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きさらぎ駅 0番線  作者: 臥亜


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1/9

余白率13%

終電の一本前は、世界が油断する時間だ。

人は「帰れなくなる」ことを恐れるが、 「まだ帰れる余裕」には無頓着になる。

私はその時間帯の駅が好きだった。

都市構造研究という肩書きは、 説明するとたいてい怪訝な顔をされる。

だが駅は、都市の内部構造が最も露出する場所だ。

人の流れ。 音の反響。 設計思想。 安全基準。 増改築の痕跡。

そして――余白。

設計図に存在しながら、 現在は使われていない空間。

封鎖された階段。 途中で終わる通路。 用途不明の点検室。

それらを合算すると、 どの駅にも一定割合の“未使用面積”がある。

私は百三駅分のデータを集めた。

そして気づいた。

非公開面積が 総面積の約十三パーセントを超えた駅でだけ、 奇妙な報告が出ている。

・ベル音が半音低く聞こえた ・表示板の数字が欠けた ・ホーム番号が一瞬消えた

統計的には誤差だ。

だが私は、誤差が好きではない。

誤差は、構造の綻びだ。

その夜、 私は例の駅に立っていた。

改札を抜けて左。 短いエスカレーター。 地下通路。 夜だけ風が止まる場所。

発車ベルが鳴った。

半音、低い。

私は表示板を見上げる。

1 2 3

……その下。

ほんの一瞬。

空白が点滅した。

そこに、 あるはずのない番号の“余地”があった。

ゼロ。

私はまばたきをした。

表示は正常だ。

だが、心拍だけが遅れた。

そのとき、 背後で声がした。

「戻ろうとしたんですね」

振り向く。

誰もいない。

ただ、 黄色い点字ブロックが ホームの端で途切れている。

そこから先は、暗い。

風が止まった。

私は初めて、 自分の仮説が 理論ではなくなる瞬間を見た。

駅は、 余白が臨界点を越えたとき、

もう一つの番号を必要とする。

ゼロ番線。

それは存在しない。

だが、足りない。

その“足りなさ”が、 私をこちら側に引き寄せる。

終電が入線する。

ベルは正常な音程だった。

私は、 まだ帰れる時間に 電車に乗った。

その時点では、 自分が“戻ろうとしている側”だとは 気づいていなかった。

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