愛しい妻の剥製
「ごふっ。ど、どうして?」
妻はリビングの床に倒れ込み、体を震わせ、ブクブクと白い泡を吹いた。
哲也はしゃがみ込み、脈を測る。緊張で強張った指が冷えた肌に食い込む。妻が亡くなったことを確かめ、苦痛に歪んだ青紫色の表情を凝視した。
哲也は妻の遺体から、壁に飾られた写真へ視線を向けた。当時二十代だった妻が、太陽に反射した鏡のように、眩い笑顔を浮かべている。
目線を遺体に戻し、彼女の肌に触れる。ざらざらとした質感が指先に伝わり、哲也は爪が皮膚に食い込むほどに強く握り締め、歯を食いしばった。
台所に向かい、妻が食べていた毒物入りのカレーを排水溝に流した。皿を洗ってみたが、まだ毒物が付着しているかもしれない。この皿はもう使えないだろう。
哲也は念のために皿を新聞紙に包むと、毒物入りの瓶を捨てたゴミ袋に放り込む。
「……即効性が高い毒物ってのは本当だったな」
ゴミ袋内の瓶を見つめながら、ポツリと呟いた。闇サイトで発見した時は半信半疑だったが、購入して正解だった。
「君は何で俺に毒殺されたのか、不思議に思っていることだろう。君を愛しているが故に、殺すことにしたんだ」
哲也は台所からリビングに移動し、物言わぬ妻の遺体を眺めた。
写真と彼女を交互に見比べる。目の前の妻は二十代の頃の輝きを失い、ほうれい線が深く刻み込まれていた。あの頃の面影は微塵も感じられず、心の中を台風が過ぎ去った気分だった。
「君がこれ以上、衰えていくことに耐えられなかった。さらなる老化を阻止するために、君の命を奪った」
哲也は妻の遺体に語りかけ、流れるような動作で服を脱がし始めた。ナイフでお腹を切り開き、右手を突っ込み、内臓を取り出す。
「君を剥製にするつもりだ。これからもずっと一緒にいよう」
妻を剥製にするための準備に取りかかる。失敗しないように、慎重に特殊な薬品と特注の冷凍庫を用いて、剥製の手順を踏んでいった。
――数ヶ月後。
「おはよう。気持ちの良い朝だな」
哲也は愛しい妻の剥製に話しかける。僅かに瞳が動いたような気がした。
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