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きさらぎ駅 0番線  作者: 臥亜


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3/9

構造実験

真壁遼は、幽霊を信じない。

信じるのは数値と比率だけだ。

きさらぎ駅の伝承を初めて読んだときも、

彼が興味を持ったのは怪談そのものではなく、

「繰り返される構造」だった。

・終電付近

・人が少ない

・表示板の違和感

・風が止まる

・戻ろうとした瞬間の声

この五つは、ほぼ例外なく一致している。

偶然ではない。

これは心理的誘導でもない。

もっと物理的なものだと、真壁は考えた。

1. 余白率の算出

真壁は全国二百三十七駅の構内図を収集した。

公表図面、改修履歴、避難経路資料、

非公開通路の推定面積。

そして算出した。

駅全体に対する「非公開面積」の割合。

12.1

11.8

10.4

9.7

ほとんどは12%未満。

だが、怪談の発生報告があった駅だけは違う。

12.96

12.99

13.01

十三を越えた瞬間、

報告数が跳ね上がる。

真壁は画面を見つめる。

偶然か?

いや。

都市構造には臨界点がある。

橋の振動と同じだ。

一定値を越えると、

見えない振幅が生じる。

駅も同じではないか。

人の流れ、音の反射、視線の逃げ場。

余白が増えすぎると、

構造は“余分な番号”を必要とする。

1、2、3……

均衡を保つための補助点。

それがゼロ。

2. 音響実験

真壁は終電前の駅で録音を行った。

指向性マイクを設置し、

発車ベルの周波数を測定する。

通常:1046Hz

だが怪談報告のある駅では、

1042Hz

わずか4Hzの差。

人間の可聴域では誤差に近い。

だが心理実験を行うと、

被験者の37%が「不安」を訴えた。

さらに条件を加える。

・人が少ない

・照明を一段落とす

・表示板を一瞬だけ空白にする

不安報告は68%に上昇。

真壁は笑った。

幽霊ではない。

構造だ。

すべて説明できる。

3. 模型

研究室の一角に、駅の縮尺模型を作った。

余白率を12.5%、13.0%、13.5%に変えた三種。

被験者を暗室に入れ、

模型内をカメラ映像で見せる。

質問は一つ。

「番号はいくつありますか?」

12.5%の模型では、

全員が「三つ」と答えた。

13.0%を越えた模型では、

一人が言った。

「四つあります」

「どこに?」

「……空白の下に」

真壁の喉が鳴る。

「番号は?」

被験者は迷いなく言った。

「ゼロ」

4. 異常

三度目の実験で、問題が起きた。

13.5%模型。

被験者が、画面を凝視したまま動かない。

「どうしました?」

返事がない。

目は開いている。

だが焦点が合っていない。

数分後、被験者は小さく呟いた。

「戻ろうとしたのに」

「何から?」

「ゼロ番線から」

真壁の背筋に、冷たいものが走る。

実験室に“ゼロ番線”は存在しない。

ただの模型だ。

だが被験者は言い続ける。

「風が止まる」

その瞬間。

研究室の換気音が止んだ。

完全な静寂。

数秒後、復旧。

偶然だ。

ブレーカーの一時的な誤作動。

だが。

被験者の録音データを確認すると、

音が消えた瞬間、

別の声が混じっていた。

小さく。

ほとんど聞き取れない。

波形を拡大する。

再生。

「観測者ですか」

真壁は椅子から立ち上がる。

研究室には、二人しかいない。

5. 逆算

真壁は気づき始めていた。

これは駅が異常なのではない。

観測が異常なのだ。

十三パーセントを越えると、

構造は“未使用領域”を生む。

未使用領域は、

観測されることで初めて“意味”を持つ。

つまり、

ゼロ番線は場所ではない。

観測の発生点だ。

見る者が立った瞬間に生成される。

だから、

報告者は全員、

「戻ろうとした」と言う。

ゼロは、帰還不能点。

構造の外ではなく、

構造の中心。

6. 自己実験

真壁は決断する。

模型では不十分だ。

実地で確認する。

例の駅。

余白率13.02%。

終電の一本前。

録音機材を持ち、

表示板を見上げる。

1

2

3

空白。

だが今回は、はっきり見えた。

そこに、

“自分の名前”が表示されている。

真壁 遼

一瞬。

消える。

心拍が上がる。

理屈を維持しろ。

これは視覚補正の錯覚だ。

疲労だ。

音が鳴る。

1042Hz。

半音、低い。

風が止まる。

完全な無音。

そのとき、背後から声。

「あなたは観測者ですか」

真壁は振り返らない。

振り返れば、

観測が確定する。

前へ進めば、

構造が閉じる。

戻ろうとすれば――

ゼロになる。

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