橙の灯火
『オレンジのカーテン』を書いた後に生まれた短編です。 ユラを書く中で思い出した、あの頃の記憶を少しだけ形にしました。
橙の灯火
ネモラ王国の冬は長い。
だから余計に覚えているのかもしれない。
あの部屋の、小さな灯火を。
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最初の記憶は、怒鳴り声だった。
何が起きているのか分からなかった。
ただ、大人達が壊れていく音だけがあった。
幼かった。
だから怖かった。
だから泣いた。
でも、泣いた後の事は覚えていない。
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兄がいた。
会ったことはない。
父から聞いた。
「お前が生まれる前に、逝ってしまった」
どんな顔をした人だったのか。
何が好きだったのか。
何も分からない。
ただ、父の顔が時々遠くを見る時。
兄の事を考えているのだと思っていた。
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やがて、家は壊れた。
母は別の道を選んだ。
私は父と二人になった。
王都の外れ。
古い石造りの集合住宅。
狭い部屋だった。
でも。
暖かかった。
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父は口数が少なかった。
朝は早く出かけた。
夜は遅く帰ってきた。
それでも。
眠る前に必ず本を読んでくれた。
古い冒険譚。
英雄の話。
魔法使いの話。
父の声で聞くと、何でも本当の事みたいだった。
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その部屋には橙色のカーテンがあった。
夜になると灯火の光を透かして、部屋中が温かい色になった。
今でも橙色を見ると思い出す。
あの部屋を。
あの温かさを。
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ある日、私は父を「パパ」と呼んだ。
皆がそう呼ぶのを聞いて、真似をした。
父は盛大に顔をしかめた。
私は慌てて固まる。
父は数秒黙ってから、
「……お父さんでいい」
「ダメだった?」
「ダメじゃない」
父は困った顔をする。
「何か、慣れない」
私はよく分からないまま頷いた。
次の日からまた「お父さん」に戻した。
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父は山へ行った。
王国の依頼だった。
山の向こうで何かが起きていると言った。
行かなければならないと言った。
必ず戻ると言った。
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戻らなかった。
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使者が来た日の事は、あまり覚えていない。
橙色のカーテンが揺れていた事だけ、覚えている。
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後で、父の荷物の中から紙を見つけた。
折り畳まれた、古い紙。
父の字だった。
持って行きなさい
この部屋の温かさを
捨てて行きなさい
夜の寂しさを
そしてなくしてはいけません
子供の心を
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父の声は、もう思い出せない。
でも。
橙色の光の中で聞いた物語は、まだ覚えている。
英雄の話。
魔法使いの話。
必ず戻ると言った、父の顔。
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ネモラ王国の冬は長い。
でも。
あの部屋だけは、何時も温かかった。




