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『AIが管理する理想のVR世界でミュートされたらどうなるか』~ブルーバード編~  作者: バニラ味一択


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第8話:解盗アルセーヌ



「……あはは、参ったな。まだ切り札を持っていたなんてね。負けたよ」


 刺股で地面に組み伏せられ、銃口を突きつけられながらも、ルリは不敵に笑った。藍装束の変身は既に解けているが、その瞳には敗北者の怯えなど微塵もない。


「ほら、僕を止めるんでしょ? 正義の味方なら、早くトドメを刺してみなよ」


「……警告は済ませた。発砲する」


 ワクの指が、冷徹に引き金へと力を込める。カチリ、と撃鉄が落ちるわずかな刹那――。


「――『クレッセント』」


 静寂を切り裂く、低く艶のある声。

 直後、突然空間に現れた三日月型の鋭い力の塊が、ワクのリボルバーの撃鉄へと正確に突き刺さった。


「なっ……!? 引き金が、動かない!」


「これ以上、我が孫をいじめるのは控えていただこうか」


 さらに間髪入れず、二つの三日月が閃いた。


「グアッ!」「きゃああっ!」


 ワクの足首と、ルナの足元に三日月が深々と突き刺さり、二人を物理的に地面へと縫い付ける。それは単なる物理的な刃ではなく、空間そのものを固定するような絶対的な拘束力を持っていた。


 闇の向こうから、一人の男が静かに歩み寄る。

 シルクハットにモノクル、そして夜を纏ったかのような漆黒のインバネスコート。その姿は、かつての物語に登場した怪盗そのものの気品を漂わせていた。


「……じいちゃん」


 ルリが安堵したように息を吐く。その男――アルセーヌは、ルリを優しく介抱しながら、動けないルナたちを見据えた。


「ルリを倒すとは……なかなかやるな」


「……貴方が、首謀者なの? どうして……どうしてこんなにひどいことを! みんなの大切な思い出を奪って、一体何がしたいのよ!」


 ルナが悲鳴に近い声を上げる。アルセーヌは静かにモノクルを直し、哀れむような視線を向けた。


「奪う? ……お嬢さん、誤解をしないでいただきたい。我々は、皆を救っているのだよ」


 アルセーヌの口から真実が語られ始める。


「我々は君たちとは違う。外地ガイチからエデンのシステムにアクセスしている『侵入者』だ。私はプレイヤー、そしてルリは、コアから生成された自律データ集合体……ワクくん、だね?君と同じ存在、パートナーさ」

「君たちには信じ難いかもしれないが、ルリが盗んだ記憶のデータは、実はすべて返却している」


「返して……いる?」


「ああ。ルリがデータを一時的に抜き取り、そこに私が『鍵』をかける。そうすることで、彼らが異形化するのを防いでいるのだよ。……知っているかね? この国は、異形化したプレイヤーを隔離した後、精神を病んだ『廃棄物』として外地へ強制送還しているのを」


 ルナの呼吸が止まる。


「廃棄……送還……?」


「エデンが管理する『異形可能性リスト』……あれは、次に誰を捨てるかを決めるための選別名簿だ。我々は外地からシステムをハッキングし、その非人道的な計画を防ぐために、ここへ乗り込んできたのだよ」


 アルセーヌは、まるで夜の闇を支配する王のように、静かに、そして気高く宣告した。


「……エマ……。この男の言っていることは、本当なの?」


 ルナの震える声に、エマが応じる。

 エマは上位個体である警察本部長『エヴァ』のサーバーへ超高速アクセスを試みる。


『……照合完了。ルナ様、送還記録は……実在します。……ですが、リストについては、あくまで早期に対処するために可能性のある者を抽出しているだけで、最初から送還するつもりは……』


「エデンに、異形化した者を元に戻す術があるのかね?」


 アルセーヌの冷徹な問いかけが、エマの弁明を遮った。


「ルナさん、といったかな。……今この国で、異形化した者を『人間』に繋ぎ止められるのは、君たちだけではないのか?」


 エマは、答えを返せなかった。……エデンのシステムが出した沈黙。それが回答だった。


「一度異形化から戻った者とて、例外ではない。彼らは再び壊れる。……分かってくれたかな、お嬢さん。我々のしていることが、どれほど現実的な救済かということを」


「……それでも!」


 ルナは足元に突き刺さった三日月型の重圧に耐えながら、アルセーヌを真っ向から見据えた。


「それでも、大切な人たちが、思い出を失うなんて……そんな悲しいことがあっていいはずがないわ! 辛いことも、苦しいことも、全部含めてその人自身なの。人が生きていくためには、思い出が必要なのよ!」


 ルナの叫びに、アルセーヌはモノクルの奥で目を細めた。

 沈黙を破ったのは、アルセーヌに介抱されていたルリだった。


「……じいちゃん。許してあげたら、ダメかな?」


「ルリ?」


「ルナは悪い子じゃないよ。考え方は甘いかもしれないけど、彼女の言っていることも一理ある。……ね、お願い」


 アルセーヌは嘆息し、ルナに視線を戻した。


「ふむ。ルリがそう言うのであれば、仕方ない。……認めよう。君に関係する者たちの『ロック』は、今ここで解除しよう」


アルセーヌが優雅に指を鳴らす。

パチン、という乾いた音と共に、ワクとルナを縛り付けていた三日月が粒子となって霧散した。


「ただし、ロックを外した者たちが異形化したならば……責任を持って、君がその手でトドメを刺しなさい」


「……っ」


「では、失礼」


 アルセーヌとルリの姿が、夜の闇に溶けるように掻き消えていく。同時に、学園中から「あれ?」という困惑の声が響き始めた。ヒナコやヤリスたちの記憶が、ルナの望んだ通りに復元されていく。


 当たり前にあった日常は戻るだろう。

 その日常に、ルナが求めた幸せもあるだろう。

 だが、ルナの心に安堵はなかった。


 ルナたちは勝ったのではない。見逃されたのだ……。




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