表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/15

Epilogue. Day 50-



 今日はどんよりとした曇天だった。

 

 草はところどころ茶色くなりはじめ、世界から少しずつ色が抜けていく季節が近いことを告げていた。


 地下製の機能的な防寒コートに身を包んでいても、バイクで受ける風は容赦なく体温を奪っていく。


 バイクは高架のスロープを下り、広い道へ出る。

 

 その正面に、あのフェンスが広がっていた。


「着いたな」

 

 ルカが、軽く息を吐きながら呟く。

 

「こんな感じだったっけか」


「ルカは半分意識飛んでたからな」


 ノアが肩をすくめると、ルカは首を傾げながらハンドルを左に切った。フェンスと並行するように、ゆっくりとバイクを走らせる。


 ピーッ、と口笛の甲高い音が響いた。


 顔を上げると、バンダナを巻いた女がフェンスの上に立ち、こちらに大きく手を振っている。


「お」


 ノアもルカも、自然と笑みを浮かべた。


 近づくと、フェンスがガチャンと音を立てて持ち上がり、バイク一台分の通り道ができる。


「また会ったな!」


 女――テッサが、満面の笑みで出迎えてくれた。


「テッサ、元気にしてたか?」


 ルカが手を上げると、テッサは駆け寄ってくる。ノアの顔を見て、ふんわりと目尻を下げた。


「ノアも。無事、海に行けたって、ニコから聞いたよ。二人とも、また顔が見られて嬉しい」


「俺も嬉しいよ、テッサ。元気そうだな」

 

 ノアが答えると、テッサはこくりと頷いた。


「まさか、もう銃は突きつけねぇよな?」

 

 ルカがニヤリと笑ってからかうと、テッサはルカの肩を軽くはたく。


「それはもう忘れろって! ていうか、あんたはあん時忘れてたでしょ!」


 三人で笑い合う。


「ゾランは?」


 ノアが尋ねると、テッサは街の奥を指差した。


「ボスたちなら、いつもの場所だよ。……あ、そうだ」


 ぽん、と手を打つ。少し悪戯っぽい笑顔になる。


「私の”新しい友達”がさ、あんたたちに会いたがってるんだ。きっと中央で、またニコが何かやってるだろうから、ついでに顔、出してやってよ」


「テッサの友達?」

 

 ノアが首を傾げる。


「まぁ、行ってみな。私も持ち場が終わったら合流するから」

 

 テッサはぽん、とノアの背中を叩き、二人を街の中へ送り出した。


「またあとでな」

 

 手を振って別れ、ノアたちはフェンス沿いの道から街の中心部へ向かう。


「ニコがなんかやってるって言ってたな」

 

 ノアは小さく息を吐いた。若干、嫌な予感しかしない。

 

「はは、なんか面白そうだな」

 

 ルカは相変わらずお気楽に笑う。


 クラブホールの前に差し掛かると、入口のあたりに人だかりができていた。ざわざわと賑やかな声が響く。


「なんだ?」

 

 二人はバイクを路肩に寄せ、人垣の方へと歩いていった。


「ニコ特製ロボットアームに勝てたら……なんと! 地下製のこの防寒着をプレゼントだぁ!」


 聞き覚えのありすぎる声が、ホール前に響き渡る。


 人混みをかき分けて中心に出ると、腕を組んで仁王立ちしているニコの横に、腕だけがついたロボットと丸い台座が置かれていた。


「……なにやってんだ、あいつ」

 

 ノアが呆れたように漏らした、そのとき。


「あれ!? ノア!? ……ノアだ!!」

 

 高い声が人混みの中から飛んでくる。

 

 次の瞬間、小柄な少年がノアめがけて突進してきた。


「フィン!?」

 

 フィンは勢いよく飛び込んで、ノアに抱きつく。


「ノア! 会いたかった!!」

 

「フィン……俺も会いたかった」

 

 ノアも腕を回して抱きしめる。


「俺も、俺も〜」

 

 隣でルカが両手を広げる。


「ルカは大丈夫」

 

 フィンはさらっと言い捨てた。ルカはショックを受けたように肩を落とす。


「この街に来てたのか」


 ノアが尋ねると、フィンは元気よく頷いた。


「うん! 二人が出てった日の夜に、俺とナディアもキャンプを出たんだ。すぐここに来た」


「そうだったのか」


 ノアはそっとフィンの頭を撫でる。


「あの時追いかけて来てくれたって聞いた。ありがとう、フィン。……それと、あんな出て行き方して、ごめん」


 ノアが眉を下げて告げると、フィンは勢いよく首を振った。


「いいんだ! こうやってまた会えたから。この街、みんな怖いけど優しくて、いい街だよ! ニコがめっちゃ面白いの」


 フィンがニコを指さす。


 ロボットアームの前には、屈強そうな男たちが列を作っていた。なぜか、その列の中にナディアの姿もある。


「ナディアもやるのかよ!」

 

 ルカが笑いながら声を掛けると、ナディアがこちらを振り向き、ぱっと目を見開いた。


「ルカさん!? ……ちょっと、代わって! 防寒着、欲しいの!」

 

「えー……勝てるかなぁ……」


 ぶつぶつ言いながらも、ルカは列の途中でナディアと入れ替わる。ナディアは足早にノアたちの方へ駆け寄ってきた。


「ノアさん、元気だった?」

 

「おかげさまで」

 

 ノアがうなずくと、ナディアは少し眉を下げる。


「あの……キャンプのこと……」

 

「だ、大丈夫だ。……恥ずかしいから、それ以上はやめてくれ」


 ノアは慌てて片手で顔を覆って制した。あの日の自分の取り乱しようを思い出すたびに、穴があったら入りたくなる。


 ナディアはくすりと笑う。


「ニコさんから聞いたのよ。“ノアの彼氏が〜“って、ずっと言ってたから。うまくいったんだなって、嬉しくて」


 さらっと追い打ちをかけてくる。ノアはますます消えたくなった。


 わざとらしく咳払いをして、話題を変える。


「こ、この街での暮らしはどうだ? 二人とも」


「テッサがすごく良くしてくれるの。“ルカさんの天然タラシに引っかかりかけた同盟”なんだって」


 ナディアが楽しそうに笑う。


「テッサの”新しい友達”って、ナディアとフィンのことか」


 ノアが納得すると、フィンがむっとした顔で口を挟んだ。


「俺はルカに引っかかってない!」


 ぷんすか怒るフィンに、ノアは思わず口元を緩めた。


 そのとき、中央からどよめきが上がった。ロボットアームが、屈強な男の腕をあっさりと押さえ込んでいる。


 ニコがニヤッと笑った。


「はっはー! 勝てまい、勝てまい!」


 ふんぞり返るニコの前で、何人もの挑戦者が次々に沈んでいく。やがて、ルカの番が回ってきた。


「あれ? ルカ! 来てたのか!」

 

 ニコが嬉しそうに笑う。


「このアームは俺くらいの強さだ!」


「……勝てるかなぁ」

 

 ルカはぐるぐる腕を回した。


「ルカ! 頑張れ!!」

 

「ルカさん、負けないで!!」

 

 フィンとナディアが口々に声援を送る。

 ノアは相変わらず、この状況の熱狂についていけていなかった。


「お、ルカもやるのか」

 

 テッサも合流し、四人で見守ることになった。


 ルカがロボットアームの手を握る。

 ごくり、と四人は喉を鳴らした。


「レディー……ファイ!」


 ニコの合図と同時に、ルカがぐっと踏ん張る。

 ギシギシ、と金属の軋む音。


 真ん中で押し合い、膠着状態になる。今まででいちばん拮抗した勝負に、人々のどよめきが大きくなる。


 少しずつ、少しずつ、ルカのほうが押しはじめた。


「いけぇ! ルカ!!」

 

 テッサが叫ぶ。


「いけるかも!!」

 

 フィンが目を輝かせた、その瞬間——


 バタン、と無情に金属の腕がルカの手を押さえ込んだ。


「かぁ〜〜……ダメだぁ……」


 ルカががくりと膝をつく。


「いやー、ひやっとした〜」

 

 ニコが笑うと、ルカの健闘を称える謎の拍手があちこちから湧き上がった。


「わりぃ、賞品取れなかった」

 

 ルカが申し訳なさそうに手を合わせながらナディアを見る。


「……ノアさん」

 

 ナディアが視線を向けてきたので、「どう考えても無理だ」と、ノアは首を横に振った。


 そのとき。


「おい、うるせぇな……なんの騒ぎだ」


 ホール隣の家の扉が開き、ゾランが顔を出した。寝起きなのか、髪の毛が降りたラフな姿だった。


 騒ぎが、すん、と一拍で静まる。


「誰?」

 

 ルカがノアに耳打ちする。

 

「ゾランだ」

 

「えっ……髪の毛降りてると、印象違うのな」

 

 頭を掻きながら呟く。ただ忘れてるだけなのでは、とノアは呆れた。


 ゾランは人だかりを一瞥し、ニコを見つけると、盛大に天を仰いだ。


「ニコ……またテメェか。このクソガキ、いい加減にしろ」

 

「兄貴!! 兄貴もやってみろよ!」

 

 ニコがぱっと笑う。


「あ? 冗談じゃ——」

 

「ボス! やってくださいよ!」

 

「ボスならいけるかも!」


 周りも一斉に盛り上がる。


「ゾラン、がんばれ」

 

 ノアが声をかけると、ゾランがこちらを見て眉を上げた。


「ノアにルカ。来てたのか」


 ゾランがノアたちのほうへ来ようとすると、ニコがさっと腕をつかみ、そのまま中央へ引きずっていく。


「まったく……なんなんだ……」


 ため息をつきながらも、ゾランは観念したようにロボットアームと向かい合った。不満そうにしつつ、手を握る。


 群衆も、ノアも、ルカも、固唾をのんで見守る。


「レディ……ファイッ!」


 ニコの掛け声と同時に——


 バキン!! と、金属がはじけ飛ぶ音が響き、ロボットアームの”腕”が、盛大にもげた。


「ひぇっ」

 

 誰かが妙な悲鳴を上げる。


 見守っていた五人とも固まる。


「あーー!!」

 

 ニコが叫び、頭を抱えた。


「兄貴ぃぃ! 壊すなよぉ〜〜!!」

 

「知らん」


 ゾランはもげた腕をぽい、と放り投げる。

 

 ロボットが壊れたからか、ゾランへの恐怖からか、群衆はさーっと散っていった。


「よぉ。よく来たな」

 

 ゾランが片手を上げてノア達に近づいてくる。


「ゾラン、力強ぇんだな。細身なのに」

 

 ルカが、ロボットアームの残骸とゾランを交互に見ながら感心したように言う。


「力だけなら、お前のほうが上だろ」

 

 ゾランはルカをちらりと見る。


「俺、あのアームに負けたしなぁ」

 

「いいか、ルカ」


 ゾランが腕を組む。


「ああいうのはな、まともに組み合ったらダメだ。どこをどう曲げりゃ壊れるか考えろ」


「なるほどな?」


「壊したらダメだろ……」


 ノアは思わずため息をついた。やっぱり、この人はニコの兄貴なんだな。そんな感想が、しっくり胸に落ちる。


「それより、ノア」

 

 ゾランがノアのほうを向く。

 

「手紙、届けてくれたんだな。礼を言う」


 ノアは、かすかに首を振った。


 あのときゾランが手紙を託した理由は、もう分かっている。“お前もちゃんと海から帰れ”、そう言いたかったのだろう。


「……まぁ、手紙渡した次の日には、シャフト登る羽目になったけどな」


 苦笑い混じりにこぼすと、ゾランは渋い顔をした。


「それは……悪かったな」

 

「やっぱ、寂しかったんじゃないか」


 ノアがにやりと笑うと、ゾランの眉がぴくりと動く。


「俺は黙って見てないぞ。ニコが見せてきた」


 ゾランがバッとニコのほうを振り向く。


「おい、ニコ。このアホガキ」


 遠くで、ニコが「えっ!? なに!?」と慌てている声が上がる。


 ノアは堪えきれず吹き出した。


 その顔を見て、ゾランの表情がふっとゆるむ。


「いい顔になったじゃねぇか」

 

 どこか満足そうに言う。


「彼氏もできたみてぇだしな」

 

 ぽん、と肩を叩かれ、ノアはじとりと目を細めた。


 

 *


 

「ノアー! 渡すもんあるから、うち来いよ!」


 しばらくすると、ゾランの家の前でニコが叫んだ。


 テッサたちは「こっちで待ってるから」とホールに戻っていき、ノアとルカは、ゾランに案内されて家の中へ入る。


 促されるまま、二人はソファに腰を下ろした。


 ゾランの部屋は、前に来たときとほとんど変わっていない。

 

 ニコがいるくせに、ちゃんと整っている。奥のほうに、申し訳程度に荷物が積まれているだけだ。


 ゾランがキッチンでコーヒーを淹れているあいだ、ニコはその荷物をガサゴソ漁り、一メートルほどの板とドローンを抱えて戻ってきた。


「ほら、これ」


 まずノアに差し出したのは、小型ドローンだった。


「……新しい型のやつじゃないか。いいのか?」


「いいってことよ。バッテリーはソーラー充電式な。これもセットで」


 折りたたんだドローンも入る専用バッグごと、ノアの膝の上にどさっと置く。


「あとは、頼まれてたやつ」


 ニコは板を持ち上げ、慎重にノアへ手渡した。


「これ……ノエルが使ってたやつだろ」


 ノアは静かにうなずく。


 青いボードに、星屑みたいな白い粒子が散りばめられている。ノエル愛用のウェーブボード。

 

 ノアはその側面を優しく撫でる。ザラリと滑り止めの感触がした。

 

 “これを使って、海でウェーブボードをやること”

 それが、ノアの新しい目標の一つだった。


「これで波に乗るのか」

 

 ルカが感心したように眺める。


「ルカにも似たようなの作ってやるからさ。夏になったら、また海に来いよ」


 ニコが向かいのソファにどかっと座り、ふんぞり返りながら言う。そこへコーヒーを持ってきたゾランが、足でニコを端へどかして座る。


「で、そのドローンで何を撮るつもりだ」

 

 カップをテーブルに並べながら、ゾランが訊く。


「最初は、山から海を撮ろうと思ってる」


 ノアが答えると、ルカがぽんと手を打った。


「あぁ、あの、すげぇ綺麗だったとこか」


 ノアは頷く。


「けど、その前に……」


 ノアはマグカップを見つめながら、少しだけ息を吸い込んだ。


 

 ――

 


 ノアはホール二階の窓から身を乗り出し、隣のビルの屋上へよじ登る。先に出ていたニコが、縁に腰を下ろして高い位置から街を見下ろしていた。


 「ニコがまた何かやるらしい」と、下では住人たちがぽつぽつと集まりはじめている。


「ドローンが飛んだら、みんな手ぇ振れよー! これ、地下に流す映像になるからなー!」


 ニコがフェンス越しに、通りに向かって叫ぶ。


 ノアは屋上の平らな場所にドローンを置き、慣れた手つきでアームを広げた。リモコンとドローンの接続を確認する。


「地下みたいにGPSが使えねぇからな。帰ってこれるかどうかは、操縦してるやつの腕次第だ」


 ニコがニヤリとノアを見る。


「見失わなければ、なんとかなる」


 ピロリン、と起動音が鳴り、プロペラが回り出す。

 

 ふわりと機体が浮き上がった。


 ノアはリモコンのホロ画面をのぞき込む。映像は問題なく来ている。画面いっぱいに、ニコのドアップが映った。


「よし」

 

 ノアが小さく呟く。


「飛ばすぞー!」


 ニコが下へ向かって声をかけるのと同時に、ノアはスティックを倒した。


 ドローンは一度、街の奥、フェンスの方まで一気に飛んでいく。フェンスのあたりでピタリ止まり、そこからゆっくりと高度を上げる。街全体をなめるように旋回したあと、今度は徐々に高度を落としながら中央へ戻ってくる。


 ホロ画面に映し出されたのは、まずフェンスの街の全景を、ぐるりと半周するような映像。そこから少しずつ中心部へ飛んでいく。

 中心に近づくにつれ、ぽつぽつと店や人の姿が画面の中に増えていった。ドローンに気づいた住人たちが、笑いながら手を振っている。


 ぶぃーんという羽音を響かせながら、ドローンはまた中心部の上空へ戻ってくる。

 

 ホールの前には、たくさんの人が集まっていた。

 

 ルカ、テッサ、フィン、ナディアが、顔を上げて楽しそうに手を振っているのが見える。


 ノアはスティックを倒し、ドローンをさらに上昇させた。

 

 カメラをゆっくりと上へ向けていく。


 今日は、少し曇り空なのが惜しい。それでも、雲の切れ間から青い空がのぞき、薄くヴェールをかけられたような太陽が、控えめに地上を照らしていた。フレアがちらりと映り込む。


「……めっちゃ良いじゃん」


 横で一緒にホロを覗き込んでいたニコが、感心したように声を漏らす。


 ノアはほっと息を吐き、慎重にドローンを屋上へ戻した。


「次のガジェット・チャンネル、キメの映像はこれで決まりだな!」


「これが、地下に流れるのか……」


 ノアはホロ画面から目を離し、空を眺める。


 昔、誰かが撮った海の映像。

 それを何度も何度も見て、海に憧れたノエル。


 今度はこの映像を見て、地上に憧れて、動き出す誰かがいるかもしれない。


 これは、ノエルが導いてくれた旅だった。


 固くなった心のまま、「海に行く」その一点だけを見ていた自分。

 そこで出会った人たちのおかげで、前を向けるようになって、未来のことまで考えられるようになった。


『兄貴、やっぱさぁ、地上にはすげぇ景色があると思う。……って、俺は信じたいんだよ!』


『まだ言ってる。じゃあ、賭けるか? 負けたほうは非常ブロックな』


 いつかの夕食後のやりとりの続きが、ふっとよみがえる。


(ノエルの勝ちだな)


 地上は過酷で、まだ偏見も残っていて、それでもとんでもなく美しい景色があった。


 ノアはポケットに手を入れ、柔らかくくたびれた革袋を取り出した。


 かつてノエルを抱いていた袋の中には、今は、あの海でルカにもらった小さな貝殻がひとつ、静かに収まっている。


 

 ――


 

 翌朝。

 

 朝靄が、まだ街をうっすら覆っている。


 ルカのバイクの後ろに、ノアが腰を下ろした。

 

 ゾラン、テッサ、フィン、ナディアが見送りに来てくれている。


「この街も、拠点のひとつにすればいい。お前たちが泊まった部屋は空けておくから」


 ゾランがホールを顎でしゃくりながら言う。


「あと、バカガキは二日酔いでまだ寝てる」


 ため息まじりに付け足した。


「よろしく言っといてくれ。またすぐ来るから」


 ノアが笑って言うと、ルカがエンジンをかける。


「また来いよ!」

 

「ノア! また遊ぼうね!」

 

「気をつけて、いってらっしゃい」


 テッサとフィンとナディアが、口々に束の間の別れの言葉を投げてくる。


「おう、またな!」

 

 ルカが手を上げる。


 バイクはゆっくりと滑り出し、靄のなかへと溶けてく。姿が見えなくなるまで、みんなはずっと手を振っていてくれた。


 バイクは街を抜け、さらに都市を抜けて、海の手前の山をめざす。


 なんとなく、ノアはルカの腰に腕を回した。


「ん? 寒いか」

 

 ルカが片手で、ぽんぽんとノアの腕を叩く。


 そんなふうに、当たり前みたいに甘やかしてくるルカの仕草が、ノアは好きだった。兄であろうとし続けてきた自分が、心から甘えられる相手。


「天気が微妙だからな。あの日みたいに光るかな」

 

 ノアがそのまま抱きついた格好でぽつりと呟くと、ルカが笑う。


「そんときは、出るまで何日でも待とうぜ。時間はいくらでもある」


「……そうだな」


「あ、俺、今度こそ海で釣りしてぇ」


「前、結局できなかったもんな」


「でけぇ魚釣って食おうぜ」


「図鑑、地下から持ってきてる」


「ナイスすぎ」

 

 ルカの声が楽しげに弾む。


 ルカは、やっぱり当たり前みたいに「先の話」をする。前は聞いていてもよく見えなかった”明日”やその先の景色が、今のノアには、ちゃんと具体的に思い浮かぶ。


「しかしさ」


 ルカがふいに、少し静かな声になる。


「ノア、よく笑うようになったよな」

 

「……そんなに笑ってなかったか?」

 

「笑ってたけどさ。最初の頃は、なんか心からって感じじゃなかった」


 言われてみても、自分ではいまいちピンとこなくて、ノアは首をひねった。


「俺が海についてこうって決めたきっかけ、知ってる?」

 

「え……いや」

 

「ノアの、心からの笑顔を見てみたかった」


 ルカが、ちらりと振り向いてニヤリと笑う。


「……そうか。それは、どうも」


 どう返せばいいのか分からず、ノアは妙にかしこまってしまう。


「でな、やっと、よく見られるようになったわけなんだけどさ」


 ノアは、嫌な予感がした。


「……めっっちゃ、かわいい!!」


 ルカが叫ぶ。


 ノアは深いため息をついた。顔が熱くなるのは、気づかなかったことにしておく。


「ルカ。そんなことばっか言ってるから、テッサやナディアが同盟を組むんだ」


「え? 同盟?」


「“天然タラシに引っかかりそうになった同盟”だと」


「は!? 天然タラシって……なんだよそれ!」


 ノアはこらえきれず、くく、と笑う。


「ちなみにノアは、“引っかかりそう”じゃなくて、“引っかかった”だからな」


 ルカが不貞腐れたように言う。


 ノアは抱きしめる腕に、少しだけ力を込めた。


「はいはい。俺が同盟を作る羽目にならないように、善処してくれ」


「善処もなにも、俺は一途だっつーの!!」

 

 叫ぶ声が、静かな国道にのびていく。


 くすんだ青いボディのバイクは、ノアとルカを乗せて、今日も、明日も、その先の季節へ。


 まだ地図に描かれていない寄り道をいくつも抱えながら、変わり続けていく地上を、ゆっくりと走り抜けていくのだった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ