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Day 2. 再生と崩落の中で


 雨はすっかり止んでいた。


 瓦礫の間に、水たまりがいくつもできている。

 真っ青な空に、白い塊がまばらに散っていた。


 朝起きてから何度も見た空を、外に出たノアはまた見上げる。地下の真っ白な天井とは違う、突き抜けるような青。

 

 ノアは眩しさに目を細め、吸い込まれるように空を見上げていた。


「上ばっか見てると、瓦礫に躓いてコケるぞ」

 

 横から呆れたような声が降ってくる。


 二人はマンションの向かい側にある、大きめの倉庫へ来ていた。鉄骨がむき出しになった建物に、あとから載せたような屋根が乗っている。


 ルカはシャッターに手を掛け、一気に引き上げた。ガラガラ、と音を立てて、内側から埃が舞い出る。


 中には、さまざまな乗り物が並んでいた。小さめのトラクターや、ボロボロの車。どれも綺麗ではないが、人の手が入っている形跡がある。


 ルカはその中から、一台の大きめのバイクを引きずり出した。


 くすんだ青のボディ。ところどころ錆が浮いた、丸いフォルムのビッグスクーター。ホイールはカウルで覆われている。


「へぇ、かっこいいな」

 

 ノアが眉を上げる。


「だろ? 川辺に沈んでたこいつ拾ってさ、結構時間かけて直したんだ。荷物もたくさん運べるから、重宝してる」


 そう言いながら、用意しておいたカバンや荷物を後ろや横に括りつけていく。


「よっしゃ、準備オッケー。早速行くか」


 ルカがバイクに跨り、後輪上の革張りシートをぽん、と叩いた。


「ほれ、後ろ乗んな」

 

「……お邪魔します?」


 ノアは小さく呟きながら、後部座席に跨る。シートは思ったより柔らかく、座り心地がいい。


「抱きついていいよ」


 振り返りざまにルカが言う。


「遠慮しとく」


 そう言って、後ろの荷台を掴む。思ったより近い距離に、咄嗟に視線を逸らした。


「二人とも〜!」


 呼ぶ声とともに、ナオミが駆けてくる。


「もう出るのー?」


 言いながら、ノアに少し大きめの包みを差し出した。


「ばあちゃんが、昼にでも食べなって。サンドイッチ」

 

「ありがとう」


 包みを受け取る。その暖かさに笑みが溢れた。


 ナオミがニヤ、と笑ってノアに耳打ちする。


「ノアくん、ルカに気をつけなね。手早いから」

 

「え?」

 

「おいっ、変なこと言うなよ」


 ルカは慌ててエンジンをふかす。ボボ、とマフラーから低い音が響き、振動がノアの腰に伝わった。


「ルカぁ、どっか行くんか」

 

 通りかかった初老の男が声を掛ける。


「おっちゃん、俺、しばらく外出てくるわ」

 

「おー、気ぃつけて行けよ! 近頃は危険な動物をよく見かけるからな」

 

「銃もあるし、なんとかなる」


 ルカはそう言って手を上げて応えた。

 

 アクセルがひねられる。ぐん、と後ろへ引っ張られる感覚。バイクが、低い音を残してゆっくりと倉庫の影から滑り出す。


 ビル群の谷間を縫うように、どんどん進んでいく。

 

 ノアが街の方を振り返ると、ナオミと男性がまだ手を振っていた。その姿はどんどんと小さくなり、やがて見えなくなった。


 

 ――


 

 バイクは、ひたすら一本の道を走っていた。


 後ろのビル群が、小さな箱みたいに遠ざかっていく。

 

 かつての国道。ひびだらけのアスファルトの割れ目では、草と白い花が好き勝手に伸びていた。


 左には、蔦に呑まれたコンクリートの壁。右には、ねじれたガードレール。その遥か下には、低い建物の残骸や、草に飲み込まれた更地が薄く広がっていた。


 ノアは風を全身で受けながら、頭上を走る途切れ途切れの電線を、ぼんやりと目で追っていた。


 バイクの振動は小さく、モーター音もほとんどしない。


「ずいぶん静かなバイクだな」

 

 ぽつりと呟いた声も、ルカに届く。


「電気式だからな。あんま速くねぇけど」

 

「充分だ。景色がよく見れる」


 流れていく景色に、どうしても目を奪われる。風と、あたたかい太陽の光と、まだ残る雨の匂い。


(ノエルにも、見せてやりたかった)


 埋めようのない空洞がひりひりと痛む。


 突然、バイクがボンと跳ねる。

 

「わっ」

 

 ノアは反射的に、ルカの腰にしがみついた。


「わり」


 ルカが横目でノアを見る。


「ここから道、亀裂だらけなんだよ。しばらく跳ねるから、しっかり掴まっとけ」


 言ったそばから、ボスボスと衝撃が続く。


「ホイール、平気かよ」

 

「強化してるけどな、そのうち穴あきそう」


 ルカが笑う。硬い腹筋が腕越しに上下する感触が伝わってきて、ノアははっとして腕をほどいた。

 

 代わりに、ルカのブルゾンの裾を掴む。

 

 やがて揺れが落ち着き、バイクはまた滑るように走り出す。


 ルカは小さく息を吐き、前を向いたまま、後ろに声を投げた。


「バイクに乗るのは初めてか?」

 

「この形は初めてだな。でも地下にも似たような作りの乗り物があって、それには割と乗ってた」

 

「へぇ、地下にも乗り物あるんだな」

 

「ないと移動大変だろ」

 

「なんかさ、透明なストローみたいなやつでシューって移動したりすんのかなって」


 ハンドルから片手を離して、空中をすーっと滑らせてみせた。


「どんなだよ」

 

 ノアはくくっと笑った。

 

「まあでも地下の空中回廊は自動エスカレーターだから、はたからみたらそんな感じかもしれない」

 

「マジかよ。やっぱ地下すげえな」


 のんびりと会話をしながら、バイクは順調に一本道を走る。先にもずっと緑や黄色の草に侵食されたアスファルトが続いていた。


 同じような景色がしばらく続く。やがて、遠くに大きな影が見えてきた。


「あの、でっかい影はなんだ」

 

「山だよ。なんて山か、名前は知らねぇけど」

 

「山」

 

 ノアが繰り返す。


「うーん、なんつーか……積もり積もった土の塊?」

 

「なんだそれ。余計わかんねぇ」


 ノアが笑うと、ルカの肩も、くつくつと揺れた。


「山は山なんだって。ルート上にもあるはずだから、近くで見りゃ分かるよ」


 山を横目に少し進んだところで、ゆっくりとバイクのスピードが落ちる。


「この辺で昼にしようぜ」


 ルカが言って、道路脇の見晴らしのいい場所でバイクを停めた。


 朽ちたガードレールの向こうに、緑の平野が広がっている。眼下には崩落した道路の残骸が、段差になって途切れていた。


 ルカは柵の根元に腰を下ろす。ノアも隣に座り、包みを開いた。中からサンドイッチを取り出し、一つをルカへ差し出す。


「サンキュ」


 ルカは受け取ると、そのまま大きな口でがぶりとかぶりついた。


 ノアも一口齧る。パンは少し硬い。けれど、中の肉と野菜にはしっかり味が染みていた。


「昨日のスープといい、マキナさんの作るものは美味いな」

 

 ノアがぼそっと言う。


「ばあちゃん、料理上手なんだよ」


 ルカはあっという間にひとつ平らげる。包みにはまだ残りがあったので、ノアはそのままルカに渡した。


「てかさ」


 ルカがもう一つ取り出しながら言う。


「昨日地下のもの食わせてっつったけどさ、お前、飯とか持ってきてんの」

 

「あぁ。持ってきてる」

 

「え、どこにあんの」

 

「ここ」

 

 ノアは背中のバックパックを指した。見た目はそこまで大きくない。


「地下の非常食。一ヶ月分くらいはある。……食ってみるか? 一つで一食分の必要なカロリーと栄養は取れる」


「一カ月もそこに入るって……マジか。ちょっと食ってみてぇな。夕飯、それにしよう」


 ルカは楽しそうに笑って、またサンドイッチにかぶりついた。


 ノアは自分の分を少しずつ齧りながら、遠くの景色に目を向ける。

 

 遠くで小さな鳥が羽ばたいた。空からは温かい光が届き、穏やかな風がふいている。


 サンドイッチを食べ終えると、二人はバイクのもとへ戻った。


「運転、変わろうか。多分これなら運転できる」


 ノアが言うと、ルカは「あー」と気まずそうに頬をかいた。


「俺、後ろ乗るとさ、十秒くらいで寝ちゃうんだよな」


 ノアは思わず吹き出す。

 

「それは、危ねぇ」


「だから大丈夫。ありがと」

 

 柔らかく微笑む。その笑顔に、昨日夢で見たノエルの微笑みが一瞬重なる。


 ノアは視線が泳いだ。口元だけで笑みを作ったまま、小さく頷く。


 バイクはまた二人を乗せて、真っ直ぐな一本道をひたすら進む。こうやって景色を見ながら進んでいると、ノアの沈んだ心が少し浮かび上がってくる気がした。


 やがて、道路脇に建物の残骸や給油タンクのような人工物が、ぽつぽつと姿を見せ始めた。


「もう少しでハイウェイに出る。今日はその辺までだな」


 ルカが前を見たまま言う。


「なんか、また建物とか増えてきたな。この辺には人、いないのか?」


「うーん、この辺はいねぇだろうな。とれるもんがなんもねぇし」


「最初にいたところ以外にも、人はいるのか?」


「結構いるはず。あちこちで街作ったり、移動しながら暮らしてる連中もいる。そのうち会えるかもな──って、やべ」


 ギギッ、と急ブレーキ。ノアは前につんのめり、ルカの背中に顔をぶつけた。

 

「……っ」


 ルカが振り向き、前を指さした。


「わりぃ、大丈夫か? ほら、あれ見ろよ」


 一本道を横切るように、地面が大きく裂けていた。


「……地割れか」


 ノアはバイクから降りる。ルカもスタンドを立て、ぐっと伸びをした。伸ばした腕をそのまま頭の後ろで組む。


「幅、二メートルってとこか。さて、どうしたもんかね」


 亀裂は道を真横に切り裂くように続き、どこも隙間が広い。


 ノアは縁に近づき、下を覗いた。真っ黒な穴。底は見えない。


 周りを見回す。通り沿いに、建物だったものの瓦礫が山になっている。


「お、いいのあんじゃん」


 ルカが数歩あとずさる。


「ちょい待ってろ」


 助走をつけて跳んだ。軽々と向こう側に着地する。


 ノアは目を瞬かせた。


 ルカは瓦礫の山まで歩き、一枚の分厚くて長い木の板を引きずり出した。


「おもっ!」

 

 声が飛んでくる。


 ノアは小さく息を吐き、助走をとって跳んだ。思ったよりも余裕を持って反対側に着地する。


 ルカは口角を上げる。

 

「やるじゃん」


 二人で板を運ぶ。


「重いな、これ」


 引きずりながら、どうにか亀裂の縁まで持っていく。角が縁にかかるよう位置を合わせ、二人で反対側を持ち上げ、そのまま倒した。


 ダン、と重い音を立てて板が対岸に落ちた。衝撃で手前側が跳ね上がる。

 

「やべ!」

 

 ルカが咄嗟に爪先で踏みつけ、危ういところで固定した。わずかに巻き上がった砂埃が、深い亀裂へと吸い込まれていく。


 幅一メートルほどの、心許ない橋が一本、かかった。


「よし」


 ルカが橋を確かめるように踏みしめながら、バイクのところへ戻る。


 スタンドを外し、慎重に押しながら板の上を進む。ぎしぎしと板が軋む音に、ノアは思わず喉を鳴らし、足で板の端を押さえた。


 薄い板の橋をゆっくりと進んでいく。

 途中でバキ、と音がして、ノアの息が一瞬止まるが、ルカは焦ることなく、バイクを押し続けた。

 

 前に進むたびにミシミシ、と音が鳴る。

 

 一歩、また一歩。

 

 前輪がようやく対岸を捉えた途端、一気に体重をかけて押し出した。


「……はー、緊張した」


 ルカは渡り終わると同時に、大きく息を吐いた。ノアも同じタイミングで、ふうっと息を吐く。


「お前の言う通り、楽な道ばかりじゃないんだな」

 

 ため息混じりにこぼす。


 ルカは片眉を上げて笑った。


「な? 地上はこんなんばっか」


「はぁ……お前といると、俺がどんだけ都会育ちのボンボンかって、嫌でも分かる」


 ノアは苦笑しながら、バイクに跨る。


「あんな重い板、一人だと一ミリも持ち上がる気しない」


「こっち住んでっと、重いもんばっか持つからな」


 振り向いて、ノアを見る。


「でも、お前はそのままでいいと思うよ」


「なんで」


「その感じが、好みだから」


 さらっと言い切って、ルカは前を向く。エンジンが再び静かに唸り出した。


 ノアは呆気に取られた。


 

 ――

 


 太陽が傾き、大地が赤橙に染まり始めていた。


 二人を乗せたバイクは一本道を抜け、広いハイウェイに差し掛かる。途端に、周囲に大きな建物が増えた。形だけは昔のまま、静かに朽ちていく途中のような佇まい。


「夕陽、すげぇな」

 

 ルカが目を細めて、染まる景色を見やる。


「地上は、時間で色が変わるんだな」

 

 ノアも同じように、眩しそうに空を仰ぐ。


「地下は、変わらねぇの?」

 

「決まった時間に光量が変わるくらいだな」

 

「はは、分かりやすくていいな」

 

「……あぁ。……でも、こっちの方がいい」


 ノアは風に吹かれながら、沈みかけの太陽を見た。さっきまで強くオレンジ色に輝いていた光は、いつの間にか山の縁にかかっている。


「お、あそこの建物ちょうど良さそうだな」


 ルカが左側を指さす。道沿いに大きな建物があった。

 

 ところどころ鉄骨がむき出しだが、屋根はまだギリギリ健在だ。外側には朽ちた看板。文字は剥がれていて読めない。


 バイクは看板の前でゆっくりと止まった。


「今日はここまでだな」

 

「あぁ。運転ありがとう」


 二人は荷物を解いて、廃墟の中へ運び込む。


 中はホテルだったのだろう。広い空間に、カウンターやソファの残骸が残っている。


「この辺で良いか」


 ルカは入口から少し奥に入ったスペースに荷物を置いた。

 ノアも荷物を降ろし、バックパックの口を開ける。


 「てかさ、それ、食糧以外になに入ってんの? その大きさじゃそんなに入らなくね?」


 ルカが覗き込んでくる。


 ノアはきょとんとしながら、小さな袋を一つ取り出した。留め具を外すと、ボン、と音を立てて寝袋が飛び出す。


「わ! なんだ!?」

 

 ルカが目を剥く。


「圧縮袋だ」

 

 ノアは出てきた寝袋を掴み、数回振る。みるみるうちに空気が入り、布団が膨らんでいく。


「地下は人口に対して土地が少ないから、なんでも小さくする」

 

「へぇ〜〜、すげぇな。その中身の袋、全部”圧縮された何か”?」


 ルカが呆然とつぶやきながら、バックパックを覗き込む。中には薄い袋が、几帳面に幾重にも重ねられていた。


「まぁ、服とか、タオルとか、洗濯機とか」

 

「洗濯機!?」


 ルカの大きな反応に、ノアがくすりと笑う。


「水が結構必要だからな。水辺に行くことがあれば、お披露目する」


 ルカは地図を取り出し、地面に広げた。指で現在地をなぞる。もともといた街から、南東に伸びたルートの途中あたりを指さす。


「今この辺まで来たかな。一本道だったし、割と進んだな」

 

「もうこんなに来たのか」


 ノアが地図を覗き込む。ルカが「ここまで」と言っていた場所まで、おそらく三分の一ほどだろう。


 ルカは頷き、楽しそうに指を南へ滑らせる。


「ほら、この川がもう少ししたらあるから。明日には多分水辺に行けるぜ」

 

「地下には人口プール以外、水場なんかないからな。楽しみだ」


 ノアが少し微笑む。その横顔を見て、ルカの口元がほころぶ。


「あ」

 

 ノアが、ふと思い出したように顔を上げる。


「約束の夕飯、やるよ」


 バックパックから、五センチほどの小さなブロックのようなものを取り出し、ルカの手の上に置いた。


「え」

 

 固まるルカ。


「地下の非常食」

 

「こ、こんなんで足りんのかよ」


 ルカは手のひらの上の非常食を、まじまじと見つめる。


「食ってみろよ」

 

 ノアが、少し笑いを堪えた顔で言う。

 

「栄養価は本当に高いから」


「本当かよ……」

 

 ルカは渋々、それを口に入れた。


 もそもそと口を動かす。


「味、しねぇ……」

 

 顔をしかめる。


 ノアが吹き出した。

 

「地下でも”まずい”で有名なんだよ、これ」


「ふぁんふぁよ」

 

 口の中にくっつくのか、まともに文句も言えない。結局飲み込みきれず、ボトルの水で流し込んだ。


「すげぇもん食えるって思ってたのに」

 

 膨れっ面でこぼした。


 ノアは肩をすくめ、同じブロックを齧った。

 

「でも、不思議と腹に溜まるんだよ」


「……あ、確かに」

 

 ルカは上を見ながら腹を抑える。


「でもなんか、物足りねぇのな」

 

「非常食だからな」


 二人とも、結局ボトルの水でブロックを流し込んだ。

 


 ――

 


 気づけば、外はもう真っ暗闇だった。


 ルカが置いたランタンと、崩れた屋根の隙間から見える星だけが、周囲をぼんやり照らしている。


 ノアは寝袋に入り、仰向けになって星を見ていた。黒い空に、無数の光が瞬いている。


 ガサ、と音がして、横でルカが寝袋に潜り込んだのが分かる。


「なぁ」

 

 ルカの声が暗がりに響いた。


「地下のこと、もっと教えろよ」

 

「何が知りたい」

 

「ノアが住んでたの、どんなとこなの」

 

「普通の小さい家だよ。両親はいなくて、弟と、……二人で暮らしてた」

 

「弟いんのか」

 

「……あぁ」

 

「料理とか、お前がやるの?」

 

「いや。地下の家にはだいたいキッチン用のロボットがいて、そいつが作るから」

 

「ロボットってマジかよ! すげぇな!」

 

 ガサッと、跳ね起きたような音がした。派手な音に、ノアの口元が緩む。


「だいたいの家事は手伝い用のロボットがやってくれるからな。親がいなくても困ることはそんなになかった」

 

「いいなぁ、ロボ。一個地上に持ってきてくれよ」

 

「考えておく」

 

「持ってきたら取り合いになるだろうな」

 

 ふふ、と小さく笑う声。


 布の擦れる音がして、ルカが寝袋に潜り直したのが分かる。


「なぁ、海行った後は、どうするんだ」

 

「……考えてなかった」

 

「マジかよ」

 

「海に行く、今は、それだけだ」

 

「へぇ〜……」

 

 呆れたようなため息が聞こえ、すぐに静寂が落ちる。


「ルカ?」


 返事の代わりに、静かな寝息が聞こえてきた。


「本当に十秒で寝るのか」

 

 ノアは眉を上げる。


 静かになった空間で、もう一度空を見上げた。


 ――兄ちゃん、なんでこの中の天井はこんなに暗くて、キラキラしてるんだ?


 大昔の地上の映像のワンシーン。

 夜空が映る場面で再生を止めて、食い入るようにホロモニターを見つめていた、幼いノエルを思い出す。

 ホロは触れないのに、何度も星を掴もうとしていた。


 ノアは空に向かって手を伸ばし、ぎゅっと握ってみた。

 自分の視界の中では、星を掴んでいるように見える。


 この星を持って帰って、幼いノエルに見せてやれたらいいのに。


 そう思いながら、静かに目を閉じた。


 旅の疲れのせいなのか、その夜ノアは、夢を見なかった。

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