組ありかッ!!


 さすがはこの国の王というべきなのか、なんというべきなのか。

 アズリアはショックのあまり卒倒しなかった自分を褒めてやりたいとこれほどまでに思ったことはなかった。

 この衝撃的な光景をどうやって現実として受け止めるべきか、アズリアはやっと理解する。


 突っ込んだら負け。

 まさに、そういうことなんだろう。


「改めて自己紹介しようか。俺はフレデリック・マーニ・トラヴァーズ。好きなように呼んでいいよ」

「あ、えと、春太っていいます」

「……アズリア、です」


「まあ立ち話もあれだし、座ればいいんじゃないかな」


 フレデリックは宝石のように美しい紫の瞳を細めた。


「……オジャマシマス」


 さすがの春太でも、この光景はあまりにも衝撃的だったらしい。

 顔をこれでもかと引きつらせながら、ぎこちない動作で促されるままに椅子へ腰掛けた。

 それに続きアズリアも春太の隣の席へと座る。


 ふとそこで、アズリアはフレデリックの後ろの人物が気になった。


 その服装はこの気品溢れる部屋の中で、アズリアや春太と同じように浮いていたのだ。

 例えるならまるで悪い魔法使いのような姿をした老人。


「……村娘、中々に失礼なことを考えてくれているな」


 老人は、その外見からは想像もできないような、低く落ち着いた声だった。


「えっ」


「フン、まあいい。それよりも陛下、早く話を進めてくれ」

「えー……早速本題にいくの?」

「遊んでいる暇はそんなにないということだけは、言っておくが」

「はいはい」


 この老人のフレデリックに対する態度にまたもやアズリアは驚いてしまう。

 もしや先代の国王陛下だろうかとも思ったが、彼の放つ雰囲気はそれよりももっと偉大な存在であることを知らしめていた。

 この国の王に対し、ここまで失礼な物言いができるこの老人は一体何者なんだろうか。


 そして何故、老人はアズリアの考えていることを見透かしたような発言をしたのか。


「そうだな、まず、どこから話そうか」


 そんなアズリアの動揺を知っているのか知らないのか――おそらくは前者であろう――フレデリックは微笑を浮かべたまま、本題へと切り出した。


「あの!」

「ん?」

「俺、その、家でオンラインゲームをしようとしてて、気づいたらアズリアの村の近くにいたんですけど、それって何でなのか、わかります……か?」

「あぁ、それは」


 俺が召喚に失敗したからだよ。

 爽やかな人好きのいい笑みを浮かべながら、フレデリックはさらりと言ってのけた。


「……へ?」

「あ、いや、失敗したっていうのは、君を召喚してしまったことが失敗なんじゃなくて、君をここへ召喚するのに失敗したんだ」

「……つまり、えっと」

「本来なら、君はここに召喚されるはずだったんだよ。アシャール村の近くじゃなく、俺のこの部屋に、ね」


 フレデリックは悪びれた様子もなく、春太たちにその真実を話した。


 召喚の儀式のこと。

 呪文を読み上げる際に、読み間違いをしてしまったこと。

 そのせいで春太がアシャール村の近くで召喚されてしまったこと。

 春太をこの世界に呼んだのは、世界の危機を救って欲しいからということを。


「まあでも、よかったね。アシャール村の近くで。もしどこかのマグマの上とか、海の上にでも召喚されていたら死んでたかもしれないし」


 ――部屋中に響き渡る、音。


「アズリア?!」


 本当にこの男は、国をまとめる王なんだろうか。

 アズリアは今までにないぐらい冷めた眼差しをフレデリックへと向けていた。


「……国王陛下という割には、随分と人の死に冷たいんですね」


 テーブルへと叩きつけた手がひりひりとする。

 彼女は立ち上がったまま陛下と呼ばれている男を見下ろした。


「まあ、この国をまとめるには、甘いだけじゃ難しいから」

「だからって、春太に謝りもしないんですね」

「……どうして? 結局はこうしてここにいるんだし、必要、あるの?」


 できることなら殴り飛ばしてやりたいと、強く思った。


「――春太はッ!!」


 一際大きな声で、彼女は叫んだ。


「あなたの道具なんかじゃないッ!!」

「アズリア!!」


 フレデリックに掴みかかろうとしたアズリアをとっさに押さえたのは春太だった。


 どうして、なんで、こんなやつに。

 悔しい。

 泣いてもどうにもならないと思っても、彼女の目には涙が滲んだ。


 どうしてここまで非道になれるのだろう。

 それは春太が異世界の住人だからか、ただの道具としてしか見ていないのか。

 一歩間違えれば死んでいたかもしれないのに。

 アズリアの頭の中では、シエルに首を切られたときの、春太の首から流れた血を思い出していた。


「春太は前の世界では普通に暮らしていたのに、その日常を壊したのはあなたなんですよ?! 春太が今まで一緒に過ごしてきたはずの家族、友人、そして彼の世界を、奪ったのはあなただ! しかもそれを呼んだ理由が、この世界を救って欲しいから? そんなのはこっちの世界の事情であって、春太には一切関係のないじゃない! ふざけないで、どの面下げて言ってるのか知らないけれど、召喚に失敗した以前に、謝ることは山ほどあることにどうして気付かないのよこの馬鹿!!」


 春太から毎晩のように前の世界の話を聞いていたアズリアには痛いほどわかっていた。

 彼がどれほど、元の生活を取り戻したいと思っているのか、どれほどの寂しい思いを抱えてここまでやってきたのか、彼の言葉をずっと聞いてきた彼女は、それをよく知っていた。


「アズリア、落ち着いて!」

「春太も何か言いなさいよ!? なんで当事者の春太が一番そんな冷静なの? 怒りなさいよ!! その権利は春太にあるのよ?!」


「権利なんていらないッ!!」


 ぴたりと、アズリアは動きを止めた。


「……ありがとう、アズリア」


 俺の代わりに、怒ってくれてありがとう。


「………」


 くしゃりと顔を歪ませた。

 涙がぼろぼろと溢れてくる。


 違う。自分は春太の代わりに怒ったわけじゃない。


 アズリアは許せなかった。

 春太の人生を当たり前のように捻じ曲げてしまったこの男の言動が。

 気に食わなかっただけなのだ。


「はる、たぁ……っ!」


 被害者は春太だ。

 奪われたのは春太だというのに。


 どうしてこの男は、こんなときでさえ「ありがとう」と言えるのだろうか。


「……えっと、その、陛下」


 泣き出してしまったアズリアの頭を宥めるように撫でながら、春太は真っ直ぐにフレデリックの目を見つめた。


「なんというか自分で言うのもあれなんですけど、俺、情けないし頼りないし、まあ所謂ヘタレ、らしいんですけど、そんな俺でも、この世界を救えますか?」

「できるよ。君は曲がりなりにも異世界から召喚された勇者だからね」

「じゃあ、俺、頑張って世界を救いたいです」


「……どうして?」


 アズリアが我を忘れて怒ったように、この男も自分に対して怒っているのではないのか。


 それなのにどうして世界を救いたいと思えるのか。

 底抜けの馬鹿なのか、それとも何か考えでもあるのか。

 フレデリックは口元に笑みを作りながらも、じっと、春太の黒い瞳を見つめ返した。


「アズリアやサリウスさん、シエルやアシャール村の人たちを助けたいから、です」

「……わからないな。君は異世界の住人だろ? この世界の住人を助けるために、その命を危険に晒す必要がどこにある?」

「ただ助けたいと思ったから。それだけじゃ、理由になりませんか」


 必要とか、不必要とか、そんなことは関係ないのだ。

 春太にとってこの世界とは、アズリアやみんなが暮らしている世界だ。

 みんなが死んでしまうかもしれない、それをどうにかできる力があるのなら、それを使うことに躊躇いなどないのだ。


 春太の目に曇りはない。

 心から思っていることを述べたまでに過ぎないのだから。


「……悪かったね」

「え?」

「確かに彼女の言う通り、俺が君から色んな物を奪ってしまったのは、間違いのない事実だから」


 フレデリックは静かに、春太に頭を下げた。


「改めて勇者である君に頼みたい。この世界を救ってくれ」


 何がどうなっているんだ。

 目の前で起きている光景に、溢れていた涙は止まったおかげで、アズリアはきょとんとした表情になっていた。

 先ほどまでの冷たい印象を与えていたはずの彼が、まるで別人のようにさえ見える。


 彼は浮かべていた笑みを消し、無表情のまま淡々とこの世界に起きた異変について話し始めた。


 ここ最近、すっかり鳴りをひそめていたはずの魔物が活発化してきている。

 被害は地方のあちこちで報告されているらしく、フレデリックはそれについて調査をすることにしたらしい。

 そしてわかったことが――北の大陸の上空が大きな闇で覆われているということだった。


 その闇が、今まで穏便に生活していたはずの魔物を凶暴化させ、人里を襲わせているという。

 フレデリックはすぐにその闇をどうにかしようとした。


 しかし、できなかったのだ。


「何度か試してみたんだけど……近づけないんだ、その闇に」


 そこでフレデリックは、大賢者と呼ばれている人物にその闇について尋ねた。

 何故あの闇が突然現れたのか。

 どうすればあの闇を消すことができるのか。


 大賢者の答えはいとも簡単なものだった。


「あれは魔王しか生み出せない闇だ。その闇は勇者の力でしか消すことができない」


 フレデリックの傍で控えていた老人が突然口を挟んだ。

 そのことにアズリアと春太はびっくりしたものの、フレデリックは何も言わないため、彼の言うことに間違いはないのだろうと思うようにした。


「だから、俺は君を召喚した。その闇をどうにかしてもらいたくてね」


 これがこの世界の真相だった。


 そこでアズリアは、やっと村に魔物が突然襲ってきた理由を理解した。

 全ては繋がっていたのだ。


「勇者は本来、世界に危機が訪れたときにしか召喚してはいけないことになっている。それは何故かというと、勇者は世界の危機を救わない限り元の世界へ帰ることができないから」

「……ってことは、つまり」

「勇者としての役目を果たせば、君は元の世界へ帰れるってことだ」


 一生、帰れないということではなかったんだ。

 アズリアはそのことに少し嬉しくなり、それと同時に少し寂しさを覚えた。


「俺、帰れるんだ……」


 ぽつりと呟いた春太の声には、嬉しさが滲み出ていた。

 それは当り前のことだろう。

 あんなに帰りたいと思っていたのだから。


 しかし、そんな春太を見て、寂しいと思う自分がいた。


 なんて身勝手なんだろう。

 アズリアはそんな自分の気持ちを嘲笑った。


 春太は役目さえ果たせれば、あんなに帰りたいと思っていた世界に帰れる。

 それはとても喜ばしいことだというのに。

 どうして、寂しいと思ってしまうのだろうか。


 なんともいえない気持ちが、アズリアの心の奥底で渦巻いていた。


「……ところで、ずっと思ってたんだけど」


 フレデリックが徐にアズリアへと視線を移した。

 先ほどのことを思い出し、つい反射的にアズリアは身構えてしまった。


「どうして彼女は君の旅についていくことになったの?」


 それはごく自然に生まれる疑問だろう。


「それは、えっと……俺が心細いから……アズリアに、ついてきてもらおうと思って……」


 しかしアズリアは嫌な予感をひしひしと感じていた。

 なんだろうこの感じ。

 彼女はこの嫌な感じを前にもどこかで味わったような気がしていた。


「サリウスからの報告で聞いたけど、彼女、戦う力も特別な力も無いんだよね?」

「えーと、まあ、その……俺が守るって、約束したんで」

「へえ、君が守るんだ?」

「まあでも! 勇者だし、なんとかなるかなって……思ったり……」


 そう、例えるなら、春太がアズリアをつれて行きたいと言い出したときのような。


「じゃあ、問題ないよね」

「……え?」


 フレデリックは綺麗な笑みを浮かべてみせた。

 薄い金髪に紫色の瞳がとても美しい。

 その目を瞠る美貌はまるで天使のようだとアズリアは思った。


「俺、君たちの旅について行きたいな」


 天使のように美しい笑みが、悪魔の笑みに見えた瞬間だった。




毎度毎度ここまで読んでくださりありがとうございます!


なんと言いますか、書いているうちにキャラが勝手に暴れてしまったというか、なんと言いましょう……。

まさかアズリアがここで怒ってしまうとは、書いてしまった本人もびっくりしていたりします。

やっぱり春太がどう頑張ってもかっこよくならないこの事実……OH……。


そして陛下が謎だ。この人何でこんなに謎なんだ。

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