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きさらぎ駅 0番線  作者: 臥亜


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2/9

編集者・相沢七海

相沢七海は、怖い話が好きではない。

だが売れる話は好きだった。

出版社に入って七年。

担当した書籍の中で、最も売れたのは都市伝説の再解釈本だ。

だから今回も、企画書を見たときは「いける」と思った。

――きさらぎ駅を構造論で再解釈する。

ネット怪談を、学術的に分解する。

ホラーではなく、知的好奇心の本。

そのはずだった。

最初の原稿が届いたのは、火曜の午後三時。

件名:

kisaragi_0_01.docx

七海は眉をひそめた。

なぜ「0」?

普通は01、あるいはver1。

だが些細なことだ。

そう思って開いた。

終電の一本前は、たいてい空いている。

導入は静かで、理知的だった。

都市構造。

非公開面積。

十三パーセントの閾値。

論理は明晰だ。

だが。

どこか、冷たい。

温度がないのではない。

むしろ逆だ。

文章の奥で、何かがじっとこちらを見ている。

七海は画面から目を離し、

窓の外を見た。

編集部は都心のビル八階。

線路が見える。

ちょうど電車が通り過ぎるところだった。

発車ベルが、かすかに聞こえる。

半音、低い気がした。

気のせいだ。

七海は原稿に戻った。

掲示板“M”

真壁遼が引用している掲示板ログ。

十年以上前の匿名掲示板。

スレッドタイトル:

【体験談】存在しない駅に降りたかもしれない

書き込み番号421。

投稿者名:M

0番線を見た

表示板の下が空いてた

誰も信じないだろうけど

七海はマウスを止める。

原稿には続きがある。

風が止まる

戻ろうとしたら声がした

七海は検索した。

実在するスレッドだろうか。

だがヒットしない。

キャッシュもない。

ログ保存サイトにもない。

完全に存在しない。

七海は真壁にメールを送る。

この掲示板ログの出典を教えてください。

返事は早かった。

保存していた個人アーカイブです。

現在は削除されています。

削除。

都合がいい。

七海は、嫌な汗をかいた。

多視点の導入

二稿目が届いたのは三日後。

七海は違和感にすぐ気づいた。

文章が増えている。

第一章の末尾に、新しい一文。

私はあの夜、帰宅していない。

七海は履歴を確認する。

変更者:makabe

更新日時:明日

明日?

PCの時刻設定は正常だ。

七海は原稿を読み進める。

今度は三人称の章が挿入されている。

タイトル:

観測者M

そこには、見知らぬ人物の視点があった。

深夜のホーム。

表示板の空白。

スマートフォンの投稿画面。

そして一文。

書き込んだのは私ではない。

七海の喉が乾く。

真壁に電話をかける。

呼び出し音が続く。

出ない。

編集部の夜

その夜、七海は一人で残業していた。

原稿を再チェックする。

第二章の途中に、見覚えのない行がある。

編集者は、まだ自分が外側にいると思っている。

七海は息を止める。

こんな文章、あっただろうか。

検索機能で「編集者」を探す。

ヒットしない。

スクロールすると、そこにだけ存在している。

再度検索。

やはり出ない。

行をコピーし、別ファイルに貼り付ける。

貼り付けられない。

そこにあるのに、存在しない。

七海のスマートフォンが震える。

通知。

知らないアドレスから。

件名なし。

本文一行。

半音、低くないですか?

七海は編集部の窓の外を見る。

終電の一本前。

ベルが鳴る。

ほんのわずかに。

低い。

分岐

物語はここで分岐する。

一つは、真壁遼の視点。

研究者として構造に近づく。

もう一つは、相沢七海の視点。

読者代表として侵食される。

そして三つ目。

掲示板“M”の視点。

投稿は増えている。

M

M2

M3

最新投稿。

読み始めた

投稿時刻は、今。

七海はディスプレイを閉じる。

呼吸を整える。

これは小説だ。

構造だ。

物語だ。

だが。

机の上の校正紙に、

赤字が一つ増えている。

七海の字ではない。

13.02%

ページ番号は、0。

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