構造実験
真壁遼は、幽霊を信じない。
信じるのは数値と比率だけだ。
きさらぎ駅の伝承を初めて読んだときも、
彼が興味を持ったのは怪談そのものではなく、
「繰り返される構造」だった。
・終電付近
・人が少ない
・表示板の違和感
・風が止まる
・戻ろうとした瞬間の声
この五つは、ほぼ例外なく一致している。
偶然ではない。
これは心理的誘導でもない。
もっと物理的なものだと、真壁は考えた。
1. 余白率の算出
真壁は全国二百三十七駅の構内図を収集した。
公表図面、改修履歴、避難経路資料、
非公開通路の推定面積。
そして算出した。
駅全体に対する「非公開面積」の割合。
12.1
11.8
10.4
9.7
ほとんどは12%未満。
だが、怪談の発生報告があった駅だけは違う。
12.96
12.99
13.01
十三を越えた瞬間、
報告数が跳ね上がる。
真壁は画面を見つめる。
偶然か?
いや。
都市構造には臨界点がある。
橋の振動と同じだ。
一定値を越えると、
見えない振幅が生じる。
駅も同じではないか。
人の流れ、音の反射、視線の逃げ場。
余白が増えすぎると、
構造は“余分な番号”を必要とする。
1、2、3……
均衡を保つための補助点。
それがゼロ。
2. 音響実験
真壁は終電前の駅で録音を行った。
指向性マイクを設置し、
発車ベルの周波数を測定する。
通常:1046Hz
だが怪談報告のある駅では、
1042Hz
わずか4Hzの差。
人間の可聴域では誤差に近い。
だが心理実験を行うと、
被験者の37%が「不安」を訴えた。
さらに条件を加える。
・人が少ない
・照明を一段落とす
・表示板を一瞬だけ空白にする
不安報告は68%に上昇。
真壁は笑った。
幽霊ではない。
構造だ。
すべて説明できる。
3. 模型
研究室の一角に、駅の縮尺模型を作った。
余白率を12.5%、13.0%、13.5%に変えた三種。
被験者を暗室に入れ、
模型内をカメラ映像で見せる。
質問は一つ。
「番号はいくつありますか?」
12.5%の模型では、
全員が「三つ」と答えた。
13.0%を越えた模型では、
一人が言った。
「四つあります」
「どこに?」
「……空白の下に」
真壁の喉が鳴る。
「番号は?」
被験者は迷いなく言った。
「ゼロ」
4. 異常
三度目の実験で、問題が起きた。
13.5%模型。
被験者が、画面を凝視したまま動かない。
「どうしました?」
返事がない。
目は開いている。
だが焦点が合っていない。
数分後、被験者は小さく呟いた。
「戻ろうとしたのに」
「何から?」
「ゼロ番線から」
真壁の背筋に、冷たいものが走る。
実験室に“ゼロ番線”は存在しない。
ただの模型だ。
だが被験者は言い続ける。
「風が止まる」
その瞬間。
研究室の換気音が止んだ。
完全な静寂。
数秒後、復旧。
偶然だ。
ブレーカーの一時的な誤作動。
だが。
被験者の録音データを確認すると、
音が消えた瞬間、
別の声が混じっていた。
小さく。
ほとんど聞き取れない。
波形を拡大する。
再生。
「観測者ですか」
真壁は椅子から立ち上がる。
研究室には、二人しかいない。
5. 逆算
真壁は気づき始めていた。
これは駅が異常なのではない。
観測が異常なのだ。
十三パーセントを越えると、
構造は“未使用領域”を生む。
未使用領域は、
観測されることで初めて“意味”を持つ。
つまり、
ゼロ番線は場所ではない。
観測の発生点だ。
見る者が立った瞬間に生成される。
だから、
報告者は全員、
「戻ろうとした」と言う。
ゼロは、帰還不能点。
構造の外ではなく、
構造の中心。
6. 自己実験
真壁は決断する。
模型では不十分だ。
実地で確認する。
例の駅。
余白率13.02%。
終電の一本前。
録音機材を持ち、
表示板を見上げる。
1
2
3
空白。
だが今回は、はっきり見えた。
そこに、
“自分の名前”が表示されている。
真壁 遼
一瞬。
消える。
心拍が上がる。
理屈を維持しろ。
これは視覚補正の錯覚だ。
疲労だ。
音が鳴る。
1042Hz。
半音、低い。
風が止まる。
完全な無音。
そのとき、背後から声。
「あなたは観測者ですか」
真壁は振り返らない。
振り返れば、
観測が確定する。
前へ進めば、
構造が閉じる。
戻ろうとすれば――
ゼロになる。




