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橙の灯火

作者: T.M
掲載日:2026/06/24

『オレンジのカーテン』を書いた後に生まれた短編です。 ユラを書く中で思い出した、あの頃の記憶を少しだけ形にしました。

橙の灯火


ネモラ王国の冬は長い。


だから余計に覚えているのかもしれない。


あの部屋の、小さな灯火を。


---


最初の記憶は、怒鳴り声だった。


何が起きているのか分からなかった。


ただ、大人達が壊れていく音だけがあった。


幼かった。


だから怖かった。


だから泣いた。


でも、泣いた後の事は覚えていない。


---


兄がいた。


会ったことはない。


父から聞いた。


「お前が生まれる前に、逝ってしまった」


どんな顔をした人だったのか。


何が好きだったのか。


何も分からない。


ただ、父の顔が時々遠くを見る時。


兄の事を考えているのだと思っていた。


---


やがて、家は壊れた。


母は別の道を選んだ。


私は父と二人になった。


王都の外れ。


古い石造りの集合住宅。


狭い部屋だった。


でも。


暖かかった。


---


父は口数が少なかった。


朝は早く出かけた。


夜は遅く帰ってきた。


それでも。


眠る前に必ず本を読んでくれた。


古い冒険譚。


英雄の話。


魔法使いの話。


父の声で聞くと、何でも本当の事みたいだった。


---


その部屋には橙色のカーテンがあった。


夜になると灯火の光を透かして、部屋中が温かい色になった。


今でも橙色を見ると思い出す。


あの部屋を。


あの温かさを。


---


ある日、私は父を「パパ」と呼んだ。


皆がそう呼ぶのを聞いて、真似をした。


父は盛大に顔をしかめた。


私は慌てて固まる。


父は数秒黙ってから、


「……お父さんでいい」


「ダメだった?」


「ダメじゃない」


父は困った顔をする。


「何か、慣れない」


私はよく分からないまま頷いた。


次の日からまた「お父さん」に戻した。


---


父は山へ行った。


王国の依頼だった。


山の向こうで何かが起きていると言った。


行かなければならないと言った。


必ず戻ると言った。


---


戻らなかった。


---


使者が来た日の事は、あまり覚えていない。


橙色のカーテンが揺れていた事だけ、覚えている。


---


後で、父の荷物の中から紙を見つけた。


折り畳まれた、古い紙。


父の字だった。


 


持って行きなさい


この部屋の温かさを


捨てて行きなさい


夜の寂しさを


そしてなくしてはいけません


子供の心を


 


---


父の声は、もう思い出せない。


でも。


橙色の光の中で聞いた物語は、まだ覚えている。


英雄の話。


魔法使いの話。


必ず戻ると言った、父の顔。


---


ネモラ王国の冬は長い。


でも。


あの部屋だけは、何時も温かかった。


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