余白率13%
終電の一本前は、世界が油断する時間だ。
人は「帰れなくなる」ことを恐れるが、 「まだ帰れる余裕」には無頓着になる。
私はその時間帯の駅が好きだった。
都市構造研究という肩書きは、 説明するとたいてい怪訝な顔をされる。
だが駅は、都市の内部構造が最も露出する場所だ。
人の流れ。 音の反響。 設計思想。 安全基準。 増改築の痕跡。
そして――余白。
設計図に存在しながら、 現在は使われていない空間。
封鎖された階段。 途中で終わる通路。 用途不明の点検室。
それらを合算すると、 どの駅にも一定割合の“未使用面積”がある。
私は百三駅分のデータを集めた。
そして気づいた。
非公開面積が 総面積の約十三パーセントを超えた駅でだけ、 奇妙な報告が出ている。
・ベル音が半音低く聞こえた ・表示板の数字が欠けた ・ホーム番号が一瞬消えた
統計的には誤差だ。
だが私は、誤差が好きではない。
誤差は、構造の綻びだ。
その夜、 私は例の駅に立っていた。
改札を抜けて左。 短いエスカレーター。 地下通路。 夜だけ風が止まる場所。
発車ベルが鳴った。
半音、低い。
私は表示板を見上げる。
1 2 3
……その下。
ほんの一瞬。
空白が点滅した。
そこに、 あるはずのない番号の“余地”があった。
ゼロ。
私はまばたきをした。
表示は正常だ。
だが、心拍だけが遅れた。
そのとき、 背後で声がした。
「戻ろうとしたんですね」
振り向く。
誰もいない。
ただ、 黄色い点字ブロックが ホームの端で途切れている。
そこから先は、暗い。
風が止まった。
私は初めて、 自分の仮説が 理論ではなくなる瞬間を見た。
駅は、 余白が臨界点を越えたとき、
もう一つの番号を必要とする。
ゼロ番線。
それは存在しない。
だが、足りない。
その“足りなさ”が、 私をこちら側に引き寄せる。
終電が入線する。
ベルは正常な音程だった。
私は、 まだ帰れる時間に 電車に乗った。
その時点では、 自分が“戻ろうとしている側”だとは 気づいていなかった。




