第7話:闘鳥
「……感知不能なほどの『魔』を、その身に『纏っている』というの……?」
震えるルナの正面で、藍装束に身を包んだルリが構えている。
「ルナ、下がれ。これより対象の強制排除を開始する」
ワクが冷徹な声と共に、右手から通常装備を出現させた。
「【伸縮式強襲用特殊警棒・展開】」
ジャキッ、という鋭い金属音と共に、高硬度の重合素材で作られた警棒が伸び、青白い電磁火花を散らす。
同時に、ルリの口角がわずかに上がる。
「……『抜き足』」
ルリの体が、物理法則を無視した加速で前方へ滑り出した。
「速いッ! だが、予測の範囲内だ!」
ワクは超高速演算により、ルリの突進軌道を完全に読み切り、警棒をフルスイングで振り抜く。確実に捉えた、はずだった。
「――!? 消えた……?」
手応えがない。警棒が空を切った瞬間、ルリの姿がルナの視界からも掻き消えた。
「……『忍込み』」
凍り付くような声が響く。
その名の通り、ルリは攻撃の影、意識の死角へと文字通り忍び込んだのだ。
警棒を振り抜いたワクの脇、最も脆弱なサイドをルリが完全に制している。
「しまっ――」
ワクが体勢を立て直そうとした瞬間、ルリの腕がワクの関節へ蛇のように絡みついた。
「アルセーヌ流近接格闘術――『居直り』」
重力を逆転させたかのような強烈な引き落とし。
体勢を立て直そうとした動きを利用し、頭部が無残に地べたへと叩きつけられた。床が砕け、衝撃波が大地を揺らす。
「が……はっ……!」
「そして、これは僕がもらっておくよ」
ルリが軽やかに囁くと同時に、ワクが握りしめていたはずの警棒が、手品のようにその手から消えていた。
気づけばルリは、数メートル先まで静かに間合いを切って離れている。その指先には、今奪ったばかりの警棒が、まるでおもちゃのように弄ばれていた。
「……警棒を、奪われた……?」
武装を解除され、地に伏したワク。ルナはその光景が信じられず、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
「……まあ、いらないけどね」
ルリは奪った警棒を興味なさげに放り捨てた。金属音が虚しく響く中、地に伏したワクがリソースの火花を散らしながら立ち上がる。
「……やめて、ルリ! どうしてこんなひどいことをするの!? なんでみんなの、大切な思い出を奪うのよ!」
ルナの叫びに、ルリは冷ややかな目を向けた。
「ルナ、君は何も知らないからだよ。これは皆のためなんだ」
「意味が分からないわ! 思い出を盗むことの、どこが正しいっていうのよ!」
「……それなら、力ずくで止めてみなよ。僕は、僕の正義のためにこれを行っている!」
「……構成要件、および正当防衛成立を確認。拳銃使用要件、セーフティ解除」
封印が解除され、ワクの手に一丁の重厚な銃器が握られる。
「【38口径対異形弾装填型回転式拳銃(38-Caliber Anti-Anomaly Revolver)】」
「それが君の切り札か?凄いね」
ルリは感心したように目を細め、その姿勢をさらに深く、低く落とした。
「それじゃあ当たらないように……ギアを上げていこうか。――『差し足』」
次の瞬間、ルリの姿がブレた。
急加速と、直角に近い鋭角な方向転換の連続。藍色の残像が、円を描くようにワクの周囲を高速で旋回する。
「速い……! 照準が、定められない……!」
ワクの電子眼が激しく明滅する。予測演算を上回る変則的な機動。狙いを絞ろうとしたその一瞬の隙を、ルリは見逃さなかった。
「アルセーヌ流近接格闘術――『突き破り』」
ザシュッ!!
「グワーッ!」
ルリの鋭い抜き手が、ワクの左肩を深く貫いた。火花と共に、ワクの構成リソースが粒子となって部分的に消失していく。
ルリは深追いせず、再び『差し足』で間合いを保つ。そして、隙を見つけては死角から『突き破り』を叩き込むのを繰り返していった。
「ルナ!君たちの意志はそんなものかい!?……ならば次はワクのコアを狙う!!仮初めの幸せに浸ったまま、一生鳥籠の中で生きていろッ!!」
「アルセーヌ流近接格闘術ーー『忍び足』」
ルリの移動速度が限界を超える。
藍い鳥は消えた。
突然現れた静寂の中、ワクは、電子脳に走る死の予感に戦慄する。次に奴が姿を現すときが、自身の、そしてルナを守る最後になるだろう。
「……私の、意志……」
その時、ルナの脳裏に蘇る。
あの日、自治警察として街を回っていた父が握っていたあの装備を。
「(……私は、自分の意志でここ(エデン)に来た!自分の足で立つために!自分の力で生き抜くために!)」
「ワク! 私の意識データを! ――生成して!!」
「ルナ!……よし!……ウオォォォッ!!」
ワクが叫び、崩れかけた左腕を基点に膨大なエネルギーが渦巻く。
同時に、ルリはワクの体内に存在するコアの位置を捉え、死角から、最後の一撃である高速の抜き手を放った。
「アルセーヌ流近接格闘術奥義ーー『窃手』!!」
「――っ!?」
ワクが回転切りの要領でその身を翻すと同時に、その手には長大な武器が生成されていく。
「【異形化暴徒鎮圧用特殊兵装・刺股】!!」
点と点を繋ぐ極速の抜き手に対し、円を描く広範囲の薙ぎ払いが、ルリの軌道を強引に捉えた。
「ドガッッッ!!」
衝撃音が響き渡る。
「ぐ……っあぁぁぁ!!」
ルリの悲鳴。吹き飛ばされた彼は、激しく転倒した。
「……今だっ!」
ワクは間髪入れず、地に伏したルリを刺股で突き刺す。二股の先端で地面に押し込み、その動きを完全に封じ込めた。
自由を奪われたルリの眉間に、ワクの右手に握られた【38口径対異形弾装填型回転式拳銃】の銃口が冷たく向けられる。
「チェックメイトだ、ルリ」




