第6話:藍鳥
ルナが語り終えたとき、屋上はすっかり夜の帳に包まれていた。頬を伝った涙を、ルナは制服の袖で乱暴に拭う。
「……ごめんね、ルリ。変な話、聞かせちゃって」
「……ううん。悲しいけど、とても素敵な話だよ、ルナ」
ルリの声は、闇の中で驚くほど澄んで響いた。彼はルナの隣に寄り添い、その肩にそっと手を置く。
「君がそんなにも家族を愛していて、この国で頑張っていること……すごくよく分かったよ」
「今日はもう帰って休もう。この事件、一緒に解決しようね。明日もまた、別れて聞き込みを頑張ろう」
屋上の闇の中、ルリは優しくルナの肩を叩いて去っていった。その背中を見送りながら、ルナは、ルリという「理解者」を得たことに、微かな希望を抱いていた。
◇◇◇
翌朝、ルナは希望を胸に登校する。しかし、廊下で会ったヒナコの反応は、ルナの希望を無残に打ち砕いた。
「……え、ルナ……さん? ……ごめんなさい、今ちょっと忙しいから」
これまでの温かな交流は消え、ヒナコの瞳には、ルナをただのクラスメイトとだけしか認識していない、薄い膜のような冷たさがあった。
「……やはり、あの男が怪しいぞ」
隣で状況を見ていたワクが、低く鋭い声で告げる。
「そんなわけないよ! ルリだって同じ被害者なんだから。それに、彼からは『魔』も見えなかったでしょ?」
「……ならば、ヤリスを張ればはっきりする。次のターゲットは奴だ」
ワクの正論に、ルナは言い返せず、渋々それに同意した。
学園の校庭。
授業のため移動中のヤリスを見かけたルナとワクは、彼の後を追う。
ヤリスが校舎の角を曲がり、追跡していたルナとワクも角を曲がったところ、二人の目に異様な光景が飛び込んできた。
「あ……あが……っ」
ヤリスが虚空を見つめ、声にならない悲鳴を上げている。その後ろには、冷淡な笑みを浮かべたルリが立つ。
ルリの右手は、ヤリスの背中から精神データの中枢へと、刃物のように深く突き刺さっていた。
「ルリッ!なんで!?」
ルナが叫ぶより早く、ワクが動いた。
「確保!」
ワクの腰から放たれたチェーン付きの手錠が、空中で銀色の軌跡を描き、獲物を捕らえる蛇のようにルリの突き刺した右腕に巻き付く。
ガチリ
硬質な音が響き、ルリの腕は完全に拘束された……はずだった。
「ルリ、そこまでだ! おとなしく……」
ワクがチェーンを引き絞り、注意を促したその時。
カチャッ。
無機質な解錠音が響く。
何の手も触れらていないはずの手錠が、ルリの腕からハラリと滑り落ちた。
「何だと……」
「……あーあ、バレちゃったね。別れて聞込みするんじゃなかったの?」
ルリはそう告げると、ヤリスの体から脈打つデータ塊を強引に引き抜いた。ヤリスの瞳から一気に色が失われ、糸の切れた人形のように床に崩れ落ちる。
「ルリ……嘘、だよね……?」
絶望に震えるルナの目の前で、ルリの全身から、これまで完全に隠蔽されていた『魔』が溢れ出した。
それは、闇よりもなお深い、夜の底を溶かしたような藍色の粒子。だが、その『魔』は、これまでの異形たちとは決定的に違っていた。
暴走し、形を崩す醜悪な力ではない。ルリの意志に従い美しき布地となり、冷徹な秩序を持って彼の体を包み込んでいく。
「……嘘。『魔』を、纏っているの……?」
ルナは戦慄した。本来、『魔』が刺した者は自我を失い、異形へと堕ちる。だがルリは、その濁流のようなエネルギーに飲まれるどころか、『魔』を自らの装束として着こなしている。
「僕が犯人だって気付かないなんてね。考えが甘いお子様かな?……現実を教えてあげなきゃ」
渦巻く藍色の布地が巻き付き、ルリの新たな姿が浮かび上がる。
ルリの肌を覆うのは、闇よりも深い藍装束。
忍を思わせる風貌となったルリは、猛禽類が今にも飛翔するように両手を広げたまま、深い前傾姿勢となる。
絶望の藍い鳥が顕現した。
エマのアラートが、鼓膜を突き破らんばかりに鳴り響く。
『警告:未確認危険個体――計測不能。逃走を推奨します!』
「さあ、始めようか。ルナ」
藍装束に身を包んだ『魔』の化身。その冷たい双眸は、もはやルナを友人としては見ていなかった。




