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人の価値は能力で決まる?

――“神に選ばれし者”に、なれなかった僕の話


---


「……ん?」


誰かの呼ぶ声が聞こえた気がした。けれど、次の瞬間には、鼓膜を焼くような音と光が僕を襲った。


まばゆい輝き。息が詰まるような緊張感。耳鳴りの向こうで誰かが叫んでいる。知らない言語。けれど、なぜか徐々に意味が理解出来てきた。


――■■■■■■■■■■■■■?

――■■■■■いのか!?

――いえ、召喚は成功しました!!


目を開けると、そこは石造りの巨大な円形ホールだった。天井には天球儀のような装飾。足元には魔法陣のような光の輪が輝いていた。


「……え、ここはどこ?」


反射的に声が漏れる。地面は滑らかで冷たく、見上げれば鎧をまとった騎士たち、ローブを纏った老賢者、王冠を戴いた中年の男が、僕を見下ろしていた。


「……これは、何かのドッキリ......にしては本格的過ぎるし……時代が違う、いや世界が違うってこと……?」


信じられない。現実味がない。でも、感覚はあまりに生々しい。


僕の名は、水瀬佑真。三十二歳、独身。中堅企業のプロジェクトマネージャー。昨日まで残業続きだった僕が、まさかファンタジー世界にいるなんて――


「ご安心を、勇者様……いえ、“導き手”よ」

「貴方は神託によりこの世界に召喚された、救世の使者です」


……嘘だろ。何を言ってるんだ?

現実感なんて欠片もない。

でも、次々に深々と頭を下げてくる人々――そして、王冠を戴いた威厳ある老人が静かに前に進み出た。


「神託に選ばれし者よ、よくぞ来てくれた。


我が名はアベル=アルデリオ三世。我が魔法国家フィリオーネ王国のために、勇者として力を貸して欲しい!」


王が、僕に膝をついた。


周囲が一斉に歓声を上げた。拍手。祈り。祝福の言葉。


一夜にして、世界が変わった。

――そう思った。



---

「この部屋をお使いください」と案内されたのは、豪奢な天蓋付きベッドに絨毯が敷き詰められた客間だった。


食事には銀食器、温かいスープと香ばしいパン、フルーツワインまでついていた。


事あるごとに「さすが勇者様だ」と、使用人たちは笑顔で応じてくれた――あの時までは。


---


「では、聖痕の確認を」


翌朝、侍従長らしき男がそう口にした。

「召喚された者には、神から授かる“証”が手の甲に刻まれる」と言う。


僕は素直に右手、次いで左手を差し出した。


……何もなかった。


空気が凍る。

一瞬、侍従たちの目に戸惑いと不安が走る。


「……他の部位かもしれません。神の意志は、常に我らの想像を超えるものですゆえ」


そう言って彼らは、僕を“沐浴室”へ連れていった。

豪奢な浴場で、複数の侍女と神官たちが丁寧に全身を洗いながら、目を凝らしていた。


けれど――

首にも、胸にも、背中にも、太ももにも。どこにも、“聖痕”はなかった。


---


それでも、誰もその場で断定はしなかった。

「魔力の顕現が後から起きる例もある」と、神官が希望を込めて言った。


次の日、僕は“神の加護”を測るという水晶の前に立たされた。


神官が祈りの詠唱を始めたものの、

青い宝珠は微動だにしなかった。

まるで、僕がそこに立っていることさえ認識していないかのように。


「……っ」


神官の顔が引き攣る。

ざわめきが広がる。

何度やっても、結果は同じだった。


魔力量、ゼロ。


---


最後の希望が、模擬戦だった。


護衛騎士が稽古場に連れてきてくれた。

「何か特別な武の才があるかもしれません」と。


木剣を持たされ、相手は手加減してくれていた。

だけど、僕は一撃も当てられず、数合のうちに尻もちをついた。

背中を打って、うずくまり、息ができなかった。


騎士はため息をつき、訓練場の貴族たちは笑い声を抑えなかった。


「……これでは、ただの男だな」


最初にそう呟いたのは、魔法議会の重鎮、ドレイヴ=バルフォルトだった。見下すような目。冷たい判断。


「神託に間違いがあったのか……?」


「あれで“導き手”だったら俺は伝説の英雄だな」


「だれか元の世界に帰して来いよ、帰し方知らねぇけど」


それが、彼らの答えだった。


誰も、僕を必要としなかった。


異世界に召喚されながら、特別な力はない。魔法は使えず、剣も振るえず、救世主として認めさせる特別な知識があるわけでもない。スマホもない。Googleも、Wi-Fiも、帰る方法も。


---


――僕という“無力な存在”の価値は、ここにもなかったのかもしれない


---


翌朝から、部屋が変わった。

誰も声をかけてこなくなり、食事も粗末なパンとスープだけになった。


「……そりゃあそうだ。こんな奴が、異世界を救えるわけないよな」


呟いて、ため息をひとつついた。

風もないのに、冷えた空気が首筋を撫でる。

手を伸ばして、頬を撫でる。骨ばっていて、どこか疲れて見える自分の顔。


少しばかり鋭い目つきも、どちらかというとおどおどしてて空気を読みすぎる性格とのギャップにより、意図せず悪い方に期待を裏切ってしまう。


黒髪は特別癖もなく整っていて、寝癖さえ直せば清潔感くらいは保てる。

肌はやや色白で、会社の先輩には「年の割に若く見える」って言われてた。


「つまり――どこにでもいる平凡な日本人だ。印象に残らない、量産型。街ですれ違っても、記憶に残らないような」


そう呟いたあと、ふと喉の奥に笑いがこみ上げた。

異世界に召喚されても、“その他大勢”って扱いは変わらないらしい。


---


納屋のような部屋――いや、それ以下かもしれない。

腐った藁の匂いが染みついた、暗く湿った空間に、僕は何日も押し込められていた。

召喚されてから、すでに四日。王宮の華やかな回廊も、豪奢な応接間も、今ではただの幻のように思える。


僕は、ベッドもない粗末な寝藁の上で、身を起こす。

古びた扉の隙間から差し込むわずかな光が、埃を照らしている。

昼夜の区別も曖昧なこの部屋で、僕はずっと、ひとりで考え続けていた。


「それにしてもなんで僕が、こんな目に……」


呟いた言葉は、自分でも情けないと思った。

でも、それ以上に、悔しかった。悲しかった。――そして、怖かった。


最初は歓待された。

「救世の導き手」「神託に選ばれし者」と、王も臣下たちも僕に頭を下げた。

なのに、魔力ゼロと判明し、剣術訓練で素人丸出しだった瞬間――空気は一変した。


「……役立たず」「見込み違い」「失敗作」


陰口が、遠慮なしに飛び交った。

護衛は外され、使用人も付かず、今では、誰一人としてこの部屋に近づこうとしない。


まるで、疫病か呪いでも持ち込んだみたいだ。


こんな扱いに慣れていたわけじゃない。

だけど、似た感覚には……心当たりがあった。


---


背広の襟を正して、部下と上司の板挟みに立たされた日々。

クライアントの不条理に頭を下げ、誰の手柄にもならない調整ばかり繰り返した仕事。

「水瀬くんって、いい人だけど、いなくても回るよね」と言われた夜。


「評価されないこと」に、僕はずっと慣れすぎていたのかもしれない。


異世界に来たって、結局は同じじゃないか――

力がなければ、誰も見向きもしない。

能力がなければ、生きている価値すら認められない。


「こんなの、もう……嫌だ」


絞り出すように、僕はそう呟いた。

手は震えていた。

悔しくて、情けなくて、涙がこぼれそうになった。


けれどその時、ふと胸に浮かんだのは――

あの夜、召喚される直前、何の価値があるか分からない、上司のためだけの仕事を終えた帰り道、歩道橋の上での自分の言葉だった。


「……誰かの“本当に役に立てる”自分になりたい」


それが、僕の願いだった。

この世界に来た理由。

もしかしたら――まだ終わっていないのかもしれない。


ここで腐って終わるのは、違う。

誰かに必要とされること。それを、ただ待つんじゃなくて――自分で掴みにいかなきゃならない。


---


ギィ……と、木の扉がゆっくりと開いた。


「……まだ、起きていたのね」


聞き慣れぬ、けれどどこか気品のある少女の声。


振り向くと、そこには――銀色の髪を揺らし、控えめな光を湛えた瞳の、ひとりの少女が立っていた。


王の末娘、ノーラ=ルウェリアだった。


この世界に来た日に紹介を受けただけの関係でしかないが、彼女の姿を見た瞬間、不思議と胸が熱くなった。


「……どうして、あなたが……?」


僕の問いに、彼女は微笑みながら言った。


「だって……あなた、私と同じだから。

 この世界に“要らない”って言われたの、私もよ」


その言葉が、僕の胸にまっすぐ突き刺さった。


ノーラ=ルウェリア。フィリオーネ王国の末姫。

金と名誉の中で生まれながら、魔力の欠如という「無能」の烙印を押された少女。


この王国では、魔力の有無が“血の価値”を決める。

王族であっても魔力を持たなければ、存在すら否定される。ノーラが受けてきた仕打ちは、まさにその証だった。


貴族たちからは冷笑を、兄姉たちからは憐れみを、民からは忘却を与えられ続けた彼女が、今、同じく“選ばれなかった”僕の前に立っていた。


「なぜ、僕なんかに?」


ようやく声を絞り出すと、ノーラはゆっくりと椅子に腰を下ろした。蝋燭の火が彼女の瞳を照らし出す。まっすぐで、どこか傷ついた光。


「私には、魔法が使えない。でも、“魔法がすべて”なんて世界、間違ってると思ったの。

あなたを見て……私と同じで、悔しさを知ってる人だと思った。だから……」


言葉を切り、彼女は小さく息を吸った。


「一緒に、旅に出ましょう。見返してやるの。私たちが“無力”でも、何かを変えられるって」


「……旅?」


驚きと戸惑いが混ざる。だが、僕の中に、初めて“何か”が芽生えた気がした。


ここ数日、僕はただの“存在しない者”だった。


けれど、今、彼女の言葉が僕を“選んで”くれたのだ。


「王宮を出るのは、簡単じゃないでしょう?」


僕が問うと、ノーラは口角をほんの少し上げた。


「……だから、味方がもう一人いるわ」


そのときだった。再び扉が開く音がして、月明かりの中に、背筋を真っすぐに伸ばした老紳士が現れた。年齢は60を超えているだろうに、足取りには一切の迷いがなかった。


「……ガルヴァインさん?」


彼の名は、ガルヴァイン=ベクトール。王家に仕える老執事にして、王宮最強の護衛剣士と噂される人物だ。


「お話するのは初めてになりますかな、勇者様」


老剣士は経験と皺を刻んだ顔に柔らかな笑みを浮かべた。


「ガルヴァインさん、“無能”の烙印を押された人間に、勇者様は逆に酷ですよ……」

僕が苦笑すると、彼は意外そうな顔をして、わずかに頷いた。

「お気遣いが足らず失礼いたしました……佑真殿」


「ガルヴァインは、私が物心ついたときから、ずっと一緒なの。

……“泣くのはお薦めしません、お嬢様。泣き顔は敵に侮られますぞ”ってね」

ノーラが、ちょっとだけ照れくさそうに笑う。


そんなささやかな仕草に、僕はやっと安堵の息を漏らした。


世界から否定されていた僕にとって、それは確かに“救い”だった。


---


その夜、僕たちは出立の準備を始めた。必要最低限の食料、外套、古びた短剣一本。護衛の兵士はもちろんなし。王の命も、誰かの後押しもない。


逃亡者でも、放浪者でもない。“生きる”ために歩く者たち。


「……目的は、あるんですか?」


準備の最中、僕が問うと、ノーラは夜空を見上げて言った。


「七星の神殿よ。七つの神の試練を受けた者だけが、“世界の理”に触れるって……そう、言い伝えがある。


馬鹿にされたわ。何の魔力もない私が、神の試練なんて受けられるはずないって。でも……もし、もし行けたなら、きっと何かを変えられる」


それは途方もない話だった。


だが、その眼差しは、あまりにも真剣だった。


「……いいですね。それ」


「え?」


「旅の目的。……そういうの、大好きです、僕」


心からそう思った。


誰にも期待されず、力もなく、それでも信じるものを探す。


無価値と呼ばれた者たちの、小さな革命。


きっと、それだけで、世界を動かす理由になる。


---


その夜、僕はこの世界に来て、はじめて“希望”で眠りについた。


世界のどこにも僕の居場所がないとしても。

この歩みの先に、“何か”があるのなら。


この無力な足で、無力な声で。

それでも、歩き出そうと思えた。

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