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Day 25-27. I miss you.



 高いビルや工場、軍用施設がずらりと並ぶ、地下都市の中枢部をノアは歩いていた。

 

 手元のホロ地図で場所を確かめながら、何度か角を曲がる。


 シャフトから戻ってきて、まず向かったのはユーリのところだった。報告を兼ねて礼を言いに行くと、普段めったに表情を崩さない男が、ノアの顔を見るなり、


『無事に戻ったのか』


 と、ほっとしたように微笑んだ。

 あの無骨な軍人の友人に、ずいぶん心配をかけていたのだと、あらためて反省する。


 そのユーリに「軍お抱えの調達屋・ニコを知らないか」と尋ねてみたところ、


『ニコラシカ・ノヴァクのことだろう』


 と、あっさり名前が返ってきた。

 調達屋の位置が書き込まれた地図を受け取り、ノアは今、その場所へ向かっている。


 大きな工場の横にある細い路地を抜けた先、ひっそりと佇む円筒形の小さな家があった。ホロのマップ上の位置ともぴったり一致しているが、表札らしきものは見当たらない。


 暗く無機質な雰囲気に少し気圧されながらも、ノアはドア横のチャイムを押した。


 シャッ、と金属音がして、ドアが横にスライドする。

 それと同時に、頭上のほうから低い声が降ってきた。


「あ? 誰だ」


 見上げる。


 でかい。

 ゾランよりも、ルカよりもでかい。


 目が隠れるくらい長い金の前髪の奥から、鋭い眼差しがノアを見下ろしている。


 ……正直、ちょっと怖い。


「に、ニコラシカ……さん?」

 

「そうだが。誰だよ、お前」

 

「……ニコって、呼ばれてますか」

 

 思わず敬語になってしまう。

 

「え? そう呼ぶのは上の……って、お前、まさかノアか?」


 さっきまでの鋭さが嘘のように、目元が一気に柔らかくなった。


 ノアはほっと息を吐く。


「ノアだ。ニコ、ゾランから預かってきた」

 

 封筒を取り出し、ニコに差し出した。


「兄貴の!? マジか」

 

 ぱぁっと顔が明るくなる。さっきまで普通に怖かった分、ギャップがすごい。


「まあ、入れよ」

 

 促されるまま、ノアは部屋の中へ足を踏み入れた。


 

 ニコの部屋は、ひとことで言うと――とんでもなく散らかっていた。


 床も壁も、ありとあらゆるガジェットで埋め尽くされている。奥の棚には、地上の動物の角や毛皮を詰め込んだケースが並び、部屋の真ん中には、ノアが今まで見たこともないサイズのホロ端末が鎮座していた。


「……すごいな」


 思わず漏らすと、ニコがあごで部屋の隅をしゃくる。そこだけ、奇跡的にものが積まれていないソファがあった。


「そこ座ってな」


 言われた通り腰を下ろす。


「コーヒー飲む?」

 

「あ、ああ。もらう」


 ニコが壁際のコンソールでボタンをひとつ叩く。すると天井近くから小型ドローンがすいっと現れ、湯気の立つカップをノアの前に運んできた。


「……なんか、機械だらけだな」

 

「人入れたの、初めてかも」


 ニコが、ひょいと手を差し出してくる。


「改めて。俺はニコ。初めまして、ノア。兄貴がお前のこと気に入ってたから、俺もお前のこと気に入ってる」


 にかっと笑う。目つきは悪いのに、どこか人懐っこい笑顔だった。


 ノアはその手を握り返しながら、ふと胸の中で思う。弟ってやつは、どうしてこう、懐き方がストレートなんだろう。


「海には行けたのか?」

 

 ニコがカップを片手に、何気ない調子で尋ねてくる。


「ああ。おかげさまで」

 

「弟のこと……残念だったな。俺、あの大会でノエルのこと、めっちゃ応援してたんだよ」


 眉を下げるニコに、ノアは小さく笑った。


「……ありがとう」


 ノエルのことを覚えてくれている人を、また一人見つけた。それだけで、心が温かくなる。


「で、ゾランはなんて? ホロ・メッセンジャーじゃ送れないことなんだろ? 中身見てないけど」


 ノアが首を傾げると、ニコは「あ」と手を叩き、封筒を取り出した。


 ぺり、と封を切ると、白い貝殻がぽろりと床に転がり落ちる。


「お。これ、ノアが入れてくれたのか?」


 ニコが指でつまみ、片目をつぶって覗き込む。


「ああ。ゾランに頼まれてな。ニコが海が好きだって、聞いたから」

 

「へぇ。さすが兄貴、分かってんな」


 満足そうに笑い、貝殻をそのままポケットに突っ込むと、手紙の紙を取り出す。

 さっと目を通し――次の瞬間、今にも泣き出しそうな顔で下唇を突き出した。


(百面相だな)

 

 ノアは心の中でつぶやく。ほとんど表情の動かない兄とは、まるで正反対だ。


 ニコは突然、勢いよく立ち上がった。


「ノア!!」

 

「は、はい!」


 思わず姿勢を正して返事をしてしまう。


「シャフトの場所、教えて!」

 

「え」

 

「俺、地上に戻んなきゃ!」

 

「え、急だな……まさか、ゾランに何かあったのか?」


 ノアも慌てて立ち上がる。胸の奥がきゅっと冷えた。


 ゾランのことは、一方的に恩人だと思っている。もし何かあったのなら、できる限り力になりたい――そんな思いがよぎる。


 ニコは神妙な顔つきになり、手紙をノアに差し出した。


「……読め」

 

 ごくり、と喉を鳴らしながら紙をめくる。


“I miss you.”


 そこには、その一言だけが、ぽつんと書かれていた。


「…………」


「な!? これは行かなきゃだろ!! ほら、早くシャフトの場所教えろって!」


 ノアは、盛大にため息をついた。

 


――

 


 ――どれくらい登ったのだろう。


 梯子を掴む手も、身体を支える足も、がくがく震えていた。


 そして今、ノアは静かに絶望していた。


「ノアぁぁぁ、まだぁぁぁ? 俺もー疲れたよぉぉ〜〜」


 ニコが、うるさすぎて。


 何度目か分からない踊り場に出て、ようやく一息つく。ニコはそのまま床に大の字になった。大きい荷物がどさりと置かれる。


「まだまだ、先だぞ……」

 

「お前さぁ、これガスマスクつけて登ったとかマジですごくね?」

 

「ニコ。黙って登れば、もう少し楽だと思う」

 

 ニコがガバリと起きる。

 

「なぁ、ノアは地上に住むって言ってたけどさ、なんで地上なんだよ」


 ノアの忠告なんて、まるで聞いていない。ふぅ、とため息を一つ落とす。


「地上が気に入っちゃった?」

 

「……まぁ、そんなところだな」


 嘘ではない。


 太陽と一緒に時間が流れていく地上。一度あの空を見てしまったら、地下の無機質な天井だけの世界には、もう戻れそうになかった。


「彼氏も地上だもんなぁ」


 思いもよらない単語に、ノアはビクリと顔を上げた。


「え」

 

「兄貴言ってたぞ。『あいつらはできてる』って」


 ノアは両手で顔を覆う。ゾランはそんなこと、いちいち口にしないと思っていたのに。


「え、違うの?」

 

「……違わない……けど……」

 

「じゃーいいじゃん」


 ケロッとした声で言うと、ニコはひょいと立ち上がり、荷物を背負ってまた梯子を登り始めた。


「あ、そうだ。お前に頼まれたやつ、ドローンで上に運んどいたからな。どっかで街に回収しにこいよ」

 

「ああ……助かる」

 

「てかさー」


 まだ喋るのか。

 シャフトに入ってから、かなりの時間が経つ。それなのに、ニコは一度たりとも静かにならない。


「……なんだよ」

 

「ノア、軍のドローン部隊なんだろ?」

 

「……なんで知ってる」


 ケラケラと、上から笑い声が降ってくる。


「なんでも知ってんの、俺は」


 さっきまで”疲れた疲れた”と言っていたくせに、一向にバテる気配がない。でかい荷物を抱えてるくせに。


「地上でさぁ、ドローンで景色撮ってくんねぇ?」

 

「え? 地上で? なんのために」


 問い返すと、ニコはさらっと、とんでもないことを言った。


「ホロネットのさ、“ガジェットチャンネル”って知ってる?」


 地下で知らない者はいない人気番組。ノエルもよく見てケラケラ笑っていたのを、ノアは思い出す。


「あの、高い声のカタコトのロボットが、いろんなガジェット試す番組だろ?」

 

「そうそう。あれ、俺なんだけどさぁ」

 

「はぁ!?」


 ノアは思わず目を見開き、上を仰ぐ。


「コンバンワ! ガジェットチャンネルニ、ヨウコソ!」


 聞き覚えのある高い声が、シャフトの中に響いた。


「ロボットの……ニコパッチンだ……」


 ノアは感激半分、じわじわ笑いがこみ上げてくるのをこらえながら呟く。あのロボットの声を出しているのが、このいかつい男だと思うと、どうしてもおかしい。


 とうとう吹き出してしまい、つかんでいた梯子がガタガタ揺れた。


「ちょ、笑わせんなって!」

 

「イツマデコレ、ノボレバイイノ〜?」

 

「落ちる! その声で喋るのやめろ!」


 なんとか笑いを飲み込みながら登り続け、ようやく次の踊り場にたどり着く。

 

 今までで一番、全身が重かった。


「……はぁ。もう二度とお前とは登りたくない」

 

「ヒドイヨ」


 ニコは膨れっ面をするが、息はたいして乱れていない。


「いいから。で、そのチャンネルとドローン映像が、どう繋がるんだよ」


 ノアが問い直すと、ニコは少し真面目な顔になった。


「あー……あの番組でさ、いつか地上の映像を流したいと思ってたんだよな」


 ぽつりと言う。


「毒はもうほとんどねぇってこと、ちゃんと見せたい。地上は、いいとこだぞって」


 柔らかく笑うその顔に、ノアは目を瞬かせた。


「……ま、そのうち邪魔はされんだろうけどな」


 小さく付け足された一言の意味が分からず、ノアは首を傾げる。


「ノア、自分のドローン持ってる?」

 

「旧型なら家にある。けど、置いてきた」

 

「じゃ、俺のやるよ」


 あっさりと言って、ニコは続ける。


「まぁ、気が向いたらでいいからさ。色んなとこ回って、撮ってきてくれよ。地上の景色」


 ノアは見上げたまま、しばし考え込む。


 まだ見ぬ地上を巡り、自分の得意なドローン操作で、その魅力を地下へ届ける仕事。

 それは、とてつもなく心惹かれる提案だった。


「彼氏と相談して決めな?」


 ニコがにやりと笑う。ノアは頬をかき、苦笑しながらも、静かに頷いた。


「……考えてみる」

 

「よっしゃ! じゃ、登るか!」


 まだまだ元気そうな声をあげて、ニコは再び梯子に取り付く。このあともきっと、ずっと喋り続けるのだろう。


 少しうんざりしながらも、ノアは再び手を伸ばした。


 がらんどうのシャフトに、二人分の息遣いと、ニコのやかましい声が響いていった。


 

――


 

 結局、ニコは最後まで喋りっぱなしだった。


 最後の踊り場を抜け、ようやくハッチの前にたどり着く。


「ここかぁ〜。いやー、キツかったぁ〜」

 

 ニコがハッチの取っ手に手を伸ばす。


 そこでようやく、ノアはひとつの事実を思い出した。


(……そういえば、これ、やたら重かったんだよな)


「ニコ、それ重――」

 

 バコッ、と景気のいい音を立てて、ニコがハッチを片手で開け放った。


「……」

 

 目の前の男のポテンシャルの方向性が分からなくて、ノアはしばらくハッチを見上げたまま固まる。


 開いたハッチから、まぶしい光が差し込んでくる。

 

 ここで、ルカにカバンをつかまれて引きずり出されたことを思い出す。ついこのあいだのことなのに、ひどく懐かしく感じた。


 梯子を登り、外に顔を出す。


 懐かしい草の匂いがした。


「うぉ〜、地上! 懐かし〜!」


 ニコが思い切り伸びをする。

 ノアも、ゆっくりと周囲を見回した。前に来たときより、黄色い草が少し増えたような気がする。


 ここで、ルカと出会った。


 あの日、あの時間、この場所じゃなかったら――

 ルカとは出会えなかったかもしれない。

 

 ノエルを海へ連れて行くことも、自分が前を向くことも、きっともっとずっと難しかった。


 そんな考えが、ふと胸に浮かぶ。


「で、街どっち〜?」

 

 能天気な声に、現実へ引き戻される。


「あっちだ」

 

 指さして、ニコと並んで瓦礫の街へ歩き出した。


「ここ、ノアの彼氏の街だろ? どこいんの? 会いたい」

 

「いつ戻るって約束したわけじゃないからな。今はいないかもしれない」


 そんな会話をしながら、街へと抜けていく。手前に、白いビル――ルカの住んでいる建物が見えた。


「でも、ゾランの街に行くにしても、ルカに道を聞かないとだな」

 

「ルカっていうのか、彼氏」


 白いビルに入る。螺旋階段を上り、廊下の左側のドアをノックした。


 ニコがニヤリと笑い、ノアより一歩前に出る。

 

「へい」

 

 軽い声とともに、ガチャ、とドアが外側に開いた。


「よっ、ルカ!」


 満面の笑みのニコが、ドアの向こうに立ちはだかる。

 ノアは完全にニコの陰に隠れた。


 ルカは一瞬ぽかんとしたあと、ニコを見上げた。


「でけぇな……誰?」

 

「ニコだ!」

 

「……おお!? お前がニコか!」


 二人はわははと笑いながら、勢いよく握手を交わす。


(人懐っこい同士って、初対面から距離感すごいな……)

 

 ノアはニコの影に隠れたまま、ちょっとだけ感心した。


「てか、ニコ。なんでこんなとこに?」

 

「あぁ」


 ようやくニコが脇にどく。その瞬間、ルカの目が見開かれた。


「ノア!」


 ガバッと抱きつかれる。


「なんだよ、いつ来たんだよ!」

 

 ぎゅうぎゅうと抱きしめられ、ノアは耳まで熱くなる。


「ニコのせいで、色々予定が狂ったけど……とりあえず来た」

 

「ヒドイヨ」

 

「ルカ、ニコがゾランの街に戻りたいらしい。道、教えてやってくれないか」

 

「おお、オッケー! まあ、入れよ」


 招き入れられて部屋に入ると、ルカの部屋は相変わらずきちんと片付いていた。

 まだナオミが色々手伝っているのだろうか、とノアはぼんやり思う。


 ルカとニコはテーブルに地図を広げ、何やら楽しそうに話し始めた。

 

 ノアは窓際に立ち、外を眺める。

 今日は雲が多い。まだら模様の雲の隙間から、淡い光が街を照らしている。


 ガチャガチャ、と何かをいじる音がして、ノアは振り返った。


 ニコが、大きな荷物から次々と何かを取り出していた。


「ニコ、何してる」

 

「あー、ロボット作ろうと思って」


「ロボット!?」


 反応したのは、ルカだった。


「マジかよ! え、作れんの!?」

 

「任せなさーい。パーツ合わせるだけでできるとこまで組んできたから」


 言いながら、ニコは慣れた手つきで部品を組み上げていく。

 ほどなくして、一メートルほどの二足歩行ロボットが、テーブルの脇に立ち上がった。


 ルカの目がきらきらする。


「すげぇ……」


 ニコは得意げに鼻を鳴らす。


「これやるからさ、なんか乗り物と交換してくんね? ボロいやつでいいから」

 

 ロボットのボディをぽん、と叩きながら言う。


「これ、運搬用。プログラムしたルートを行ったり来たりするから、農作業でも工事でも、わりと何でも使える」


「マジか〜。いや、そんな良いロボット、悪ぃなぁ……」

 

「物々交換が、俺の流儀なんでね」


 ニコは肩をすくめる。


「街の連中、絶対喜ぶなぁ」


 ルカが笑う。そんなやりとりを交わしながら、三人はロボットを連れてガレージへと向かう。


 ガレージの前で、ルカは「町長と話して、どの車にするか決めてくる」と言い残し、ぱたぱたとどこかへ駆けていった。


 ノアは、その背中を見送ってからニコを見上げる。


「街に戻ったら、ニコはまた地下に帰るのか?」

 

「あー……」


 ニコは天井を見上げて、少しだけ考える。その横顔の角度だけ、ゾランに似ている気がした。


「下で組んだロボがうまく動いてくれりゃ、当分戻らなくて済むんだけどな」


「下にも何か仕込んで来たのか」


「まぁ、いつかは戻りてぇなって思ってたからさ。準備だけはしておいたんだよ。ノアが手紙持って来てくれたから、背中押された」


 そう言って、にかっと笑う。


「ゾランは、どんな兄貴なんだ?」

 

「え、……聞いちゃう?」

 

「いや……やめておこう」

 

 なんとなく嫌な予感がして、ノアは思わず視線をそらした。


「なんでだよ! 語らせろよ!」

 

 ニコが唇を尖らせて不貞腐れる。


「おーい」

 

 ちょうどそのタイミングで、ルカが戻ってきた。


 ガレージを開けると、少し年季の入った軽トラックを一台指差した。


「これ、使っていいってさ」

 

 そう言って鍵をニコに渡す。ニコは目を丸くした。


「こんな良い車くれんの? 悪ぃな、なんか。じゃあ、今度はもっと使えるロボ持ってくるって伝えといてくれよ」


「そりゃあ街の連中、大歓迎だな」

 

 ルカがからりと笑う。


 ニコは手荷物をざかざかと助手席に放り込み、そのまま運転席に乗り込んだ。窓を開けて、顔だけひょいと出す。


「んじゃ、俺は兄貴のところに帰るわ。ノア、ドローン用意しとくからな。あと”アレ”も引き上げとくから、いずれ取りにこいよ」


 ノアはうなずく。

 

「ああ。気をつけて行けよ。ゾランに、よろしく伝えてくれ」


 軽く手を振ると、ニコも大きく手を振り返し、軽トラックを走らせた。


 車が角を曲がって見えなくなるまで見送ってから、ノアはふぅっと大きく息を吐く。


「……嵐が去ったみたいだな」


 ぽつりとこぼすと、ルカが「はは」とおかしそうに笑った。


「兄貴と、全然タイプ違ったな」

 

「真逆だな」


 呆れたように言いつつも、ノアはふと、自分とノエルもだいぶ”真逆”だったな、と思う。


 

 ルカの部屋へ戻り、ノアはダイニングの椅子に腰を下ろす。ルカが冷蔵庫から飲み物を取り出し、コトリとノアの前に置いた。


「ゾランの街にも、また行きてぇな」

 

「そうだな」


 ノアはグラスに視線を落とし、少し間をおいてから口を開く。


「ルカ、今後のことなんだけど……」


 そう前置きして、シャフトの途中で聞いたニコの計画――ドローンで地上を巡って映像を撮る仕事――について、ひと通り話して聞かせた。


「めっちゃ良いじゃん、それ!」

 

 聞き終わるなり、ルカは目を輝かせる。


 ノアは少しだけ眉を下げた。

 

「だが、その場合は……この街をしばらく離れることになるかもしれない」


 ルカが育ってきた街。マキナやナオミもいる。ノアにとっても、地上で初めて訪れた特別な場所になっていた。


「まぁ、たまに戻って来れりゃ、それでいいよ」

 

 ルカはあっさりと言って、ノアの向かいの椅子に腰を降ろした。そのまま、テーブル越しにノアの手を取る。


「言ったろ。俺は”どこで”より、“誰とどう生きるか”なんだって」


 やわらかく微笑みながら、ぎゅっと指を絡めてくる。


 ノアは胸の奥がじんと熱くなるのを感じながら、その手を握り返した。


「いつ出発するんだ?」

 

「いつでもいい。……けど、その前に、この街のことも、もう少し知りたい」


 ノアがそう答えると、ルカは嬉しそうに目を細める。


「じゃあ、しばらくはゆっくり過ごすとしますか」


 ノアは、小さくうなずいた。


 ルカが立ち上がり、今度はノアの腕をぐいっと引く。そのまま、すっぽりと自分の胸の中に抱き込んだ。


「ルカ?」


「お前がシャフトから地下に戻ってってさ。まだ一週間とか、そのくらいなのに……すげぇ寂しかった」


 ぎゅう、と抱きしめる力が少しだけ強くなる。


 I miss you――。


 ゾランがニコに送ったたった一行と同じように、ノアもまた、ノエルが恋しかったし、ルカのことも恋しかった。


 ノアは、ゆっくりとルカの首に腕を回す。


 たまには、ちゃんと言葉にしようと思った。


「俺も、寂しかったよ」

 



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